第26話 使徒の裏切り

「よし。装備のイメージを集中しろ!」

この電脳世界に持ち込めるのは『情報(プログラム)』のみである。入る前に必死に覚えた知識を思い出し、細部にいたるまで服や武器のイメージを構築した。

「よし。なんとか成功したな」

自分や部下たちの姿が変わっていく。いくつかの複雑な機械や兵器は再現できなかったが、服やナイフなどの単純な武器を出現させることはできた。

「情報官。魔王トオルを滅ぼせる『呪文(ワクチン)』は再現できたか?」

「大丈夫です。苦労して1MBも覚えさせられましたが、問題なく発動できます。『消滅(イレイサー)』」

小柄な女性士官が手を振ると、白い光が出てゲーム世界の一部が消滅した。

「よし。いくぞ!」

隊長率いる特殊部隊は、世界を救うために、電脳世界「ファーランド」に切り込んでいく。

同時に世界中で神族の配下による侵攻が始まるのだった。



ファーランドに侵攻した隊長率いる日本の部隊は、見渡す限り平原が広がる場所を探索していた。

「地図を記録しておけ。我々がなすべきことは偵察だ。まず魔王がどこにいるか情報を集めなければな」

「はっ」

隊長の命令により、日本の部隊は平原に散らばっていく。

魔王城-メルと一緒に作ったファーランド城でそれを見ていた俺は、思わず笑ってしまった。

「地図だって?無駄なことをしているな。俺の意思でいくらでも世界を書き換えることができるのに」

「仕方ありません。彼らにはこの世界のことなど何もわからないのですから」

声を掛けられて振り返る。人種も年齢もバラバラだけど、そろって黒い羽と黒い尻尾を持つ魔族-最初の選択で神族を寝返り、俺の側についた元使徒たちがいた。

「しかし、君たちはよく簡単に寝返る気になったもんだね」

「我々はこう見えて、エリートになるべく努力を重ね、人間社会を管理維持するために働いております。それは人間のため。神を名乗る異星人の奴隷になるためではないのです」

彼らからは強烈なエリートとしてのプライドが伝わってきて、俺は思わず苦笑した。

(なるほど。少しその気持ちはわかるかも。彼らは幼いころから勉強に仕事にと締め付けられていた。それがエリートとして支配者層になるためではなく、人間でもない異星人の奴隷になるためだったと知ったら怒りもするだろうな)

使徒はあくまで人間である。そのエリートとしてのプライドが高ければ高いほど、真実を知った時の怒りは強かった。

「神族を地球から追放したら、君たちは奴らの奴隷じゃなくなり、名実ともに人類の支配者層に成りあがれる。もっとも、現在と大差ないかもしれないけどね。でも、仕事もしないで遊びほうけながらえらそうに命令だけしてくる神族という老害がいなくなるだけで、ずいぶんとこの世は風通しがよくなるだろう」

俺の言葉に、元使徒-魔族たちは頷いた。

「それじゃ、真実をしってもなおも奴隷であり続けようとする、あの分からず屋たちを説得してくれ」

「お任せください」

ひとつ礼をして、魔族たちはいなくなった。


隊長率いる日本の部隊は、何もない平原に到達する。

「気をつけろ!何が襲ってくるかわからないぞ」

隊長の檄にプレイヤーたちは緊張して辺りを見渡し、ナイフを構える。

次の瞬間、緑色のゼリーみたいなものが襲い掛かってきた。

「な、なんだこれは!スライムか?」

「なるほど。ゲームの基本だな。こいつらが雑魚敵というわけか」

一時は驚いたものの、厳しい訓練をつんだ特殊部隊はすぐに体制を取り戻してモンスターと相対した。

「えいっ!」

隊員の一人がナイフをスライムに突き刺す。しかし、スライムは何のダメージも負ってないように、隊員の顔に貼りついた。

「くっ!苦しい!息ができない!」

鼻と口をふさがれて、その隊員はもだえ苦しむ。どんどん彼のHPが減っていった。

「い、いかん!引き剥がせ!」

隊長の命令で慌ててほかの隊員が駆け寄るが、顔に貼りついたスライムが分裂して襲い掛かってくる。

気がつけば、特殊部隊は無数のスライムに取り囲まれていた。

「な、なんだこの数は!」

「まだチュートリアルみたいなもんだろ!反則だ!」

若い隊員がわめきだすが、スライムは相手の事情などお構いなしで襲い掛かってくる。

「……くっ!」

隊長が最後にみたものは、自分の顔に貼りつくスライムのぬるぬるした体だった。


「……起きなさい」

どこからか、そんな声が聞こえてきて、隊長の意識が戻る。。傍らには黒い羽と牙を持った人間がいて、冷たく見下ろしていた。

「お前は……副隊長?」

そう、その人物は最初この電脳世界に入るときに行方不明になった副隊長だった。

「こ、ここは?」

あたりを見渡した隊長は驚く。周囲は無数の針のように尖った岩が広がる山だった。

「あなたは死にました。よってこの電脳世界に作られた「地獄」に落とされたわけです。ここは八大地獄のひとつ、『針の山』です」

副隊長は冷たく笑った。

「な、なんで私が地獄などに」

「当然です。あなたは私たち人間の中から初めて生まれた神々に対抗できる『救世主』を殺したのですから」

そう告げる声は限りなく冷たかった。

「あなたが彼に従う『魔族』を選択していれば、寛大なる救世主様はお許しになられたとおもいますがね。まあ地獄に落ちたのも自業自得ですな」

そう笑う副隊長に告げて、隊長は非難してきた。

「ばかな!田村!お前も栄光ある使徒の一人だろう。なぜあんな小僧に従うのだ!」

「それは、彼が神族を追い出して地球を人類の物に取り戻していただけると約束してくれたからですよ。普通に考えて、人間でもないただのばけものに忠誠を尽くせますか?」

『神族の方が化け物だと!なんと不敬な!」

隊長は睨み付けるが、彼は平然としていた。

「まあ、ゆっくりと自分の人生を反省してください。あのお方に協力する気になったら、この地獄から抜け出せるでしょう」

そういうと、副隊長は黒い翼を広げて飛んでいってしまった。

「ふん。使徒の誇りも使命も捨てた裏切り者め!」

隊長は針の山の中心で叫び続けるが、誰にも相手にされない。

そうしていると、どんどん腹が減ってきた。

「おかしいな。ここは幻の世界なのに腹が減るとは。いや、たぶん幻覚だろう」

そう自分に言い聞かすが、空腹感は増すばかりだった。

その時、パンの焼けるいいにおいがする。それは隣の針の山の天辺にある建物から漂ってきた。

「あそこに食べ物があるのか……いや、でもこの場から一歩でもうごいたら……」

隊長は躊躇する。彼がいるほんの少しのスペースから一歩でも踏み出せば、針によって傷つけられることは明白だった。

「わざわざ傷つくことはないだろう。ここは我慢だ」

そう思っていても、空腹感はどんどん強くなっていく。ついには食べ物のことしか考えられなくなっていった。

「もう我慢できん。慎重に進めば……」

隊長は慎重に針の上を進んでいく。しかし、途中まで来た所でいきなり山が振動した。

「ぐきっ!」

転倒した隊長に、無数の針が突き刺さり、血が流れ出る。

「くそっ!」

もはや後に引けなくなった隊長は、針に突き刺され体中がボロボロになりながらも隣の山に進むのだった。


「はぁ……はあ、やっとたどり着いた」

全身に無数の傷を負った隊長が隣の山にある建物にたどり着く。

『遅かったですね」

そこにいたのは、裏切った副隊長だった。彼の目の前にはおいしそうなご馳走が並んでいる。

「腹減った……喉が渇いた……食べ物をくれ」

息も絶え絶えで懇願する隊長に対して、副隊長は冷たく拒否する。

『お断りします。なぜ敵に施しをしないといけないのですか?」

「敵……?」

それを聞いて、隊長はなぜここの世界に来たのかを思い出した。

「さて。あなたはどうされますか?救世主トオル様を殺した罪を自覚し、償いのために彼に魂を売りますか?」

「こ……ことわる。神族の方々を裏切ることはできん」

隊長は使徒としての誇りを思い出し、最後の理性で拒否した。

それを聞いて、副隊長はやれやれと肩をすくめる。

「私もあまり暇ではありません。説得しないといけない人は大勢いますからね。いいでしょう。あなたは一番後回しにしましょう」

その言葉とともに副隊長の姿が消える。同時にご馳走や建物自体が消えて、隊長は再び針の山に取り残された。

「あああああああ!」

隊長は立ち尽くしたまま慟哭の悲鳴を上げる。しかし、彼を救ってくれる人は誰もいなかった。



数日後

「VRゲート」に入っていた使徒たちのうち、何人かの目が覚める。彼らは電脳世界ファーランドに侵攻している間、肉体を透明なカプセルに入れて保存されていた。

目を覚ました使徒たちに、神族たちは問いかける。

「どうじゃ?魔王トオルを倒したか?」

「……残念ですが、倒せませんでした」

そう告げる彼らは、なぜか冷たい表情をしていた。

「役立たずめ!それでも我らの「使徒か!」

「……申しわけありません」

戻ってきた者たちは、慇懃に頭を下げる。

「もういい!貴様たちのような役立たずは去るがいい!」

神族たちに見限られた「使徒」たちは、元の仕事に戻っていく。それは各国の軍のエリート士官だったり、大企業の本部だったり、はたまた政府の若手要職だったりした。

「いいか、トオル様から命令が来るまでに各自が所属する組織を掌握しておくんだ。必要な資金はトオル様がいくらでも出してくれるからな」

彼らは既にトオルに寝返っており、現場を掌握しているエリートたちによって少しずつ神族の支配力が弱められていく。

しかし、人間の下っ端にあまり関心を払わない神族たちが気づくことはなかった。


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