17-1
ルキアの言葉に、ヴィートが笑う。グレイはいつもの真面目な顔でうなずき、だがそこには厳しさもなかった。
少し歓談が続いて、それからグレイが切り出した。
「――ひとまずこれで決着としてよいと思います。あとは私とヴィートでしばらく経過観察を」
「ああ。フォシア、よくがんばったな。もう大丈夫だ」
ヴィートに柔らかく言われ、フォシアはじんと胸が熱くなった。同時に小さく頭を振った。
「私は、何も……。本当にありがとう、ヴィート。それに、ジョーンズさんも……」
「――いえ」
フォシアはそっとグレイに目を向け、束の間、視線が絡んだ。
だが灰色の瞳が一瞬震えたように見え、すぐに逸らされた。
明らかに意図的な仕草だった。
フォシアは硬直する。
更にそれを決定づけるように、グレイは少し急いた様子で立ち上がった。
「……では、私はこれで」
「お、おい、グレイ?」
ヴィートが目を丸くする。ルキアもまた、少し驚いたような顔をしていた。
振り向きもせず、もはやこの場にいる意味が無いとばかりにグレイは去っていく。
すらりとした後ろ姿を、フォシアは呆然と見送るしかなかった。
――拒絶された。
その思いが体を冷たくする。
(どうして……?)
何か、グレイの気分を害するようなことをしてしまったのだろうか。
一連の出来事の終結を宣言された日以来、グレイはフォシアのもとを訪れなくなった。
だがそれは、元の生活に戻ったというだけで、おかしなことではない。
むしろ用がなければ訪れないのは普通の状態だと言えるはずだった。
晴れてアイザックの魔の手を退け、自由に出歩きができる身になっても、フォシアは部屋で塞ぎ込む日々に逆戻りしていた。
自分がこうやって塞ぎ込んでいるせいで、まだルキアがヴィートの元に行けないのだとわかっていても、どうしようもなく気が塞いだ。
(グレイさんには……迷惑……だったのかしら……)
彼の最後の態度を思い出すと、急に足元が崩れたような不安に駆られる。
だが考えてみれば当然かもしれなかった。――グレイはヴィートに頼まれて、この厄介な事態に巻き込まれたのだ。しかも多大なる貢献をしてくれた。
心の底から感謝しているし恩も感じているが、グレイにとってどれほどの見返りがあったのかはわからない。むしろひたすら迷惑をかけていただけなのかもしれない。
グレイの少し不器用な優しさを――ただ勘違いしてしまっていたのかもしれない。
そう思うと、頭上に厚い雲がさしたように視界が暗く、胸が重くなる――。
「フォシア? 入ってもいい?」
姉の声に、フォシアははっと顔を上げた。
すぐに扉が開かれ、自ら茶器を手にしたルキアが立っていた。
テーブルを挟み、二人分のカップを置き、中央に茶菓子を置く。
「……ここのところずっと元気がないわ。どうしたの?」
これまでずっとそうだったように、真摯に案じてくれる声がフォシアの胸にじんと染みた。すぐには答えられず、それでも急かすことなくルキアは待っている。
やがて、少しためらいながらフォシアは切り出した。
「あの……、グレイさんは、迷惑だったのかしらと思って」
そう言うと、ルキアの目が見開かれた。
「迷惑?」
「そ、そうなの。だって、今回の件で迷惑をたくさんかけたのは事実だし……せ、先日も、早く帰りたいというようなご様子だったから」
目を丸くしながら、ルキアはぱちぱちと数度瞬いた。それから少し考え込むように首を少し傾げ、
「……迷惑といっても、フォシアのせいじゃないでしょう。アイザックとエイブラにすべての非があるわ」
「でも、」
「フォシアは悪くないわ」
ルキアははっきりと言い切った。今回の一件に関して、姉の主張は頑なといえるほどに一貫していた。――だからこそ、一時は自分の身を呈してまで事態を収束させようとしてくれたのだ。
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