第20話 殿下の夢

リタはひたすら薬を作っていた。


ゴリゴリゴリゴリ……


「よし、注文分は終わりそうね。」


気がつくと、もう日は西に傾いていた。

夕焼けが神秘的に、空を染めている。


「ウィスも見てるかな、夕焼け。」


未だ手紙の一つも寄こさない薄情な騎士を想う。


「ま、何にもないから連絡も無いってことでしょうね。うん。」


胸中はモヤモヤドロドロしていたが、無理やりもう何度も同じ言葉を呟く。


「別に心配なんかしてないし。勝手に行っちゃったんだから、どうなっても知らないし。」


薬瓶を持つ手が、少し震えた。


「バーカ、バーーーーカ、バカ……」


コンコンと軽やかなノック音と共に、金髪イケメンが入ってきた。


「リタさん、もう仕事は終わりましたか?え?もう少し?ダメです、根をつめたらまた倒れますよ。今日はもうおしまいにしましょう。」


そう言うと、リタの手を取り歩き出す。

「夕食の前に、付き合って頂きたい所があるんですよ。」ニッコニコの懐いている笑顔で殿下はぐんぐん手を引っ張る。


「何処にいくんですか?」


「ふふ、まだ内緒です。」


なんだか最近、殿下の雰囲気が変わったような?

少し前は、いつも自信無さそうにビクついてたのに。

でもゆくゆくはこの帝国を治める立場になるんだから、いい変化なのかもね。


と、リタは一人納得する。


背筋も伸びてるしね。そこ大事。



「さぁ、ここです。」


「ここですって…え?」


「まぁ、可愛らしいお嬢様ですこと!腕がなりますわぁ!」


部屋の中には、肩にメジャーを掛けたマッチョな乙女が居た。


「彼女は帝国一、予約の取れない仕立屋なんだ。リタさんのドレスを作ってもらおうと呼んだんですよ。」


「もぉ~殿下直々に頼まれては、何をおいても駆けつけちゃうわん!」


ムキムキっと腕の筋肉を動かし、マッチョ乙女は恥ずかしそうにクネクネと体を蠢かす。


「ド、ドレスですか?私には無用な物です。着る機会がないし、今まで着たこともないし。」


「これから着る機会はいくらでもあります。近々だと、二週間後の舞踏会に出るんですからね。」


「舞踏会!?なんでそんな所に私が!?」


「これは牽制でもあるんです。私は帝国に医療を充実した施設を作ろうと思っています。しかし、前例のない事に、必ず反発する者達が居る。」


「その牽制と、私がドレスを着る関係が分からないのですが?」


真っ正面から顔を見て、殿下が私の肩に手を置き、誇らしげに言った。

「初のその施設の代表を、リタさんにお願いしたいのです。そして舞踏会では、御披露目としてリタさんを紹介したいんです。」


「無理無理無理無理!なんでそんな考えになるんです!?」


勘弁して欲しい、私はひっそり暮らしたいんだよ!


「リタさんが、医療団をお辞めになった時から考えていました。この国の医療にはあなたが必要です。そしてこの私にも」


「いくらでも逸材は居るでしょう!?こんな小娘に任せるのは危険ですよ!それこそ反発だらけです!!」


「あなたがいいんです。あなたしか居ない。」


ぐぐっと私の両肩に置いた殿下の手に力が入る。


「今の医療団は、純粋に民を思って機能していない。誰が権力を持つか、誰を蹴落とすか とくだらない事に重点を置いている。」


綺麗な殿下の顔が歪む。


確かに、私が在団していた時から上の方達はそんな感じだった。

利益優先、貧困層の治療は最低限の下。

薬も使わせない、医療とは名ばかりのものだった。


いや、でもだからって『そうですね』とは言えない。

大きな医療施設は必要だけど、私が手伝うとしても現場のスタッフがいい。

責任者なんて大役はごめんだ。


「お話は終わった?早速採寸しましょうねん!時間がないのよぅ」


マッチョ乙女の存在を忘れてた……


「それではリーリア嬢、お願いします。とびきり素敵なドレスを期待してます。」


期待しないでくださいぃー!いや、ほんと。


ひょい とマッチョ乙女に小脇に抱えられ、フィッティングへ向かった。





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