第11話 龐統、目覚める

 目に入ったのは板張りの天井である。

 知らない天井だな、うん。


「あいたたたっ」


 それにしても、何と不快感の伴う目覚めだろうか?

 頭頂部に感じる痛みはかなりのものだった。


 つまり、激痛で無理に覚醒させられた訳だ。

 これはたんこぶになっているだろうな。


「シゲン。起きたか」


 金色と空色の瞳がワシを捉えて、放さない。

 まるで猛禽類にでも睨まれている錯覚が起きるなあ。

 これが蛇に睨まれた蛙というものかもしれんぞ。


「ふむ。大事ないようで安心した」

「かなり痛かったが?」

「血がたくさん、ドバーだった。、心配した」

「え? ワシ、血がブッシャーしたの?」

「鏡はまだ、見ない方がいい」


 ドリーのヤツはそう言うと目をらした。

 これはかなり、アレなのかね?


「顔に赤い果汁をよく塗って、とても乾燥させた状態……」

「おうふ」


 目立つ頭部打撲の外傷。

 顔は血塗れ。

 そのまま、寝かされていたということか。

 なんて酷い!


 いや、待て。

 そうではないだろう。

 そもそもがここは一体、どこなんだ?


「ここはダーラナのモーラの町」

「ダラナ? モラ? 聞いたこともない名だが、西かね?」

「う……遥か西。そして、遥か北。遠いところ」


 ドリーは無表情で感情が読み取りにくい。

 その代わり、嘘をついたり、露骨に誤魔化そうとする時、微かに瞳が揺れて、目を逸らす。

 これはワシが超絶怒涛の軍師であるから、気が付けたのだ。

 ワシ、凄いね。


「これで有名な町」

「馬かね?」

ダーラヘストダーラナの馬。ふふん。ここらでは子供でも知っている。シゲン、お前は知らなかった」


 なぜか、ドリーは得意気な顔になっているが、理解に苦しむ。

 「ふふん」は何なのだ?

 妙に可愛らしいのが、逆に腹立つな。


「ドリーは知っていたのかね?」

「そ、それは……」


 また、目を逸らした。

 実に分かりやすい娘である。

 ワシよりもなぜか、優位に立とうとして、失敗しているようだ。


 ドリーの話によれば、ダーラヘストダーラナの馬は手のひらサイズの木彫りの馬の工芸品らしい。

 赤く塗られているが、これは町が銅の産出で潤っていた時の名残りなのだそうだ。

 かつての栄華を忘れないようにいくばくかの寂寥せきりょうと戒めでも兼ねておるのだろうか?


 この町は現在では刃物の鋳造で近隣にその名を知られているようだ。

 モーラ・ナイフと呼ばれる実用的な作りの短剣は、市場を席巻する出来の良さらしい。


 いや、待て。

 そんなことは今、どうでもいいのだよ。

 良くはないのだが、いいのだよ。


 おざなりに寝かされていただけのように見えるが、ワシには分かるよ。

 この部屋も寝台もそこそこにだってことがね。


「それでドリーさんや。ワシらの今の状況はどうなっておるのかね?」

「分かった。シゲンが知りたいこと。教えたくて、待っている人がいる」


 何となく、分かってはおったよ。

 この部屋の外に今か今かと扉を開けようと待機している人間がおるんだろう?

 武芸の嗜みがないワシにでも分かるくらいに丸分かりの気配とは……。


 嫌な予感しか、しないのだが気のせいかね?

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