16-2

 グレイの宣告は、現実のものとなった。

 敵無しと言われたエイブラが失墜したことを、フォシアは少し遅れて知った。巧妙に隠し通されていた不正や犯罪の証拠が次々と明るみに出て、あらゆる方面から糾弾されたのだという。


 ――アイザックを青ざめさせたヒルズゴートという言葉は、アイザックがひた隠しにしてきた違法な賭博場の名前だった。

 そこでは、口にするのもおぞましいありとあらゆるものがの対象とされていたらしい。

 詳しくは知らなくていいと、フォシアはそれ以上のことをグレイやヴィートから聞かされなかった。


 エイブラ糾弾の先鋒には、元より激しく対立していた神官のバーナードが立った。

 ふだん、辺鄙なところにある太陽の神殿にこもってほとんど出てくることのないバーナードが、いち早く情報を知りわざわざ都に赴き、誰よりも早くエイブラを糾弾した。


 更にはバーナードに同調してアイザックを激しく糾弾する者たちも次々と現れたことから、これは自分たちを陥れようとする罠だとエイブラは主張した。

 しかしその主張は、やがてバーナードに同調する世論の大きな波に飲み込まれていった。


 エイブラはその巨万の富のすべてを没収され、ほとんど丸裸となって、直系の家族みな国外追放となった。

 ――最後に目撃されたのは、同じく追放された息子のアイザックと激しい口論をしている姿だったという。

 


 この一件で、ルキアは自分の落ち度だとひどく自分を責めた。同時に、アイザックにそそのかされてフォシアを部屋に連れ込んだ令嬢に激怒した。

 日頃、落ち着いていて温厚な姉が、あれほど怒りを露わにするのをフォシアははじめて見た。

 後になって許しを乞うてきた相手を一切取り合わず、手紙や人伝いに話すことさえ遮断するという有様だった。


 姉が自分のためにそこまで憤ってくれることは嬉しくもあり、少し心配にもなった。

 このことで、ルキアが悪く見られてしまうのはいやだった。


 ヴィートに相談すると、苦笑いして、


『それぐらいで悪くとらえる相手なら、余計に付き合うべきじゃない。非は完全に向こうにあるわけだからな。俺もルキアに賛成だ。まあ、それでルキアに何かしようとする相手なら、俺が許さない』


 そう言った。

 何があってもルキアを守る――ヴィートの揺るがぬ思いを垣間見て、フォシアは少し笑った。相変わらず、ヴィートはルキア一筋だった。


 そのときふと、フォシアは胸にじりじりと焦げるような、あのいやな感じがなくなっていることに気づいた。

 素直な安堵。ヴィートにそこまで思われる姉への素朴な羨望と、ヴィートなら姉を守ってくれるという安堵だった。


『……あいつに比べたら、ルキアの怒りなんて可愛いものだ』


 ぽつりとヴィートが言って、ルキアははっとした。

 あいつ。――グレイ。


『……あいつはどんな時でも冷静沈着だと思ってたが、勘違いしていたようだ』


 長い付き合いであるはずのヴィートは、驚きを滲ませていった。

 フォシアはなんとなく理解できるものがあった。あのとき――アイザックに向けた冷酷な態度を見ると、これまでの少し冷たく見えたグレイがよほど感情豊かであったと思えるほどだった。


 グレイをそこまで激昂させたのは、自分も理由の一つなのだろうか。

 そう思ったとたん、フォシアの鼓動は大きく跳ねた。軽快な楽曲のはじまりを告げる音であったように、やがて軽やかに鼓動が弾み始めた。




 これまで何度も目にしてきたはずの自宅の応接間――それがいま、フォシアの目にはなぜか不思議なほど明るく輝いて見えた。

 午後の光が射し込み、テーブルを挟んで向き合う四人の男女を照らす。

 フォシアの隣にはルキアが座り、対面にグレイが、その隣にヴィートが座っていた。

 こうして四人で顔を合わせるのは久しぶりであるような気がした。


 対面のグレイに意識が吸い寄せられていくのを感じ、フォシアは妙に緊張する。

 当のグレイ本人はこれまでと変わらぬ、沈着冷静そのものといった涼やかな顔をしている。

 ――あのとき、扉を壊してまで飛び込んできてくれ、アイザックを殴り飛ばした人物と同一とはとても思えなかった。


『アイザックの動きを知って、誰よりも早く飛び出していったんだ。状況が状況とはいえ、あいつがあんなに顔色を変えるところははじめて見た。あいつがこともできるなんてことも、はじめて知ったよ』


 ヴィートは驚いたような顔をしながら、そう教えてくれた。

 確かに、常に涼やかで弁の立つグレイが、扉を破ってアイザックを殴り飛ばすなど誰も想像できなかったはずだ。


(……私を、助けてくれた)


 そう考えると、フォシアは頬に熱がのぼるのを止められなかった。言葉にできぬほどの感謝を覚えると、こんなふうに頬が熱くなったり、どきどきしてうまく話せなくなったりするのだろうか。


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