8-2
「ええ。野の獣を狩猟する会です。狩猟といっても完全に娯楽ですが。当時、年頃の近い子供たちが集まって狩猟の手解きをされました。まあ……なかなかに気位の高い子供ばかりが集められまして」
親の意向からして仕方のないことですが、とグレイは付け加えた。
「私も人を批評できるような立場にはなかったのですがヴィートだけは他と違って見えたのです。あの年頃にありがちな、背伸びした見栄ばかりをまとう子供達の中で、彼だけは真剣でした。でも聞いてみたところ、特別狩猟が好きなわけではないという」
フォシアは思わず話に聞き入ってしまった。――ヴィートの知らない一面だった。
何事につけても、ヴィートは不器用なほど真剣で真っ直ぐだというのは幼い頃から変わらないらしい。
ふ、と怜悧な青年の口元がかすかに緩むのを、フォシアは確かに見た。
「ではなぜそこまで真剣になるのか――。異性に格好良く見られたいから、というのが理由だったのですよ。意外に思いました。ヴィートはませた子供というようには見えず、かといって大人びているわけでもなかった。聞いてみると、異性というよりただ一人の少女に好かれたいということでした」
微笑ましいものを語るその言葉が、だがフォシアに突如鋭い痛みを与えた。
――ヴィートにとってたった一人の異性。それは。
「あなたの姉君、ルキア嬢です。ヴィートは非常に希有な男だ。いまとなっては笑われるような、馬鹿げたほどの一途さを持っている。その愚直さは、他にはないものです。私の目には、彼がとても珍奇な存在に見えました。そこで興味を持ってしまったのが運の尽きといいますか、気づけばこの年になっても交流があるというわけです」
グレイの声は常より少しだけ温かく、感情の揺らぎを感じ取れた。
だがフォシアにはそれについて考えることも、ヴィートとグレイの友情について思いを馳せることもできなかった。
――ずきずきとした鈍い痛みが、胸に確かにあった。
目を背けても押し込めても、痛みがあることを無視することはできない。
グレイの言葉にまともに返答することもできない。
グレイの、かすかに和んでいた目がふいに冷淡さを取り戻す。その両眼はフォシアに真っ直ぐに据えられていた。
「ヴィートはとにかく一途だ。……あなたも、そう思うでしょう?」
平板で明晰な――冷ややかにも聞こえる声が、フォシアの頬をはたく。
一見、いかなる他意もない言葉。真っ直ぐに射抜いてくる目は、感情の温度がない、冷たく固い鉱石のようだ。
フォシアはとっさに顔をうつむけた。どっと心臓が跳ね、鼓動がうるさく鳴りはじめる。
――この目の前の男に、気づかれているのだろうか。
どくんどくんと心音が不吉に響く。ひた隠しにしてきたもの、誰にも知られていないはずのものを、この男は見抜いたとでもいうのか。
(……そんなはず、ない)
そこまで露骨な態度は取っていない。否、そもそも何の行動も起こしてはいないのだ。――ただ、心がままならなくなるときがあるというだけだ。
フォシアは必死に自分を取り繕い、作り慣れた、いかなる感情もない微笑で返した。
「……ええ、ヴィートはもうずっとルキアの婚約者ですから」
そう答えると、胸がまた鈍く軋んだような気がした。
相手にそれが伝わるはずもなく、グレイは相変わらずの淡白な調子で、お似合いの二人です、と言った。
フォシアの口は重くなった。なぜ、この見知らぬ青年相手に雑談をしようなどと思ってしまったのだろう。いまとなって後悔が襲ってくる。
フォシアがあからさまに口数を減らしても、グレイは気にした様子もなくかった。かわりにその冷静沈着な瞳の中で、また怜悧な光が瞬いた。
「もはや杞憂のことではありますが、一つの噂が少し心に引っかかっていました」
「……噂?」
唐突な話題に、フォシアはにわかに反応する。
グレイは眉一つ動かさぬままに言った。
「あなたとヴィートの噂です。ルキア嬢を捨ててあなたと婚約するのではなどという内容は、聞き捨てるには少々生々しいでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。