第21話 思いがけない再会
「今日も無し……か。」
自分のテントに戻り、机の上を見たウィスがボソッと呟いた。
テントとはいえ、程よい広さがあり、必要な物は揃っていて、快適さはある。
が、ウィスは不快だった。
「何故テントには鍵が掛からないっ!」
昨日は仮眠を取っていたら、そっと入り口の幕が上がり、リンデアロート男爵令嬢が忍び込んで来た。
曲者と思い、懐の短剣を喉元に突きつけたら、『うぎゃぁぁ!!』と令嬢らしからぬ声で叫ばれた。
疲れていた様子だったので、疲れを取る飲み物を持ってきたと、青い顔でガタガタ震えながら言った姿に、一気に疲労がのし掛かってきた。
なんとか怒りを抑え、嗜めただけに留めたが、ウィスはウンザリしていた。
怒鳴り散らしたかったが、リンデアロート男爵家は商才があり、商家としてかなりの財産があり、帝国施設に多額の寄付をしている。
この騎士団の備品も、ほぼ男爵家の寄付で、他の騎士団よりもよい品物を使用出来ている。
勿論、娘可愛さで、男爵が娘の想い人の居る騎士団を贔屓にしているせいだ。
なので、面白がっている上司には『あんまり邪険に扱うなよ、後々面倒だからな』と釘を刺されている。
面倒くさいことこの上ない!
しかし、自分はこの遠征を成功させて、自分の基盤を固めなければならない。
リタとの将来の為に。
苦行でしかない状態だが、なんとか頑張らねばならない と自分に毎回言い聞かせる。
その将来を一緒に歩むべき人からは、未だに手紙すらない。
「まさか、餓死してるんじゃ……いや、パン屋のおばさんに、時々安否確認を頼んでいるからその心配はないか…。まさか、あのナヨナヨ皇太子に言い寄られて……」
妄想は尽きない。
「リタ……会いたいよ。」
「やっほー、元気?」
とうとう幻聴まで聞こえるようになったか、と苦笑する。
幻聴でも、愛しい人の声を聞けただけでも、明日からまた頑張れる。
そう顔を上げた。
「なんだかやつれた?目の下に隈もある。睡眠は健康の大前提だっていつも言ってるでしょ!まったく。」
「リ、タ…?」
目の前に愛しくて愛しくて、会いたくて会えなかった最愛の人が腰に手を当てて立っていた。
「手紙の一つも寄こさないで、何様のつもり?心配するでしょうが!ってウィス?ちょっとどうしたの!?」
ガバッと抱き締められる。
ぎゅうぎゅうと力の限り。
「痛いよ、痛い!加減してよっ!」
「本当にリタなんだな。俺、おかしな魔術にかかってるわけじゃないんだよな?本物なのか?あぁ、暖かい。幻術じゃないのか?匂いもリタだ。」
すんすんと頭の匂いを嗅がれ、慌てて身をよじる。
「ハイハイ、リタさんですよ。·…無事でよかった。本当に本当に心配してたんだよ。」
そう言うと、ウィスが泣きそうな顔をした。
そして、遠慮がちに少し冷たい手が頬を撫でた。
あ、顔が近くなってきて、キス……するのかな…。
急に心臓がドキドキ鳴った。
触れるだけの口づけ。
でもすぐ深いものに変わってくる。
「あっ、ウィス、ちよっと待っ…」
「待たない」
ウィスの舌が唇をなぞる。
上唇を甘噛され、思わず口を開ける。
ウィスの舌が私の舌を絡めとる。
ちゅく、ちゅく と甘い音がし出す。
「リタ、会いたかった。」
「……勝手に一人で居なくなって、それはないわ……」
何故か強がりを言ってしまう。
そう、勝手に一人で行くことを決めて、勝手に遠くに行っちゃって、勝手に心配させて……
段々腹が立ってきた私は、ウィスの唇を噛んだ。
「少し痛い、リタ。」
そうは言っても、恍惚とした表情のウィスを見て、またもや腹立った。
「ちょっと待ってってば!」
顔を離そうとウィスの胸に両手を突っ張らせた。
「元気な姿を確認出来たし、帰るね。」
「は?」
「ここには宮廷魔術師さんに送ってもらったの。で、帰るときはこの魔方陣にウィスの魔力を入れてもらえれば、帰れるんだって。」
ポケットから高級そうな紙を出し、ヒラヒラと振って見せた。
紙には幾重にも複雑な模様が書いてあり、魔力が使えないリタでは、起動できない。
「じゃ、まだ大丈夫だな。」
簡易ベットに倒された。
「ま、まさかウィスさん?こんな所でよからぬ事、考えてないよね?ね?」
「久しぶりに会えて、情熱的なキスもして、『はい、さようなら』ってないだろ。こっちの責任取ってもらわないと。」
と、リタの手をトラウザーズのボタン部分に持っていった。
そこは既に窮屈そうに膨れ上がっていた。
「責任って、それちょっと違うでしょうが…」
顔に熱が集まる。
多分今、真っ赤になっているだろう。
「リタ、今すごく疲れていて、すぐに魔方陣に魔力を注げない。だから補充しないと。」
「……逆に疲れすぎる事なんじゃないの?それ。」
「リタじゃなきゃ、俺を満たせないんだ。他の誰でもない。リタだけだ。」
綺麗な薄紫色の瞳の中に、平凡な茶色い髪の、これまた平凡な焦げ茶色の瞳の私が写っている。
段々近寄ってきて、観念して私はまた目を閉じた。
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