18-1
ルキアが後からついてきてくれるのを感じながら、フォシアは急いた足取りで玄関に向かった。
二人の青年の姿はすぐに見つかる。
「やあルキア、フォシア」
ヴィートが、フォシアとルキアを認めて笑った。その傍らのグレイは一瞬目をあげて目礼したあと、また逸らしてしまった。
フォシアはたちまち自分の勢いがしおれてしまうのを感じた。
ヴィートが片眉をあげてグレイを横目で見、肘で友人を軽く突く。
勢いがなくなってしまう前にと、フォシアは聞いた。
「あの……ご用は、なんでしょう。また何か、問題が?」
「ああいや、そういうことじゃないんだ。心配しないでくれ。……な、グレイ」
ヴィートは苦笑し、それからまた物言いたげな目をグレイに向けた。
「言わなきゃわからない」
「……わかってる」
苦々しげにグレイは答える。
フォシアはにわかに困惑する。一体何があるというのか――。
だがグレイはほんのわずかにためらい、そしてそれを振り払うようにフォシアに目を向けた。
「お話ししたいことがあるのです、フォシア嬢」
どこか強ばった、緊張すらしているような響き。
フォシアはそれに少し威圧され、つかのま固まってしまった。――私も、という言葉が胸の中で響いていた。
晴れが続き、応接間は今日も穏やかな光に包まれている。
先日と違うのは、ソファで向き合うのが一対の男女しかいないということだった。
グレイを目の前に、フォシアは何度も息を飲み込んで、必死に自分を奮い立たせていた。
ルキアもヴィートも、二人で話があるからといって――こちらも二人きりにされてしまった。
張り詰めた沈黙に逃げ出してしまいたくなる。お互いに困惑して会話の発端を探しているような、かすかなぎこちなさが漂う。
グレイがこれまでこんな沈黙をしたところを見たことがない。だからいまこの間は何を意味するのかフォシアは余計にわからなくなる。
また、ぐるぐると暗い考えに囚われてしまいそうになる。
(……言わなきゃ)
言葉にして、聞かなければ。そうしなければ、この状況を抜け出せない。
自分に何度も言い聞かせ、勢いを振り絞って顔を上げた。
「あ、あの、ジョーンズさん!」
弾みをつけすぎたあまり淑女にはあるまじき大きな声だったからか、グレイは弾かれたように顔を向けた。
瞬く間に顔に熱がのぼるのを感じながら、フォシアはまくしたてた。
「あ、あの、今回は、本当にありがとうございました……っ。さ、さぞかしご迷惑をおかけしたことと思いますが……っ」
「……いえ。迷惑などとは、決して」
「で、でも! あの、う、疎ましいと思われたのではないですか!」
フォシアは半ば混乱したまま、ほとんど率直に過ぎる言葉を投げつけていた。
グレイは怜悧な灰色の瞳を大きく見開いた。
「誰が……、誰を疎ましいと……?」
呆然としたような声がつぶやく。
「じょ、ジョーンズさんが、私を……っ! れ、礼儀など関係なく、本当のことを言っ――」
「ち、違う!!」
突然の強い声に、フォシアはびくりと肩を揺らした。
叫んだのみならず、グレイは耐えかねるといったように立ち上がってすらいた。
冷静な青年がこんなふうに露わな反応をするのを、フォシアははじめて見た。
フォシアの反応を見て、グレイははっとしたようだった。
「も、申し訳ない……」
頭を垂れ、力が抜けたようにソファに座り直す。額に手を当て、低い声でつぶやいた。
「ああ……いや、まさかそのような誤解を招いていたとは……」
ほとんど独白だったが、フォシアには確かにそれが聞こえた。――誤解・・。
(どういう、こと……?)
混乱していると、グレイはためらいながら告げた。
「……迷惑などとは、決して思っていません。むしろ……いまとなっては、幸運だったのではないかと思ってしまったほどです」
ぽつりとこぼされた言葉に、フォシアはえ、と短く声をあげた。
「――私はただ、ヴィートに協力し、エイブラの横暴をはねのけるために呼ばれました。むろん、自分も理解し納得してそうしました。ゆえに、これを理由や武器にして何かを求めようというのは間違っている。このことによってあなたは拒みにくい立場に置かれたのですから」
言って、グレイは色の薄い唇に自嘲めいた微笑を浮かべた。
「しかしこんな状況にならなければ、私は一生あなたと知り合うことはなかったでしょう。たとえ知り合ったとしても、礼節を保って何の問題もない、適切な関係でいられたはずだ。……そんなことを考えてしまうようになりました」
フォシアは目を瞠った。息を飲む。
――とたん、心臓が跳ねた。
鼓動がたちまち速まってゆく。
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