第30話 戦い終わって②

「ダーラナの民は。シゲン。慣れることだ」


 大らかときたかね。

 物は言いようとは良く言ったものであるよ。

 だが、嫌いではないな。

 少なくともワシは嫌いではない。


 裏表がなく、分かりやすいと考えれば、実にやりやすいではないか。

 彼らはどこか、夷狄いてき――東西南北に居住していた異民族への蔑称――に通じるものがあるようだ。

 論理的ではなく、感情的に動く民であるとも言えるだろう。


 だが、人は感情で動いてもいい生き物だとワシは考えておるね。

 論理的に動くことは当然、必要である。

 君子こそ、人が目指すべき道であろうとも考えておる。

 ただし、それは世が平穏であるという前提が必要だろう。


 平穏でない戦乱の世だからこそ、君子たらんとする。

 そうありたいと志し、生きるのは確かに覚悟がいることであろうよ。

 玄徳殿にはその覚悟があり、生き様を見せることが己の本分とされていた。


 それはワシも理解していた。

 しかし、それで世に平穏がもたらされたかね?

 否。

 断じて、否であるよ。

 時には心のままに動くことも必要なのさね。


「シゲン。お前は難しいことを考えすぎ」

「そうかね? 我が友孔明はもっと難しいことを考えておったがなあ」

「そう。今は今。楽に生きよ、シゲン」

「へいへい」


 ドリーにそう言われようともワシ、軍師なのだよ。

 難しく考えない軍師に価値はあるかね?

 答えは否だろうて。


 右と左に別れた道があるとしよう。

 正しい方に如何いかに導くのかを考えるのが軍師である。

 考えるのを止めて、どこに存在意義があるかね……。




 モーラとエルヴダーレンの戦後交渉は実に円滑に進んだ。

 もう少し難航するかと考えていたが、これもダーラナの民が大らかなお陰か?


 時にして数ヶ月を要したが、意外な形で決着を見ることとなった。

 まず、両都市間での不戦が約束された。

 不可侵協定といったところか。


 モーラにとっては有利な条件での締結と言える。

 しかも単なる不戦の約定ではない。


 軍事的な結びつきが強く、互いの都市が攻められた場合に援軍を送ることも含まれている。

 これはモーラにとって、非常に意味合いが大きい。

 モーラという都市の弱点は、人口が少ないことだ。

 いくら人が増える素地があったとしても現時点では意味がないのである。


 現に動員出来る兵力が少ないということでエルヴダーレンは攻め寄せてきた。

 それゆえ、エルヴダーレンからの助力が期待出来るのは大きい。


 ただ、彼らが本当に援軍を送ってくれるのか?

 そこが一番の問題点となるのだが……。


 この点も問題はないだろう。

 いずれ両都市を率いる立場になるであろう二人が、将来を誓い合うことになりそうだからだ。

 遠くない未来にブリギッタとエーリクがモーラとエルヴダーレンの共同統治者となるのだろう。


「シゲン。誇るがいい。これがお前のもたらした平和」

「そうだなあ。ああ。そうだ」


 ドリーの手を引きながら、平穏を取り戻した通りを歩く。

 平和だ。

 ワシの望んだ……ワシが成し得なかった平和である。


 幼子の姿になっているドリーと過ごしていると巨師――龐統の子。名は宏。字は巨師――のことを思い出した。

 あの子は息災なのだろうか?


 しかし、このように感傷にひたっていられる平穏な時が破られることになろうとは……。

 この時のワシは全く、考えていなかったのである。

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