第32話 老軍人と若者

「ふむ。腑抜けに戻りましたな、殿下。」


ゼルギールは、アダライトの幼少期、護衛騎士として常に側にあり、その成長を見守ってきた。

小さい頃より、常に他人の顔色を伺い、周りに流され、自己がなかった青年は、ある時から段々と変わっていった。


自分が将来担う責務を、真剣に考えるようになり、自我がしっかり1本の幹のように真っ直ぐに伸びてきた。


しかし、……だ。


「養女の件は、嬢ちゃんの承諾があったらって言っただろうが。本人に伺いもたてず、進めてしまえば、そらぁ誰だって怒るだろうよ。」


第一騎士団団長室に、突然アダライトがやって来て、人払いをした後、その場に崩れ落ち、ついさっき起こった事を、ゼルギールに途切れ途切れに話した。


「これまでの、私のリタさんへの想いを押さえられず、もしかして と希望を持ってしまったのが悪かったんでしょうか。暴走してしまいました。やはり、私なんかが、望んではいけない人だったんです。」


真っ青な顔で、床に向かってメソメソと懺悔をしている青年を、連戦練磨の老軍人が叱りつける。


「泣くのは後にしろ!現状態を確認し、早急に対策を立てろ!」


「はっ!」


慌ててその場に立ち、姿勢を正す。


「やっちまったもんは仕方がない。大切なのは、それからどうするかだ。まずは、嬢ちゃんに誠心誠意謝ってこい。」


ガハハハハと豪快に笑って、アダライトの頭をくしゃくしゃと撫でた。


バタバタと部屋から出ていくアダライトを見送り、老軍人は


「これでまた成長できますな、殿下。ま、あの番犬が、すんなり渡すはずがないとは思っとったが。しかし……嬢ちゃんが娘になったら、毎日楽しかっただろうなぁ。」


「団長、今、殿下が走って行かれましたが、何かあったのですか?」


報告書を届けに来た、事務次官が不思議そうに部屋に入ってきた。


「若者の成長を目の当たりに出来たってことかの?」


「そうですか。それはなにより。では、これは明日までに提出をお願い致します。」


「ぬぅ。」


事務処理が苦手な彼は、低く唸って書類を受け取った。













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