第31話 決別

「はぁ、はっ、は……」


暗がりの道を、足を引き摺りながら、ボロボロの黒いローブを着た男が進んでいた。進んでは転び、またよろよろと起き出し、また歩く。



『ザガン!貴様、しくじりおっただとぉ!!これだから、下賎の者は使えないのだ!』


既に拷問を受けた後で、ボロボロの布切れのように、床に転がされていた男が、激昂している貴族らしい男の近くにずり寄った。


『も、もうし…訳あり…ませ……』


『えぇい!寄るでないわ!汚ならしい!』


ザガンと呼ばれた男の顔を蹴飛ばした。


『私は寛大だからの。最後のチャンスをやろう。あやつを拉致してこい。そうしたら、お前の妹の治療をしてやろう。しかし、それも出来なかったら…分かっておるよの?ん?』


『ほ、本当…です…か?妹の…』


『そうだ、私は約束を守る男だ。見事あやつを私の前に連れてきたら、助けてやろう。』




(待ってろよ、エリンヌ……兄ちゃんが、助けてやるから……な………)


ボロボロのザガンは、数日前まで潜入していたチェルシーの軍の駐屯地に向けて、ひたすら進んでいった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「リタさん、ダンスのレッスンをしましょう!」


麗らかな午後。


昼食を食べ、程よく睡魔が襲ってきた所に、突然やって来た殿下に対し、思わず回し蹴りをかまそうとしてしまった。


「……急になんですか?殿下。」


「もうすぐ舞踏会です。そこで踊るのに、練習を と、思いまして。」


相変わらず、頭の上にフサ耳と、尻には大きなシッポが見える。


「舞踏会には壁の花で出席しますが、ダンスは踊りません。よって、ダンスの練習は必要ありません。」


不機嫌一択の様子で、そう告げると


「大丈夫です。コツさえ掴めば簡単です。ダンス中は、私がきちんとフォローしますから!」


ブンブンとシッポが左右に大きく降れる。


相変わらず、人の話を聞かないな……


「殿下。私は踊りたくないのです。踊る必要性を感じないので。あまりしつこいと、舞踏会自体参加しません。」


「それはダメです!」


急に大声になったアダライトは、はっ として体を小さくした。


「すいません、大声を出してしまって。でもリタさんには舞踏会に出て頂かないといけないもので……」


「医療施設の長の話は、お断りしましたよね?まさか無理矢理進めようとしているのでは……」


「あ!違います違います!その事は、諦めました。残念ですが……。医療団の中間層に、熱心な者達が居るので、軌道に乗るまでは、数人で管理、運営を任せようと思ってます。」


「では、何故私が舞踏会に出ないとダメなのでしょうか?」


すると、殿下はモジモジしながら、指を忙しなく、くるくるしだした。


「リタさん、ゼルギールの娘になりませんか?」


は?


なんですと?


「ゼルギールとは、もう話はついています。彼も、リタさんが養女になる事を喜んでいました。」


ゼルギール王国第一騎士団団長の養女に?


「な、なんだってそんな事に?」


またもや、モジモジモジモジしながら、今度は顔を赤らめて上目遣いで私を見た。


「わ、私との婚約を……申し込みたく。」


バッカじゃなかろーか!


と、思わず口に出しそうになって、慌てて手で押さえる。


「殿下と誰の婚約ですって?」


「私とリタさんの。」


「どうしていきなりそうなったのですか?!」


「いきなりではありません!私はずっと、貴女の側に居たいと常に、常に思っていました!しかし、平民という階級はネックになる。ではそのネックになっている問題を取り除けば……と考えたのです!」


「平民だと貴族、それも王族との婚姻は認められないから、ゼルギール団長の養女になって身分を買うのですか。」


体が震えてくる。


「買う…とは、言葉が良くないんですが、ゼルギール団長なら、リタさんもよく知ってる人柄だし、後見人としても申し分ないと思います。そして、本人が二つ返事で快諾してくれました。」


体温が段々下がっていくのが分かる。こういう時、逆に体温が上がるもんだと思ってたのに、違うんだなぁ と冷静に感じる自分に驚く。


「舞踏会には、私達の婚約発表を予定してますので、是非メモリアルダンスを二人でと。」


リタは、懐から瓶を取り出し、一気に飲んだ。


目の前には、ニコニコと無害そうな笑顔。


しかし瞬間で歪んだ。


「ぐはっ!」


リタに殴られ、後ろの壁まで殿下の体が吹き飛んだ。


リタは、カシャンと瓶を投げ捨てる。


「殿下。今までの反省が全く見えませんね。殿下が誰と婚約しようが、結婚しようが私には関係ないんですよ。だって関心がないから。」


口の端から、飲みきれなかった液体が出てきて、腕で拭う。


「友人……くらいには、情は感じてましたよ。事実、ここでの暮らしはとても快適だったし、そうさせてくれたのは殿下ですから。」


カツン、カツンと壁に体が埋まった状態の殿下に近づく。


「だだね、人の気持ちを、まるっと無視した行いは、いくら王族だからと許されるものじゃあないですよね。私が殿下と婚約?私も殿下を好きだと思っていたのですか?」


クタッとしたアダライトの目の前まで近づき、しゃがみこみ目線を合わせる。


「私の隣は、もう売約済みなんです。しかも、とてもしつこい奴で、そう簡単には隣は空かないんですよ。」


「ウ、…ウィスさん……ですか?」


苦しそうにそう答えたアダライトに、リタは満面の笑みを浮かべ、


「今までお世話になりました。私は自分の家に帰ります。逃げも隠れもしません。罪は償うつもりですが、ウィスはこの件に関係ありませんので、彼に不敬罪などの罰を受けさせないで下さいね。」


くるっと踵を返し、愛用の鞄を手に取り、部屋から出ていこうといたが、

「あ、」


パタパタとアダライトの所まで戻り、クタクタの鞄から2本の瓶を置いた。


「炎症止めと、回復ポーションです。」


それだけ言うと、今度こそ部屋から出ていった。
















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