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 わたしとヴィートの婚約は十年前に決まった。家格も年齢も釣り合っていて、わたしの家もヴィートの家も、中堅貴族という現状維持以外には高望みはしないほうだったからだ。よくある政略結婚だった。


 それでも出会った頃のヴィートを、わたしはいまでも覚えている。

 確か八歳ぐらいのとき。今以上に無口で口下手で、彼のおしゃべりな両親からは心配され半分呆れられていた。


 整った顔立ちだけに、むっつりと黙り込むと威圧感があって、同い年の子供から遠巻きにされていた。不機嫌とか怒っているというように見えたようだ。


 そんなヴィートに、なぜ幼い頃のわたしは近づいていけたのかはよくわからない。

 不思議と怖くなかったようで、なんとなく、ヴィートの沈黙が意味するのを感じ取れたのだと思う。

 腕を組んで眉をひそめていても、それは不機嫌ではなく“困っている”だとか。唇を引き結んで険しい顔をしても、怒っているのではなく“驚いている”のだとか。


 ――言葉にしなきゃ伝わらないわ、と幼かったわたしは訳知り顔に何度も言った。

 根が真面目なヴィートは、やはり少年には似合わぬ厳めしい顔でうなずいていた。


 十年の間に、そのヴィートは美しい青年に育った。赤みのある金髪にヘイゼルの瞳は陽光の色合いを思わせ、輝かんばかりの美少女であるフォシアの隣に立っても何も劣るところがない。

 二人は性格にも似ているところがある、と思っていた。


 だから――二人が仲睦まじくしていても、それに対して邪推などしないようにしていた。

 たとえヴィートに顔をしかめられ、やがてはっきり決定的な言葉を突きつけられても。

 お前が嫌いだと、言われても。


 想い合う二人を邪魔する姉、婚約者の心を奪われて滑稽な姉。

 やがてそんな噂が立つようになっても、わたしはそれを否定しなかった。




 坂をのぼる。息があがり、足はもはや棒のようだ。ふだん平坦な道とてそれほど歩くことすらしていないのだから、長く傾斜のある道など言うまでもない。

 何度か立ち止まっては進んだ。家のこと、友人のこと、妹のこと、婚約者のこと――複雑にもつれた糸のように様々な考えが浮かんで、何度もうずくまってしまいそうになった。


 でもそのためか、坂をのぼりきろうとする頃には考えることにもすっかり倦んで、疲れていた。

 それで、ようやくたどりつく。

 遠かった神殿の影がずいぶん鮮やかに、大きく見えた。目前に迫っている。


 ああ、ようやく――。

 思わず長々と息を吐き出そうとして、止まった。


 そこにまばゆいものがあって一瞬目が眩む。

 ――坂道の頂点、神殿を背に立ちはだかる人影。

 赤みのある金の髪は、まるで地上に落ちた一滴の太陽のようで。


「――ルキア」


 抑えた、低い声が耳を打つ。わたしは呆然とした。


 ――どうして、ヴィートがこんなところに。

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