2-1
白昼夢でも見ているのではないかと思う。だって彼がこんなところにいるなんておかしい――。
坂道をのぼったからではない動悸がたちまちわたしの体の中で反響する。
彼の強い視線から逃れるように、地面を見つめた。
ヴィートは美しい青年に成長したけれど、まだ少し口下手なところは変わってない。
だから、この場合にもわたしから言葉をかけたほうがいいとはわかっていた。これまでそうしてきたように。
でも――何を? 婚約を解消した後、ずっと彼を避けていた。こんな場所で何を話せば良いのか。何を言えばいいというのだろう。
「……どうしてここに?」
結局、わたしが発したのはそんな言葉だった。
「それは、俺の台詞だ。どうして、こんなところに来た」
ヴィートの低い声が、ずんと胸に響く。
不愉快そうに聞こえるだけなのか――本当に不愉快に思っているのか、いまはわからない。
どうして、というヴィートの言葉の意味もすぐにはわからなかった。
この場にヴィートがいる衝撃に半ば麻痺したままの頭では、ただ単に、彼が事情を知らされていないだけなのではと思った。だからよく考えもしないままに言葉が喉を突いて出た。
「……わたしは、自分の罪を償うために太陽の神殿に仕えるの。知ってるでしょう。わたしは自分の妹に……フォシアによからぬ心を抱いた。そんな心を浄化するために静かで正しい生活を――」
「違う」
ヴィートの短く、だが重く力を持った声がわたしの言葉を奪う。
わたしは口ごもってしまった。
ヴィートの強い声の前には、わたしの言葉などひどく軽薄で、脆いもののように思えてくる。
何が違うの。
わたしがそう聞く前に、ヴィートは言った。
「ルキアが、フォシアに悪意を向けるはずがない」
「……ヴィート、」
「くだらない噂だ。ルキアがフォシアに嫉妬しているとか……俺が、フォシアとよからぬ関係になっているとか」
くだらない、とヴィートは吐き捨てた。口数の少ない彼の、強く迷いのない否定の言葉。
じわりとわたしは胸に熱を感じた。火に手を近づけたときのような熱さだった。
――他ならぬヴィート自身に、嫌いだとまで言われたのに、まだこんなにも胸の中に彼への想いが残っている。
でも、それを悟られぬようにうつむいたまま口を開く。
「……どうしてそう言い切れるの。わたしがどう思っているかなんて、わからないでしょう。フォシアの婚約が解消されたのも、わたしが原因だとみんな言っているのよ」
意識して、疑いを招くような言葉を使う。
世間の噂――フォシアの婚約が相手から解消されたのは姉が原因。両親は確かに怒っていたし落胆もしていた。
「――ああ、確かに、ルキアが原因だ。ルキアが、邪魔をした」
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