第22話 メルの復活

「じゃぁな。あばよ」

トオルはユウジの魂が封印されたノートパソコンを、思い切り放り投げる。

パソコンは深い海の底に沈んでいった。

ユウジの体が光の結晶に包まれていくと、反乱軍の兵士たちから歓声があがる。

「邪勇者ユウジの体を回収せよ」

ビスマルクの命令で、兵士たちがボートで船に近づいていく。

光の結晶に包まれたユウジの体は、海に沈む前にボートに移された。

「勇者トオル殿。ありがとう。あなたのおかげで邪勇者を倒せた」

ビスマルクは頭を下げて、トオルに感謝する。

「ふ、ふん。あんただけの力じゃないからね。あいつを倒したのは私たちだからね!」

「メアリー!」

そっぽを向くメアリーを叱り付け、メルはトオルに笑いかけた。

「トオル様。ありがとうございます。これでアスティア世界は救われました」

「俺は自分の復讐を果たしただけだよ。でも、みんなを助けることができてよかったな」

トオルはそうつぶやくと、周りの兵士たちに声をかけた。

「さあ、まだ終わりじゃないぞ。奴隷にされた人を助け出し、帝国を再建しろ。お前たちの手でな」

「おう!」

兵士たちから力強い返事が返ってくる。

(ふふ。まさに真の勇者にふさわしい。やはり彼を新たなる皇帝に押し立てて、世界をひとつにまとめよう)

トオルを見て、ビクマルクは彼こそアスティア世界の支配者になるにふさわしいと実感していた。

反乱軍が港に戻ると、ユウジの魔眼に支配されていた騎士や兵士、奴隷たちが勢ぞろいして彼らを迎えた。

「勇者トオル様!ビスマルク大公、よくぞ我らを救ってくださいました!」

「我々は体を操られながらも、ずっと正気を保っていました。思い通りに体を動かせず、同胞を手に掛ける悔しさ……その生き地獄から、あなた達救ってくださいました!」

口々に勇者と大公に感謝する兵士たち。その後ろで、奴隷とされた市民たちも感謝の涙を流していた。

「今日の所は帰宅して、疲れをいやすがいい。後日、勇者トオル様を新たな皇帝とする戴冠式を……」

ビスマルクがそこまで言った時、トオルが声を張り上げる。

「残念だが、私は皇帝になる気はない」

それを聞いた兵士や奴隷たちは戸惑った。

「な、なぜ……あなたは世界を救った救世主なのに」

「何度も言うが、俺は個人的な復讐を果たしただけだ。それに……」

トオルは周囲にいる者たちをギロリと睨み付ける。

「勇者ユウジという化け物を生み出したのは、結局の所、何か問題があれば誰かに押し付けて解決しようというお前たちの依存心からだ。俺は今後新たに魔王が生まれようが、戦う気はない。自分の尻は自分で拭け。異世界の勇者に頼ろうとするかぎり、何度でもこの悲劇は繰り返されるだろう」

トオルはそういい捨てると、さっさと宮殿の中に入っていく。

気まずい雰囲気になった所を、ビスマルクがフォローした。

「……彼の言うことは正しい。今回の災厄は、勇者に頼りすぎた我々にそのツケが回ってきたのだ。今後は人をあてにせず、自分たちの力で世界をまもっていこう」

それを聞いて、奴隷にされて苦しめられた人々も頷くのだった。


宮殿内。

カグヤとトオルは、最深部に設置された部屋に来ていた。

「これがメルの肉体か……」

トオルは感慨深げにつぶやく。結晶の中で眠っているメルは美しく、清らかだった。

「あ、あまりジロジロみないでください。恥ずかしいです」

スマホの中にいるメルが顔を赤くする。

「それじゃ、封印魔法を解くね」

カグヤが杖を振ると、光の結晶が砕けていく。同時にメルの体にスマホから出た白い霧が入っていき、目がぱっちりと開かれた。

「トオル様!」

肉体に戻ったメルは、勢いよくトオルに抱きつく。

「よくがんばったな」

「トオル様のおかげです。どれだけ感謝してもしきれません」

ひとしきりトオルに甘えたメルは、モジモジしながら告げた。

「あの……トオル様は本当に現実世界に戻られるのですか?アスティア世界を救った救世主として皇帝になってほしいとはいいません。私の夫として、この世界を共に発展させて……」

真剣な目をして頼み込むメルの唇に、トオルはそっと指を触れる。

「俺はこの世界では、あくまで異質な存在なんだ。いるだけで俺を利用しようとする者が出てくるだろう。そういう人間に担ぎ上げられたら、ユウジのようにならない自信がないんだよ」

「そうかしら。あなたはユウジのようにはならないと思うけど」

カグヤの言葉に、トオルは首を振る。

「俺は自分をいじめた相手に復讐するような、心の狭い男だ。ユウジと本質的には同じなんだよ。そういう人間が権力を持ったら危険なんだ。俺はおとなしく現実世界に返って、ただの人間としてひっそりと生きていくよ」

トオルはそういうと、メルからそっと離れた。

メルは涙を溜めて体を震わせていたが、ふっと肩を落とす。

「わかりました。でも、いつかきっとまた会えますよね」

「ああ。俺も勇者召還魔法を身につけている。現実世界で生きづらくなったら、こっちに逃げてくるよ」

トオルは笑いながら言う。このときは冗談のつもりだった。


帝国

広場の中心では大きな処刑台が作られ、ギロチンが設置されていた。

「頼む!助けてくれ!」

「ワシもユウジに脅されて、仕方なく協力したんじゃ。命だけは助けてくれ!」

みっともなく命乞いをするアクターとクロードだったが、厳しい顔をしたビスマルクが判決を下す。

「ユウジの魔眼に操られていた兵士たちは無罪じゃ。だがお前たちは自分の利益のために勇者に協力した。その罪は裁かれなければならぬ。やれ!」

ビスマルクの命令により、ギロチンの刃が落とされる。

二人の首はあっさりと落ちた。

それを見届けると、ビスマルクは民衆を引き連れて神殿のほうに赴く。

そこには大荷物を抱えたトオルとカグヤがいた。

「トオル様。カグヤ様。我々の都合で召喚してしまい、真にご迷惑をおかけしました」

「本当よね。もうこんな面倒は二度とごめんだわ」

そういいながらもカグヤは日本に帰れる喜びで笑っている。彼女は大量の金銀財宝をお土産にもらっていた。

「もし何かあったら、帝国、いやアスティア世界はあなたたちに協力いたします。遠慮なく申し出てください」

「そんなことがないように祈っているよ」

キラキラと輝く魔石が入った包みを持ったトオルが苦笑する。

「お二人とも。お元気で。またいつの日かお会いできることを楽しみにしております。『勇者送還』」

メルが杖を振ると、黒い闇が二人を包み込む。

トオルとカグヤの姿はアスティア世界から消えていった。


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