2-2

 自分で口にした言葉なのに、いざヴィートからそうはっきり言われると胃が引きつるような感覚があった。喉の奥まで、違うという言葉がこみあげているようだ。

 わたしのそんな反応に構わず、ヴィートは続けた。


「フォシアの婚約者は、ルキアほどの信頼を勝ち取れなかった。思い通りにならないフォシアに怒りや焦りが募って、勝手に婚約を解消した」


 わたしははっとする。


「……フォシアが無条件に信頼しているのは、ルキアだけだ」


 感情の読みにくい声が言う。わたしはどう反応していいかわからない。

 ただ、じりじりと焦げるような気配を感じた。ヴィートが睨んでいる――顔を上げなくともそう感じる。


 ヴィートの言葉は決して誇張でも嘘でもないことは、わたしがよく知っていた。


 ――両親はおろか、知り合った人間のほとんどから愛される、太陽のようなフォシア。わたしとは何もかも違う妹。みなが、フォシアの歓心を買おうと躍起になる。


 なのに――なぜか、そのフォシアの親愛と信頼のすべては、ずっと姉ひとりに注がれていた。

 わたしはフォシアに媚びたことは一度もない。かわりに、辛く当たった記憶もない。


『ルキア、遊んで』

『わたし、ルキアと一緒がいい』


 小さい頃には妖精そのものであったフォシアはいつもわたしの後についてきて、仕方なくいつも手を繋いでいた。

 飽きるほど賞賛を浴びせられる妹の横にいたせいで、失望や落胆の目を向けられて嫉妬や悲しみを覚えたことはあった。

 ときどきは喧嘩もして、姉なのだから我慢しろと怒られて理不尽に泣いたこともある。


 ――それにもかかわらずどうしてわたしがフォシアにさほどわだかまりを抱いていないのかといえば、フォシアがひたむきにわたしを慕ってきたからだ。

 長じてから、フォシアのわたしに対する信頼は特別なものであると知った。


 それも、わたしの妹は臆病だからだ。

 類のない美貌の持ち主であり、清楚で可憐、貞淑な淑女と褒めそやされる一方、それは他人に対する人一倍の恐怖がなせるものなのだということはほとんど知られていない。


 人が怖いの、とフォシアはかつてそうこぼした。

 向けられるたくさんの目が、熱をこめて迫ってくる声が怖い。無遠慮に伸びてくる手が、無造作に距離を詰められることがおそろしい。


 フォシアは美しさ愛らしさゆえに、幼い頃からいやになるほど人目を浴びた。人々に囲まれた。

 それが、フォシアにとっては想像以上の負担となり、恐怖にさえなったらしかった。

 だが親子ほど年の違う男、あるいは祖父ほどの年齢の男からも異様に熱心な目を向けられれば、それも当然のことだろう。同性からは憧れと嫉妬をむけられ、息苦しかったのではないかと思う。

 美の女神に祝福された娘など言われているが、そうだとしたら女神は一片の意地の悪さ、手抜かりがあったことになる。


 感傷に浸る合間にふと、強い視線を感じた。――ヴィートが、じっとわたしを見ている。意識を引き戻される。睨んでいるといったほうがいいのかもしれない。


 質量を持ったかのような重い沈黙が落ちる。やがて、それが破られた。


「なぜだ」


 力を持った、ヴィートの低い声。

 わたしはかすかに震えを感じた。その声の持つ険しさと厳しさに屈してしまいそうになる。

 ――彼は静かに激している。


「なぜ、神殿入りなどしようとする」

「……それは、自分の罪を、」

「なんの罪だ。ルキアはどんな罪も犯していない。フォシアに良からぬ心を抱いた? そんな下手な言い訳で俺をだませるとでも思ったのか。すべてを捨てて神殿入りしようとするのは、なぜだ」


 言い訳をつらねようとするわたしを、ヴィートは言葉でもって切り捨てる。かつてない厳しさは、見えない力で頭を抑えつけてくるかのようだ。


「――フォシアの、ためか」

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