第10話 聖清大吾
その後、披露宴は中止となり、愛子と結婚相手との間で話し合いが行われる。
「……君がこの間言っていた話とはずいぶん違わなくないかい?」
婚約者の声は、この上なく冷たかった。
「信じて!あいつが嘘をついているの!私が苛めを放置していたなんてあるわけないじゃない」
「僕は信じるよ。だけど、両親や友達は信じてくれなかった。僕まで友達に馬鹿にされたよ。両親は恥をかかされたと激怒して婚約解消しなさいって言ってきた。そんな人をお嫁さんにするわけにはいかないってね」
婚約者の声には、愛子への疑いが表れていた。
「そんな!どうすれば!」
「やましいことはないんだろう?正々堂々と彼と裁判をして証明すればいい。君は苛めを黙認してなんていなかった。教師として彼を救うために力を尽くしたってね」
そういわれて愛子は黙り込む。
「君の健闘を祈っているよ。それから婚約も白紙に戻そう。君の無実が証明された後に、みんなに祝福されながら堂々と籍をいれようよ」
婚約者は去っていく。愛子は一人取り越されて涙を流しながらも、心の中で自分を正当化していた。
「私は悪くない。理事長の命令に従っただけだもん。あいつが全部悪いのよ。お情けで学園に入れてもらったくせに、恩を仇で返すなんて……」
延々とトオルに対する恨み言をつぶやくが、誰も同調してくれる人はいない。思いつめた彼女は、自分に命令した理事長に不満をぶつけることにした。
彼女は学園に赴くと、理事長である聖清大吾に食って掛かる。
「私は理事長の命令に従っただけですよ。どうして婚約解消なんて目に会うんですか?」
「知らんな。教職員のプライベートには学園は感知しない」
大吾は冷たく切ってすてる。そして彼女に一枚の書類を投げつけた。
「解雇通知……って?」
「君は自分の生徒が苛めを受けているのを放置した。学園としても処分を下さないわけにはいかないだろう。というわけで、懲戒免職にする」
それを聞いた途端、愛子は足元が崩れ落ちるような気になった。
円満退職なら再就職も容易である。しかし懲戒免職となると、ずっと悪評がついてまわる。教壇には二度と立てないも同然だった。
「ひどい!私を切り捨てるつもりね!訴えてやるわ!」
「好きにしろ。言いたいことがあれば顧問弁護士と話したまえ。警備員。このうるさい女性を放り出せ!」
愛子は屈強な警備員の手によって、学園の外に放り出される。
婚約者と教師という二つの未来を失った彼女は、地面に座り込んで泣き続けるのだった。
その後、彼女は「苛め教師」「最低教師」として親しい人間の間に悪名が広がり、逃げるように地元に帰る。
誰にも相手にされなくなった彼女は両親の薦めにより20歳以上も年上の男性に嫁がざるを得なくなり、不幸な一生を送るのだった。
香川愛子を切り捨てた弥勒学園の理事長、聖清大吾は、これでトカゲの尻尾切りがうまくいったとほっと胸を撫で下ろしていた。
あいかわらずトオルの苛め動画は拡散され、テレビで話題になっていたが、今の所苛めた生徒たちが叩かれているだけで、学校の責任を問う声はあがっていない。
いじめ問題として学校にも取材が来たが、理事長の命令で校長に「苛めの事実は確認できませんでしたが、当校の卒業生同士が争っているのは誠に遺憾でございます」とコメントさせることで乗り切ることができた。
そして理事長本人は沈黙を貫く。そうしていればいずれ飽きっぽいマスコミは別のターゲットを見つけると確信していたからである。
「大丈夫だ。今までの奴らは間抜けにも奴と接触した所に映像や音声の証拠を取られていたに違いない。ワシは奴と会ったことはないし、さやかも海外にいる。ワシがすべての金を巻き上げていた黒幕だなどと、証明しようがないのだからな」
自分だけは安泰だと確信している理事長の聖清大吾。
しかし、テレビの報道を見ていた彼は驚いた。
ホテルの一室では、多くの記者たちが集まっており、その前に設置された椅子とテーブルに弁護士らしきスーツの男性とトオルが座っている。
「皆様、私達が開いた会見に集まっていただきまして、誠にありがとうございます。現在世間を騒がしている神埼徹さんの苛め事件について、重大な事実がわかったのでここで表明したいと思います」
弁護士に促されたトオルは、記者たちに向かって一礼した。
「お集まりくださいました皆様。ただいま紹介に預かりました神埼徹です。私は三年もの間、不当な暴力と寄付を名目とした金銭要求にさらされて、両親が残してくれたお金の殆どを奪われてしまいました」
トオルの言葉に、記者たちは配布された資料を見る。それは銀行口座の残高から引き出された金額と日付の一覧表だった。
「それらの恐喝行為は、現在私が告訴しているクラスメイトや生徒たち、生徒会メンバーたちの意思で行われていると思っていましたが、事実は違います」
聞いていた記者たちは、興味津々でトオルの訴えを聞く。
「それらは、弥勒学園そのものが一丸となって行っていたのです」
いままで子供の苛め問題だとおもっていた記者たちは、組織ぐるみの犯行だといわれて驚いた。
「バカなやつめ。いくらそんな事を言っても、証拠がないと誰も信用しないぞ。ましてお前のようなただの小僧などと違い、弥勒学園は卒業生を大勢抱える名門校だ。当然世間は学校のいうことを信じるに決まっている。現実を知って身の程をわきまえるがいい」
余裕たっぷりに高笑いする大吾だったが、トオルの背後に設置されている巨大スクリーンに映し出された映像を見て真っ青になる。
『生徒会活動費が足りなくなってきたのです。生徒の皆様へのボランティア活動のために、ご浄財を寄付してくださいますよね』
トオルを集団で囲んで、ネチネチと寄付を要求する美少女の顔の下には「弥勒学園理事長の娘、聖清さやか」とテロップが流れていた。
映像の中のさやかは、さらに悪そうな笑みを浮かべてトオルに迫る。
『あなたの悪い噂は聞いております。地元にいられなくなったあなたをこの学園に浮けいれてあげたのは、いったい誰ですか?』
『明日までに100万円、この口座に振りこんでおいてくださいね。ご自分の意思で』
転校を受け入れた恩を言い立てて、無理やり寄付をよこせと無理難題をおしつけてくる。
なまじさやかが美少女である分、かえって記者たちの義憤を買ってしまった。
しかし、冷静な一人の記者がつっこむ。
「たしかに理事長の娘さんがあなたに集っていたかもしれません。ですが、それは彼女自身の苛めなのでは?まあ、確かに子供の苛めで済まさせれる金額ではないですし、理事長にも娘さんの監督責任はありますが」
トオルはその質問を予期していたようで、黙って頷く。
「最初はそうだったのかもしれません。ですが、理事長は娘を通じて、私が両親の財産を相続し、なおかつ天涯孤独で頼る保護者もいないことに目をつけ、より狡猾な手段に切り替えました」
映像が切り替わると、言いがかりをつけて金を要求する田辺たちの映像が映る。彼らは自分たちが勝手に決めたルールをトオルが破ったという名目で、暴行を加えながら何百万も巻き上げていた。
そして、その金はそのまま生徒会長である理事長の娘に流れる。
『これが今日、神埼が支払った金です。あの……こうしていれば、大学の推薦を貰えるんでしょうか?』
『安心してください。あなた方全員の推薦枠は確保していますわ』理事長の娘であるさやかが、大学の推薦枠とひきかえに生徒たちを操っていた証拠となる動画が配信された。
同時に、弁護士が弥勒学園の大学推薦の資料をスクリーンに映した。
「この動画の裏づけとなる資料を提出します。依頼人をいじめていたリーダー格である田辺武、中村翔、そして真田美穂は弥勒学園の推薦枠で大学に合格しました。もっとも、彼らの苛めを知った大学側は入学を取り消しましたが」
記者たちは必死にメモを取っている。
「もちろん、生徒会長とはいえ生徒である彼女が学校の推薦枠を確保する権限などはありません。彼女をさらに背後から操り、資産を狙った黒幕は他にいます」
「黒幕とは?」
記者たちが固唾を飲んで見守る中、次の映像が公開される。
それは悪そうな顔をした中年男が、さやかから現金を受けとる映像だった。
「バカな!なんでこんな映像が撮られたんだ!」
テレビで見ていた大吾は、卒倒しそうになる。
全国に放送されている映像では、いかに悪人めいた顔で会話を続けていた。
『このまま奴から絞ってやれ。もし奴が警察に訴えたり、自殺したりしても問題になれば』
『はい。あの三人が虐めを主導していたとして、切り捨てるのですね』
『ふふ。利用されていることも知らずに粋がっている。所詮はバカな餓鬼だ。われわれのような支配者は、ああいったバカを上手くつかわねばならん』
そう笑いあう彼らを見た日本中の人間は、物語の中の悪役そのままの二人の姿に怒りを募らせた。
『なんだよこいつ!』
『信じられない!学園ぐるみで苛めと恐喝をしていたって!なんなんだよこの学校って』
ネットでは理事長の聖清大吾、そして弥勒学園自体を非難するコメントで祭り状態になる。
この瞬間、名門弥勒学園のブランドは地に落ちてしまった。
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