第9話 龐統、我に返る

 死屍累々ししるいるい

 阿鼻叫喚あびきょうかん


 ワシが引いた線の上にそれはもう無残な賊だったもののなれの果てが転がっている訳だ。

 そういう感想が心に浮かんでも仕方ないことである。

 うむ。

 仕方ない。


 頭部がパァーン! としたのはまだ、見られる部類に入るだろうて。

 狙いがやや外れたんだろうなあ。

 胴体を穿たれてから、頭がパァーン! された遺体など悪夢に出てきそうな代物である。


「シゲン。お疲れ様」

「疲れてはいないぞ。むしろ、気分爽快だ」


 目から光を出し、口から炎を吐いたというのにいささかの疲労も感じていない。

 むしろ、清々しいくらいだ。

 心の中にあったモヤモヤとした物が一掃された感じとでも言おうか。


 ドリーは相変わらず、惨状を目の前にしても眉一つ動かさない。

 完璧な無表情である。

 この娘、目を輝かせていたのは服脱いでいる時だけではないのか?

 さては筋金入りの変態だな。


「違う。私は訓練された変態。シゲン。どうでもいいから、その上着を寄こせ」

「あ?」


 露出狂はついに次の格へと上昇したか。

 他人の裸体も見たいと思う気持ちは分からんでもない。

 小さくなる前のドリーの身体は確かに見たくなるのに十分だったさ。


 だが、ワシの身体に見る価値があるかね?

 ないな!


「違う。シゲンを見たいのではない。アレだ」


 ドリーが指差す先にはボロキレ同然の服だった物でどうにか、体を隠して震えている少女がいた。

 すっかり忘れていたぞ。

 ワシ、この子を助ける為とドリーのヤツに無理矢理、矢面やおもてに立たされたのだった。


「すまん。忘れとったよ」


 上着を脱いでドリーに渡すとそれまで、表情を崩さなかった彼女の顔に初めて、動揺の色が浮かんだ。

 「臭い」「ビチョビチョ」「これはない」と辛辣な単語が並んだ気がするが、ワシは悲しくない。

 事実だからな……。




 恐ろしい事実が判明した。


 まさしく悲報である。

 ワシ、ドリーがいないとどうやら、言葉が分からない。


 聞いたことがない言語である。

 西から来た異民族が喋っていたのに、やや似ているとといったところだろうか?


「今頃、気が付いたか。シゲン。お間抜け」

「ワシもおかしいと思ってはいたのだよ」


 道理で仲謀殿孫権のような輩が多い訳だ。

 紫髯あかげの賊ばかりでおかしいと思っておったとも!


 ドリーにしても銀の糸のような色合いの髪をしておるし、目の色も仲謀殿顔負けの変わった色相であるしな。


 ワシらが助けた娘も金糸のような髪に翡翠の色をした瞳をしている。

 鼻の高さと彫りの深さはまるで西方の異民族の如しだ。


「シゲン。そういうこと」

「何がそういうことか? は? お?」

「そういうこと」


 そうか! そういうことだったのか。

 ……とは思わんからな!

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