第11話 学園支配

弥勒学園

報道陣が学校に詰め掛けている。幸い春休み中で生徒の姿はなかったが、教職員たちは必死に対応に追われていた。

「学校としての責任は?」

「なぜ理事長は出てきて説明責任を果たさないのですか?」

殺気立った記者が、教職員を見かけるたびに取り囲む。彼らは振って沸いたような災難により、連日責めたてられて疲れきっていた。

「これは理事長と一部教師がやったことで、我々はこの件には無関係です」

たまりかねた校長がそう記者会見するも、「無責任だ!」という声が上がる。

「今後の対応は?理事長の進退は?」

「すべて調査中です!理事長はこの件に関してノーコメントです」

そういってごまかそうとするが、一週間たっても報道熱は冷めず、マスコミからはあることないこと書き立てられて散々な目にあっていた。

「理事長!どうすればいいんですか?」

「新学期まで一週間を切りました!このままじゃ新入生の入学式もあげられませんよ!」

教職員や他の理事から責め立てられ、ついに大吾は決心する。

「弁護士と神埼徹にアポイントを取れ。和解する」

大吾は今まで溜め込んだ裏金を入れたケースを秘書に持たせ、弁護士事務所にいくのだった。


弁護士事務所。

ニヤニヤしているトオルと、厳しい顔の弁護士が並んで座っている。

大吾はソファに座って二人と相対していた。

「久しぶりですね。理事長。卒業式の時を覚えていますか?次は社会人として対等な立場で接しましょうって」

「……ああ」

目の前の小僧と自分が対等などと言われるのは屈辱だが、確かに今のトオルは生徒でもなんでもない他人である。理事長としての権力も彼には通じなかった。

「で、話し合いをしたいとは?」

「和解をしてもらいたい。これは今までの君の被害に対する弁償金だ」

大吾はケースをあける。そこには三千万円ほど入っていた。


「君から巻き上げた金をすべて返す。生徒が奪った金も我々が補償しよう。だから和解してくれ」

「話になりませんね」

トオルは札束を大して関心のなさそうな目で見る。

「なぜだ!これで君の被害はすべて償ったじゃないか!」

悲鳴を上げる大吾を、トオルは冷たく笑った。


「何をいっているのやら。私が奪われたのは金だけではないですよ。三年間にわたる高校生活を暴行と誹謗中傷で苦しめられました。そのすべての責任はあなたにあるのです。あなたはそれを取り返すことができますか?」

そういわれて、大吾は首をふる。

「高校生活を取り戻せといわれても無理だ。だが、精一杯の償いをしよう。そ、そうだ。君は大学にいけなかったのだね。今から私のコネを使って、適当な大学に入れるようにしよう。楽しい大学生活を送って、つらい過去を忘れるといい」

そう提案する大吾を、トオルは鼻で笑った。

「ふっ。適当な大学って。そんな程度で取り返しがつくとでも?」

「て、適当といったのは言葉の綾だ。もしかしてその先の将来のことを心配しているのか?だったら安心したまえ。就職も私が面倒を見よう。大学では遊んでいてくれてもいい。卒業したら弥勒学園の教職員として雇ってあげるから。君は私がずっと面倒をみてやる。だから、今回だけはこらえてくれ!」

みっともなく、すがりつく彼に、トオルは哀れみの目を向けた。

「この後に及んでまだ上から目線ですね。大学にいれてやる?教職員として雇ってやる?残念だけど、そんな程度じゃ、今の私は満足できないんですよ」

そういいながら、銀行の残高証明書を見せる。そこには100億以上の預金額が記されていた。

サラミ法を使って全世界の数十億の銀行口座から小数点以下の利息を奪い続けた結果である。全世界に存在する一京円のマネーに比べたら端金だったが、理事長を圧倒するには十分な金だった。

「な、なんだこの金は……」

「私を親の金を相続しただけの子供だと思って油断しましたね。株式投資は15歳以上から本人の意思でできるということを知っていましたか?これは投資で作った金です」

トオルは適当な嘘をつく。それを聞いて、大吾は震え上った。

そこまでの資産家に対して、大学推薦や学園の教職員の地位など何の餌にもならないからである。

「まあ、諸悪の根源であるあなたとは、何があっても示談しませんと決めていました」

トオルはそういうと、告訴状を取り出す。

「私の全力をもって、あなたと弥勒学園を叩き潰します。話は終わったので、お帰りください」

大吾がどんなに頭を下げても、トオルの決意は変わらない。

彼はすごすごと引き下がるしかなかった。

それから数日後、弁護士から告訴状を出された警察は、恐喝と強要罪で大吾を逮捕する。

弥勒学園は理事長を失い、大混乱に陥るのだった。


弥勒学園。会議室

スーツを着た中年たちが集まり。これからのことを協議していた。

「どうするんだ?既に新入生に入学辞退を申し出た者が出始めている。在校生もかなりの人数が転校先を探しているらしい」

「今まで当校に推薦枠を振り分けてくれていた大学も、来年後以降は枠をなくすそうだ。そうなったら入学生たちは……」

いい年をした大人たちが頭を抱えて困り果てている。彼らはトオルの苛めの件については無関係だったが、理事長が自分の恐喝のために教師や生徒を使ったという事実がさらされて以降、学園自体が日本中から冷たい目で見られるようになった。

『弥勒学園に入学すると、寄付の名目で金を搾りとられるらしい」

『逆らったら学園を追い出される』

そんな批判にいくら反論しようが、誰も納得させられない。

弥勒学園は存亡の危機にさらされていた。


その時、弁護士を引き連れたトオルが訪問してくる。

理事たちは緊張した面持ちで、彼を迎えた。

「さて、理事長は逮捕されました。次は弥勒学園自体を告訴する用意があるわけですが……」

トオルにそういわれて、校長の地位にある理事が口を開いた。

「神埼君。もう仕返しはいいだろう。理事長も逮捕され、生徒会メンバーや君のクラスメイトたちも進学できずにひどい目にあっている。我が校のブランドも落ちるとこまで落ちた。この上何を望むんだ」

「口の利き方に気をつけてくださいね。私はもはや生徒でもなんでもありません。校長ともあろう人が、相手を一人前の社会人として尊重し、敬語を使うほどの分別も持たないのですか?」

トオルの冷たい声に、長年学園という狭い世界での教師>>生徒という人間関係に慣れていた校長たちも言葉を失う。

もはやトオルには元教師という柵も通用しないことを知って、校長も姿勢を改めた。

「要求を聞きましょう。どうすれば告訴を断念してもらえますか?」

「そうですね……まあ告訴しなくてもこんな学校潰れると思いますが、償いをしたいというなら一度だけチャンスを与えましょう」

トオルはもったいぶりながら、彼が考えていた妥協案を提示した。

「私を弥勒学園の理事にしてもらいましょう。やがては私が理事長になるということで」

「ばかな!君は未成年で教員免許ももってないだろう?」

「理事になる資格に年齢制限や免許の有無が必要ではないですが。なんなら学校法人ごと買い取りましょうか?」

トオルは理事たちの前に、100億の預金が記された銀行の残高証明書を叩きつける。

理事たちは顔を見合わせ、言葉を失うのだった。

「わ、わかった。君を理事として受け入れよう」

その後、弥勒学園はトオルの支援を受けて、傷つきながらも持ち直す。しかし、その見返りとして彼に支配されてしまうのだった。

そして大吾は理事長を解雇され、在籍中だった期間の横領について告訴される。最終的にはほとんどの財産を失い、娘とも連絡が取れなくなって失意のうちに自殺するのだった。

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