第21話 勇者の封印
「みたか!これが勇者の力だ。この鋼の体には傷ひとつつけられず、毒も効かない。たとえ何らかの理由で傷ついても、いくらでも再生できる。貴様たちに勝ち目はないぞ」
「ああ。お前の反則的なチート能力についてはわかっているさ。散々夢の中で見せてもらったからな」
ビスマルク大公の隣に黒い髪の少年があらわれる。ユウジの兄のトオルだった。
なぜか脇に小さなノートパソコンを抱えている。
「だけどな。お前は無敵じゃない。決定的な能力が欠けている」
「面白い。この完全無欠な勇者に何が足りないんだ?」
自信満々に胸を張るユウジに、トオルは告げる。
「逃げるための能力さ。お前は夢の中でどんなに敵に襲われても、空を飛んだり瞬間移動して逃げたりしなかったんだろう。だから、逃げ場のない海に誘導したのさ」
トオルはそう告げると、片手を挙げる。
「用意はいいか!」
「おう!」
力強い声が返ってくる。いつのまにか、ユウジを取り巻く船の甲板には奴隷や兵士たちが集まり、手に小さな瓶のようなものをもっていた。
「やれ!」
トオルの手が振り下ろされると、何百もの瓶がいっせいにユウジに向けてなげつけられる。
「死ね!邪悪な勇者め!」
「俺たちをさんざん苦しめやがって!殺された俺の兄を帰せ!」
「親父はてめえのくだらんゴーレム作りのために殺された。いまこそこの恨みを晴らしてやる」
彼に恨みをもつ何千人もの人々が憎しみと共に瓶をぶつける。
その中で、ユウジはなおも轟然と仁王立ちしていた。
「その程度か!痛くも痒くもないぞ!」
ユウジは瓶をぶつけられても平然としている。しかし、投げつけられた瓶は割れて中に入っていたモノを甲板にぶちまけた。
それは透明な粘液のようなもので、ぬるぬるとユウジの体や甲板を覆っていく。
「なんだそれは、嫌がらせのつもりか?」
体中粘液まみれになったユウジが不快そうにどなりつける。しかし、次の瞬間動揺した。
「う、動けない!」
「それは粘着スライムだ。このアスティア世界では厄介なモンスターとして恐れられている。一度くっついたら中和剤をつかわない限り二度と離れないのでな」
ビスマルク大公はおかしそうに笑う。いくら「絶対防御」「毒無効」でダメージを負わない勇者でも、表面を固められたら動きようがなかった。
「く、くそっ!」
なんとか足を動かそうとしても、ぴったりと船に張り付いて動くことができない。
成すすべもなく立ち尽くすユウジに向かって、トオルはさらに残酷な命令を下す。
「次は石だ!船につんでいる底石(バラスト)を投げつけろ!」
重たい石が船底から運ばれ、兵士や奴隷の手に渡、彼らは今までの憎しみをこめてユウジに投げつけた。
「てめえら!」
ユウジは怒り心頭に発するも、粘着スライムによって石が体に張り付いていく。
そうなると、ますます身動きが取れなくなった。
「くっ……それがどうした!俺は無敵なんだ!」
体中に重い石を張り付けながら、ユウジはなおも強がる。
しかし、その時船喫水線が少しずつ下がっていることに気がついた。
「これは……まさか!」
「今頃気づいたのか。そうさ。お前の船にのっていた人たちが逃げ出すときに、船底に穴を開けていたんだ」
トオルの言葉にユウジは真っ青になる。
「まさか、俺を溺れさせる気か?
「完璧な防御力と肉体再生の力を持ち、毒も効かないんじゃそうするしかないだろ。あばよ。最強の勇者サマ。永遠に海底に沈んでいろ。後は魚が始末してくれるさ」
トオルは冷たく告げる。
その間にも浸水は続き、ユウジがいる甲板は海に沈もうとしていた。
(まずい!このままじゃ!)
無敵を誇るユウジも、膝まで海水が浸水してきて焦ってしまう。
しかし、彼に張り付いた粘着スライムはゴムのように伸び縮みし、どんなに力を入れても振り払えなかった。
(くそ何かないか!ここから脱出できる魔法は!)
ユウジは自分が使える魔法を必死に思い出す。その時、稲妻のようにひらめいた。
(俺に移動系の魔法がないだと?あるじゃないか!たった一つだけ)
この状況から逃れ、さらに逆転できる唯一の魔法があることに気づく。
(勇者送還魔法を使えば、この船から逃げられる)
ユウジが思うように、勇者送還魔法とは正しくは転移魔法の応用で、たとえどんなに距離があっても、次元を隔てていても自分に縁がある者の側に現れることができる魔法だった。
以前かけられた時はキャンセルするために自分の両親を焼き殺したが、今自分の最後の血縁であるトオルはすぐ近くにいる。
(ちょうどいい。やつの側に行って捕まえてやる。トオルさえどうにかできれば、ほかの奴らは雑魚だ)
ユウジはそう思うと、勇者送還魔法の準備に入った。
ユウジの体が黒い闇に包まれる。
それを見たトオルは悲しそうな顔になった。
「まだ抵抗するのか。仕方ないな」
そういって後ろを振り向く。そこには黒い髪の美少女がいた。
「カグヤさん。俺たちだけで終わらせればよかったんだけど、無理みたいだ。頼むよ」
「わかったわ。同じ勇者である私が引導を渡してあげる」
カグヤはトオルの隣に立つ。それを見たユウジは激怒した。
「カグヤ!お前まで俺を裏ぎるのか!」
「裏切るって?私は最初からあなたのものになった覚えはないわ。あなたはやりすぎた。ここで私が始末してあげる」
カグヤはもっていた杖を高くかかげる。白い光がその先に集まっていった。
「ふん。そこで待っていろ!すぐそこに乗り込んでやる!」
ユウジの姿が黒い穴に飲み込まれようとした瞬間、カグヤは越え高く叫ぶ。
「ホーリークリスタル!」
ユウジの体が光の結晶に包まれていく。同時に何か邪悪な気配がトオルの持つパソコンに吸い込まれていった。
「ここは……どこだ?」
ユウジの意識が戻ると、一片の光もない闇の中にいた。
なぜか着ていた鎧や服がなくなっており、一糸まとわぬ裸である。
「寒い……だれかいないのか?」
ユウジは闇雲に走り回るが、生き物の気配はない。それどころか石ころひとつない無の世界に彼はいた。
「ここはどこだ?俺はどうなったんだ!」
ユウジが絶叫したとき、不意に空が明るくなって、トオルの声が聞こえてきた。
「そこはお前専用に作られた電脳世界だ。お前は魂だけになってそこに封じ込められた」
「なんだと!」
ユウジは「無限破壊」を放つが、受け止める対象すらなくむなしく拡散していく。
「なぜだ!なぜ破れない」
「当然だろ。そこはあらゆる物理法則が通じない無の世界なんだから」
トオルの声が冷たく響く。何もない世界と聞いて、ユウジは心の底から震え上がった。
「くそっ!出せ!」
「断る。そこで永遠に反省していろ。今まで好き勝手なことをしていたんだ。誰にも相手にされない孤独に苦しめ。それがお前に与えられる罰だ」
トオルの声が遠ざかっていく。同時に空も暗くなっていき、ユウジは元の暗闇に閉じ込められた。
「くそっ!誰か!助けてくれ!俺をここから出してくれ!」
それからユウジは出口を探して走り回るも、何の光も音もない環境に次第に追い詰められていく。
「ぼくは……勇者だ……つよいんだぞ」
刺激がない生活は脳の萎縮を招き、精神がどんどん退行していく。
「あははは……はははは……ははは」
最後には正気を失い、暗闇の中で永遠に笑い続けるだけの存在となるのだった
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