第43話 ヴァームフス奪取②

(三人称視点)


「それでは失礼致します」


 化粧により、血の気がない顔色にしか見えないウルリクは、手負いの部隊長を完璧に演じていた。

 龐統が見ていたら、「お主、明日からは舞台俳優にでも転向したら、どうかね?」と言いたくなるほどの名演技である。


 覚束ない足取りに多少のわざとらしさはあるものの、その場に居る誰もがウルリクの顔に騙されていた。


「おっと動かないでもらいましょうか」


 彼らは決して、油断していた訳ではない。

 若干一名――ウルリクの顔を見つめ、頬を桜色に染めていたロリ――以外は注意を払っていたのだ。


 ウルリクの技量が彼らにまさっていた。

 ただ、それだけのことである。


 片目を隠すように巻かれていた包帯の中に武器を潜ませていたのだ。

 伸縮式の刃を柄の部分に収めることが出来る暗器の一種だった。

 短く薄い刀身がロリの首筋に当てられている。

 誰一人動くことが出来ない。


「全員、武器を捨ててもらおうか」


 警備の兵は凶行を事前に防げなかった己が不明を恥じながらも、ロリの身を案じ、武装解除に素直に応じた。

 ウルリクからの圧を感じる低い声にどこか、あらがえないものがあったのも大きい。


 ウルリクに随行してきた十余名の部下が武装解除した兵士を手際よく、無力化していった。

 ロリは首に当てられている刃の冷たさに恐怖を感じてはいたが、ウルリクが周囲に聞こえないように「少しの間だけ、おとなしくしていてください。すぐに終わりますんで」という声に意外なほど、落ち着いていた。


「アナタタチ、ナニシテルヨー」


 ところが突然の乱入者である。

 乱入者のあげたすっとんきょうで大きな声に場の空気が一瞬にして、凍り付いた。

 あまりにも場違いな何の緊張感も感じさせない声だった。


「ケンカ、イケナイヨ。ミンナ、ヤメルネ」


 全く、場を読まないアグネスの様子にウルリクらも毒気を抜かれたのは言うまでもない。




「ケンカ、ダメヨ。ワタシ、イツモオロフニイッテルネ」


 領主不在時の一切の権限はロリにあるという取り決めなど、なかったかのように仕切るアグネスを前に誰も逆らうことが出来ない。

 それは招かれざる客であるはずのウルリクらも同様だった。


 彼女は誰であろうとヴァームフスの中で人が争うことを禁じ、お茶の席を設けるとロリとウルリクを同席させた。

 先程まで生き死にがかかった場にいた二人は何とも居心地の悪さを感じつつも逆らえない。

 迷い人であるアグネスという女性が、醸し出す不思議な空気のせいだ。


 アグネスの言葉は一見、支離滅裂なことを言っているようでありながら、真実を射抜いているようだった。


「タタカイオワラセルネ。ドスレバイイカ?」

「それはですね。うーん」


 ここにきて、はたと考え込むウルリクを見て、アグネスもロリも小首を傾げる。


 ダーラナで生まれ育っていないアグネスはともかくとして、ロリはダーラナ生まれの生粋の箱入り娘である。

 領主の娘として、礼儀作法やお茶会、流行している事象など令嬢としてふさわしい知識や技能を身に付けている。

 しかし、戦乱に明け暮れるダーラナに生まれた者の宿命として、ある程度は分かっていた。


 ウルリクと名乗ったモーラから、やって来た青年はある程度しか分からない自分よりも分かっていないのではないか。

 そんな考えがロリの頭を過ぎっていた。

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