18-2
――幸運。適切な関係。
グレイは、何を言おうとしているのだろう。
「あなたは、あなたの美しさに吸い寄せられる異性に失望している。私はそういった美醜にあまり興味がない。異性に対して特別な興味を持ったこともない。だから問題なく適切な関係を保てる……そう思っていました」
何かを強く抑えているような、静かな響き。
だがそれが、フォシアの胸を打った。とっさに手で抑えた。そうしなければ、急かすように早く大きく鳴る鼓動が、グレイに聞こえてしまうのではないかと思ったから。
光を浴びて明るく、銀に似てきらめく瞳がフォシアを真っ直ぐに見た。
「――けれど私は、いつの間にか不適切な関係を望んでいる自分に気づきました」
これまでのように率直に、だがそれ以上に強さを感じる声で、グレイは言った。
フォシアは息を止めた。
ふいに強い陽射しに目が眩んだように、目眩がした。
頬が熱かった。唇がかすかに震えたのは、言葉にならないものが衝き上げてきたからだった。ただただ鼓動の音ばかりが雄弁で、頭が茹だってしまったかのようだった。
(……だから)
――だから、グレイは急に避けるような態度をとったのか。
不適切な関係を望んだから。それで、フォシアのためにと自ら遠ざかろうとしたのか。
不器用な奴なんだと笑った、ヴィートの声が頭の隅で小さくこだました。
「……不適切なんて、言わないで、ください」
フォシアが精一杯声を振り絞ると、グレイの目元がかすかに震えた。
『言わなきゃわからないのよ』
姉の優しい声が、耳の奥に蘇る。
胸の内側で心臓がうるさいくらいなのに、頭が熱くてたまらないのに、フォシアは澄んだ灰色の目から逸らせなかった。
無機質で冷たく見えた――けれど不器用で、どこか純粋な目。
(……いつから)
こんな気持ちが、自分の中にあったのだろう。
自分をこんなに真っ直ぐ見る目を知らない。崇拝でも夢見心地でもない、飾らず真っ直ぐな、せつないほどに真摯な目。
「だって……それなら、私の気持ちだって不適切です」
思いが喉をついてこぼれたとたん、グレイが大きく目を見開いた。
純粋な驚きを露わにしたその顔は、少年のようだった。それがまぶしくて、胸を温かくして、フォシアをいっぱいにする。
「お互い、不適切だと思ったなら……本当は、適切と、言えるのではないでしょうか?」
そんなことさえ言って、少し笑おうとした。
グレイの目元が、唇がかすかに震える。
けれど、冷たく感じられるほど整った顔が――わずかに、泣き笑いのような表情をした。
そして次には、強い輝きを宿した目がフォシアを捉えていた。
滑らかに、グレイは立ち上がる。フォシアははっとして、つられたように立ち上がる。
「……手を」
グレイは短く、だがどこか恭しささえ感じて言った。
わずかにためらいながら、フォシアは右手をそっと伸ばした。
その指先が、大きな手に受け止められる。
波に優しくさらわれるようにそっと手を引かれ、グレイが身を屈める。
フォシアの手を取ったまま、もう一方の手を自分の背に回す。――まるで騎士のように。
フォシアの指先に、淡く柔らかな感触が落ちた。
「――今度はただ私のために、あなたを守らせてください」
厳かな、けれど熱情の滲む声。
フォシアの体はかすかに震えた。
――向けられる熱情を、初めて全身で受け止めていた。
触れあう手から生まれるものは心地良く、この場に満ちる空気さえ祝福に満ちている。
目眩を起こすほど全身にわきあがるこの感情の名前を、もう知っていた。
「……はい。ずっと、ずっとお願いします」
フォシアは軽やかに笑った。
陽射しの中にその言葉が溶け、フォシアの金色の髪を輝かせる。
目のふちから涙が一滴こぼれ落ちていったとき、陽光がそれをきらめかせた。
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近況報告にサポーター様むけ小話を乗せました。興味ある方はどうぞ。
妹のために婚約破棄した令嬢は、すべてに別れを告げるために坂を上った 永野水貴 @blue-gold-blue
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