第27話 神族の本体

ゲームの形をした神族と人間の争いは、神族側が人間の使徒を一方的に送り込み続けるという展開が続いた。

しかし、戻ってきた使徒は「魔王退治に失敗しました」と告げるだけで、何が起こったのか要領を得ない。どんなに尋問しても「敵が多すぎて魔王がいる城にたどり着けなかった」と言い訳するのみである。

「いったい何がおこっているのだ!」

癇癪を起こした竹取の翁が怒鳴りつけるが、スタッフは困惑するだけで何もできない。

ゲームの中で何が行われているかを探りたくても、映像がブロックされていて中を見れないからであった。

「ええい!こうなったら、もっと使徒を送り込め」

「しかし、若手の使徒はほとんど失敗しました。残っているのは社会で重要な地位についている年配の使徒たちばかりで……その、ゲームをやったこともないという人ばかりですが」

執事が恐る恐る反対するが、翁は聞く耳を持たない。

「かまわぬ。やつらも所詮は奴隷じゃ。経営者だろうが政治家だろうが、使徒である以上誰でも送り込むのだ」

こうして若手だけではなく年齢が高いおじさん爺さん使徒まで駆り出されて行く。

人生経験を積んだ彼らならどうにかしてゲームをクリアしてくれると期待したのだが、戻ってきた彼らは妙に反抗的になっていた。

「いかに翁とはいえ、このような子供の遊びに我々を駆り出さないでいただきたい。我々には社会に対する責任があるのです」

「こんなつまらないゲームにかかわって、現実の会社の経営に齟齬をきたしたらあなた方は責任が取れるのですかな?」

そんな傲慢な言い方に翁や神族たちは怒りを覚えるが、彼ら年齢が高い使徒たちは神族の代理人として実際に社会の表舞台で世界を維持管理している存在である。

いかに神族とはいえ、簡単に処分はできなかった。

「うぬぬ……」

黙り込む彼らに、さらに追い討ちがかかる。使徒たちの若手からの当然の要求に堪えられなくなってきたのである。

「お館様。今月の報酬のお支払いをお願いします」

薄笑いを浮かべて要求してきたのは、以前特殊部隊として送り込んで何もせずにもどってきた田村という男である。

彼はなぜかそれ以降、若手使徒たちの取りまとめのような立場に祭り上げられていた。

「……しばらく待て。手元には現金がないのじゃ」

竹取の翁はそう答えるしかない。

トオルによって銀行口座の金をすべて奪われていたからである。

日々の組織の運営や生活は持っていた現金で賄っていたが、そんなものが長く保てるわけがない。

すぐに使い果たしてしまい、部下の使徒に払う毎月の手当てに困る状態に陥ってしまった。

「ほう。神族ともあろうお方が、報酬も払えないとは。堕ちたものですな」

田村の無礼な言い草に怒りを覚えるが、翁は我慢して答える。

「もう少し待て。今ワシの資産を現金に変えておる」

そういって不満をもつ者たちをなためようとする。

彼は金銀や宝石・不動産・美術品など莫大な現物資産があったが、それらは簡単には金に変えられない。買い手がいないとただのモノだからである。

「わかりました。ですが、なるべく早く支払いをお願いします。われら使徒があなた方にお仕えしているのは、何も無報酬のボランティアをしているわけではありませんので。金の切れ目が縁の切れ目というお言葉をお忘れなく」

そういって田村たちは去っていく。翁は悔しい思いをするが、彼の正論に言い返せない。

「お館様。現金が足りなくなって、経費が払えません」

同様の報告は財務担当からも言われている。彼が神族として権力を振るうには莫大な金がかかる。

現代の人間たちはタダで彼らに従うほど純情ではないのである。

「やむを得ぬ。とにかく現物資産を現金に変えるのじゃ」

翁はすべて売り払うように支持するが、同様の自体は世界中で

起こっていて、金銀宝石や不動産・美術品の価格が大幅に下落していた。

そして、それら価格が下がった資産を買いあさっている者もいる。

「ふふふ。面白いように買い占められるな。おっ。これはネフティネス王のプラチナ仮面。エメラルドストーンの本物。仁徳天皇の勾玉か。全部全部俺のものだ」

トオルは電脳世界から指令を飛ばし、神族から放出された宝を買い占める。

それはやがて単純な財宝から、権利関係にも及び始めた。

「よし。世界最大の自動車メーカータヨタの株を50%買い占めた。これで神族の支配を排除できるな。ほかにもニューヨークの市街の不動産を三割ほど俺の名義に書き換えた。くくく……世界は俺のものになりつつあるな」

こうして現実世界にトオルの魔の手が忍び寄ってくるのだった。


神族たちは、再び地底都市タカマガハラに集まって会議をしていた。

「いったい、どうなっているのだ!」

世界の食料供給を支配していたフード一族の長が、我慢の限界といった様子で叫んでいた。

「電子マネーをすべて奪われたせいで、配下の使徒どもを従わせる財力がなくなっている。現物資産の切り売りで今までしのいできたが、それも限界に近づいている」

「私たち「宗教」の分野でも信者の忠誠心が離れつつあります。今まで集めたお布施のほとんどを奪われたせいで、使徒たちは金の切れ目が縁の切れ目とばかりに私たちに反抗的になりだしました」

「金融」を支配しているゴールドホールド一族の長と「宗教」を支配しているジーザス一族の長が頭を抱える。

「ええい!なんとかならんのか!元はといえば、「電脳世界」を作り出したのは貴様のせいだ。どううにかしろ!」

「無理を言うな。電脳世界ファーランドは完全に我々の手を離れている。魔王トオルを消滅させるためのワクチンはあるが、誰かが電脳世界に入り込んで打ち込む以外に手のうちようがない」

『エネルギー』を支配しているエレクトリック一族と、「通信」を支配しているネットワーク一族は不毛な喧嘩を繰り返している。

彼らは徐々に自分たちの影響力が落ちてきているのを実感しているので、このままでは人間社会を支配する神の地位を保てなくなると危惧していた。

「いっそ、魔王ごと『竹筒』を破壊しては?」

そんな意見がでるが、一人の老人が強固に反対する。

「そんなことができるか!ワシらの本体がどこに保管されているか知っておろう」

そういったのは、「竹筒」の管理者にして「医療」を支配している日本の竹取の翁だった。

その時、神族たちがいる会議室にあるモニターが点灯する。

「ほう。面白い。『本体』とはこれのことかな?」

オルの言葉と同時に、「竹筒」が安置されている地下施設が映し出される。そこには数十体の生物の体がカプセルに入れられていた。

基本的には人間の形をしているが、のっぺりとした顔につるつるの肌で、映画に出てくるグレイタイプの宇宙人そっくりである。

「そ、それは……」

「あなたたちは根本的に異星の生物であるがゆえに、地球の環境では新たな子供ができにくい。だから滅びを避けるために、人間の体に転生して数を増やし人間社会を支配した。いずれ研究を重ね、元の体でも地球で生活できるようになるため本体をこうやって保存していたのでしょうが……」

トオルが指を鳴らすと、カプセルの中にいた一体の封印が解けようとしていた。

「そ、それは私の体だ!」

浅黒い肌をした、エネルギーを支配する一族エレクトリアが叫び声をあげた。

「ここにある肉体を始末すると、あなた方は元の種族に戻れなくなる。永遠に生物としては下等な生命体-「人間」となって輪廻転生をくりかえすしかなくなるわけです。一度転生したら、神であった記憶も消去され、完全に消滅するでしょうね」

トオルの言葉は、神々にとってもっとも痛いところを付いていた。

『ま、まってくれ!要求を聞こう!わかった。竹取の翁を神族から追放すればいいんだな」

中国に本拠地を持つ、フード一族の長があわてた声を上げると、トオルはにやりと笑った。

「もう遅い。あんたたち神族とはとことん戦うと決めたんだ。いい加減人間の陰に隠れてこそこそしてないで、お前たちが直接かかってこい。そうしないと、お前たちオリジナル神族の体を破棄してやるぞ」

そういってトオルの姿は画面から消える。後には真っ青になった神族たちが残された。


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