第13話 帰還準備

現実世界 ホテル。

「これで無事に就職か決まったぞ。乾杯!」

「トオル様。おめでとうございます」

チアリーダーの格好をしたメルが、ポンポンを振りながらトオルをお祝いする。電脳世界に来て一年、彼女もこの世界のことを詳しく知り、芸が細かくなった。

「まあ、学園なんてどうでもいいけど、これで身分を問われたらニートって答えなくてすむな。現代社会はそのあたりが結構厳しいからな。何をするにも社会的地位がないと信用されないし」

「トオル様はこれからどうなされるのです?」

メルの問いに、トオルはにっこりと笑って答えた。

「俺のほうの問題は全部片付いた。そうだな。これからメルと一緒に電脳世界で生活するのもいいかもな」

トオルはそんなことをつぶやきながら、メルがいる『ニューワールド』を開いて精神を飛ばす。

すでにそこにはいくつかのエリアができていた。

「トオル様!」

満面の笑みを浮かべたメルが抱きついてくる。たしかな体温とやわらかい感触が伝わってきた。

「メル、電脳世界につくりあげた新ファーランド帝国を案内してくれないか?」

「はい。一生懸命つくりあげました」

メルはにっこり笑って、最初の村を案内する。

「ここは農村地帯になります。ここでいろんな作物の作り方を勉強しました」

その村はのどかな自然が広がる農村で、米や麦、野菜や果樹園などが広がっていた。

「すごいな。一人で作ったのか?」

「時間はいくらでもありましたから。それに疲れませんし」

メルはいたずらっぽく笑う。暇だった彼女は、現実世界の知識を学び、電脳世界で実践していた。今の彼女なら、アスティア世界に戻ると農業改革者になれるだろう。

「はい。トオル様。あーん」

「ありがとう、美味しいよ」

メルがリンゴを振舞われながら、トオルはおだやかな気分になる。殺伐とした現実世界と比べ、ここは二人だけの天国のようだった。


山のほうに入ると景色が一変する。岩山の斜面にはいくつもの穴があり、筒みたいなものがその穴に差し込まれていた。

「ここは?」

「鉱山エリアです。実際に掘ってみました」

いつの間にかメルの格好が、つるはしを持った鉱山夫のものに変わっている。金髪お姫様のガテンスタイルは、以外と似合っていて新鮮だった。

「掘ったって……」

「やっぱり実際にやってみないと、苦労も問題点もわかりませんから。この筒は手押しポンプです。鉱山からは湧き水が出てきてほれなくなったので、ネットで学んで手作りしました。鍛冶場もつくったんですよ!」

メルは手を引いて、掘り出した鉱石をインゴットにしている炉に案内する。そこにはいくつか剣や鎧が並んでいた。

「……これも作ったの?」

「はい。鍛冶って以外と面白いです」

メルはドヤ顔をする。彼女が作った剣を抜いてみると、まるで伝説の名剣のように鋭く美しかった。


「……なんかすごいね」

「えへへ。他にもいろいろやりましたよ」

メルはトオルの手を引いて、別のエリアに連れて行く。

そこは工場が立ち並ぶ地区だった。

建物の中に、ピストンのようなものが入った鉄の箱がある

「まさか……」

「はい。ここで近代工業のことを一から学びました。『蒸気機関』ってすごいですね。今まで動力って水車ぐらいしかなかったのに。水と石炭があれば走れる車って革命的です」

メルははしゃいでいる。彼女は存分に現代知識のことを学び取っているようだつた。

「これでアスティア世界に戻れたら、文明を発展させてみんなを幸せにすることができるかもしれません」

メルの言葉を聴いて、トオルは寂しくなった。

「そうか。メルはいずれ帰ってしまうんだな……」

そのつぶやきを聞いたメルも、ちょっと悲しそうな顔をする。

「トオル様と二人で生活するのは、私自身としては楽しいです。ですが、私はファーランド帝国の第一王女として、民を救わなければなりません」

そう告げる横顔は、王女としての誇りに満ちていた。何の柵もない自分とは違って、彼女は重い責任を背負っていることを実感して、トオルも引き止められなくなる。

「わかったよ。次は俺がメルに協力する番だ。雄二を倒して、ファーランド帝国を取り戻そうぜ」

「トオル様……嬉しいのですが、いまや邪悪な勇者となった彼に関わってはいけません」

メルはトオルのことを心配して忠告してくれる。

「まあ、俺が向こうの世界にいって倒すってのはちょっと難しいよな。そもそも行けるかどうかもわからないし、行ったところで雑魚の俺は一瞬で倒されるだけだろうし」

トオルはため息をつく。いくら同じ勇者の資質を持つ彼といえとも、無数の戦闘を繰り返て経験を積み、魔王すら倒した雄二に勝てるとは思えなかった。

「とりあえず、アスティア世界と連絡を取ることに全力を尽くそう」

「はい……この一年私も試行錯誤して、新しい魔法を開発したのですが、どうしても魔力が足りないのです。こちらから強引にアスティア世界との扉を開いて維持するには、発電所に匹敵するほどの電力を魔力に変換する必要があります」

メルの言葉にトオルはがっくりとくる。いくら金持ちになった彼だって、そんな電力を個人で購うことなどできるはずがない。大問題になってマスコミに探られるだろう。

「困ったな。発電所なんてどうやって買えばいいんだろう」

ネットでいくら検索したって、売りに出ている発電所なんて存在するわけがない。

「売っていなかったら一からつくるしかないが……いや、待てよ」

日本全国をくまなく検索すると、ちょうどいい土地がみつかった。

「よし!ここだ!」

トオルはメルが入っているパソコンを持って、その土地に向かった。


日本の北の大地に存在する、夕針市。

以前は石炭業により栄えたが、現在は財政破綻して200億の負債を抱え込んでいる。

公共料金は高騰を続け、市民サービスはどんどん低下していき、市から人が逃げ出していく。すでに中心街にも人影は耐えており、市全体が寂れていた。

この事態に立ち上がったのは、ある一人の青年である。彼は安定した公務員の立場を捨て、市長として過去の負債を清算しようと努力しつつげていた。

客観的に、彼はよくやっているといえるだろう。逆境が続く中、順調に負債を減らしつづけてきた。それも市民だけではなく職員全体が身を削って働いた結果だった。

彼の市長としての報酬は、なんと年間250万円。アルバイトもびっくりの金額である。しかも退職金も放棄して、死に物狂いで取り組んできた。

しかし、その努力も空しく市民の流出と高齢化が続き、市とは名ばかりの人口一万人を切ってしまった。

そんなある日、市長に一人の少年が会いにきた。


「始めまして。弥勒学園の理事、神埼徹と申します」

スーツを着て現れたのは、高校卒業したての少年だった。

「理事……ですか?」

「ええ、いろいろありまして、母校に就職することになりまして」

そういわれて、市長は彼が日本を騒がしたいじめ事件の被害者であることに気がつく。

「それはそれは大変でしたね」

あまり裕福でない家庭に育った市長も、心無い人間から苛められたことがある。少年に同情してしまった。

「まあ、そのことはもう済んだ話です。今回訪れたのは、あるお願いをしにきたのです」

「お願いとは……?」

首をかしげる市長に、少年は自家製の冊子を渡す。

その表題は、「石炭発電の効率化研究施設建設の陳情」と書かれていた。

「最近、石炭発電が見直されています。以前とは技術が進み、煤煙などによる環境の負荷もほとんど0のレベルまでクリーンにすることが可能になりました」

少年の言葉に市長もうなずく。石炭発電は以前の黒い煙をもうもうと吐き出して環境を汚すというイメージが強いが、それは60年も前の話である。

現在では技術が進み、環境対策技術や効率的な燃焼方法を開発することで炭火力の煙はきちんとした浄化処理を行ったうえで大気中に放出されている。

「私たちは一度汚染されたら莫大な被害をもたらす原発より、これからの発電は石炭によってなされるようになるべきだと思っています」

「おっしゃるとおりです」

石炭資源は世界的に見ても豊富で、今後150年は枯渇することはないといわれている。この夕針にも、採算が取れないという理由で放置はされているが、まだまだ潤沢な石炭資源が眠っていた。

「もう一度エネルギー転換が起こり、石炭が見直される時代、再び夕針はよみがえると思います。私たちは研究所を作ってその未来に備えたいと思います。ということで、協力してほしいのです」

トオルは一枚の写真を取り出す。それは1990年代に閉鎖された石炭発電所だった。

「ここにはまだ発電設備が残っています。夕針の炭鉱にも近い。ここを所有する民間会社から買い取って研究所を設立したい。ご協力願いますか?」

「しかし……資金は?」

トオルはにっこりと笑うと、100億の残高がある銀行口座の残高証明書を取り出した。

「夕針市が仲介に入っていただき、現在の価値を査定してくださるようにお願いします。うまくいったら、夕針市に寄付をしたいと思います」

市長はトオルの提案を受け、彼に協力するのだった。

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