8-1

 ――フォシアに把握できる範囲では、少なくとも、事態は膠着しているようだった。

 実際、フォシアはただ家に閉じこもっていて、動いてくれているのはヴィートや両親たちだった。


 これ以上厄介ごとを増やさないためにも、事態が解決するまで閉じこもっているしかない。もともと、フォシアはそこまで社交的なほうではない。この外見のために意思とは関係なく持ち上げられることがあるばかりで、注目を浴びることが好きなわけではない。


 だがそれでも、数少ない知り合いとも一切接触が断たれてしまうのは辛かった。

 迷惑をかけたくないから、こちらから接触するのもはばかられる。――しかし向こうからたちのほうから接触がないのは、気を遣ってくれているからなのか。それとも他の理由があるからなのか。


 考える時間だけは飽きるほどあり、フォシアの気は塞いだ。家族や家の中の者以外と話がしたい――。

 ヴィートがとっさに心の中に浮かんで、けれどそれはもっといけないと自分を戒めた。

 ――そうして残ったのは、皮肉にもあの淡白で涼やかな目をした青年だった。


 フォシアは迷った。これまで異性に熱心に話しかけられたことはあっても、自分から話しかけたことはあまりない。

 しかも特別な用件があるわけでもない。


 なのに、あまりにも退屈で窮屈に感じる日々のせいか――フォシアは再び、自分の部屋を出て応接間に向かっていた。


 そろりと扉の隙間から覗くと、グレイ=ジョーンズは先日と同じようにソファに腰掛けて本を読んでいた。

 フォシアは緊張で少し自分の体が硬くなるのを感じた。だが、今度はなんとか勇気を振り絞った。


「……こんにちは、ジョーンズさん」


 なんとかそう声をかけると、青年はすぐに顔を上げた。相変わらず、冷静沈着そのものといった眼差しでフォシアを見る。

 そして律儀に挨拶を返した。


「こんにちは。どうかしましたか」

「……いえ……。なにか、用件があるわけではないのですが……私的なことを聞いてもよろしいですか?」


 用件という用件はなくとも、グレイと少し雑談がしたい――そのための口実はなんとか考えてきた。

 グレイは数度瞬き、かすかな、意外の念に似たものを顔によぎらせた。


「お答えできる範囲でしたら。……そのほうが好ましいというならそのままで結構ですが、こちらに座ってみてはいかがですか」


 話をするならそのほうがよいと思いますが、とグレイは淡々とした真面目な調子で言った。

 フォシアはやや慌て、かすかに頬が熱くなった。そっと話しかけるのが精一杯で、扉を少し開けて顔をのぞかせた体勢のままだったのだ。

 おずおずと部屋に入り、ためらいがちに、グレイの向かい側に座った。


「それで、私的なこととは?」


 向かい合って座る形になるなり、グレイは言った。

 フォシアは一瞬、虚を衝かれた。――これまでヴィート以外の近しい年頃の異性と相対したとき、これほど率直に本題に入ろうとする人間はいなかった。

 ヴィート以外の多くの異性は凝視の目で、あるいは雄弁な言葉でフォシアに関心があることを騒々しいぐらいに主張してきた。


「……その、ジョーンズさんはヴィートのご友人なのですよね? どのように知り合われたのですか?」


 なるべく不自然に聞こえないよう、他意はないとわかるように、フォシアは言った。

 予想しない問いであったのか、グレイがほんのわずかに目を丸くする。そしてすぐ、怜悧な表情に戻った。


「特に語るほどのものでもありませんが……。知り合ったのは八年ほど前でしょうか。狩猟会で」

「狩猟会……?」

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