第5話 卒業
次の日
トオルから金を受け取った田辺武・中村翔・真田美穂の三人は、生徒会室を訪れていた。
豪華な生徒会長室には大画面のテレビが備え付けられており、生徒会長の聖清さやかは番組を見てくつろいでいた。
三人が部屋に入った瞬間、テレビ画面が一瞬揺らぐが、すぐに元通りになる。
「これが今日、神埼が支払った金です」
田辺が代表して金が入った封筒を、聖清さやかに差し出す。
「いつもご苦労さまです」
「あの……こうしていれば、大学の推薦を貰えるんでしょうか?」
中村が不安そうに聞く。
「安心してください。あなた方全員の推薦枠は確保していますわ。残り半年、がんばって彼から寄付をつのってください」
さやかがあでやかに笑うと、三人ともほっとした顔を浮かべた。
「それで、彼はどんな様子です?」
「かなり参っているみたいですね。最近ではあまり学校にこなくなって来ています」
真田美穂が答えると、さやかは形のいい眉をひそめた。
「あまり追い詰めすぎるのもよくありませんね。女子生徒によるフォローもお願いします」
「えー?気持ち悪いんですけど」
あからさまに顔をしかめる美穂に、さやかはやんわりと諭す。
「社会に出たら、嫌な人ともつきあう必要がでてきますよ。ここは大人の寛容さで、彼のような下賎な人をあやしてあげましょう」
「仕方ないですね」
美穂は笑って肩をすくめる。
「田辺さんと中村さんはこれまで通りに、神埼さんを厳しくしつけてあげて下さい。反抗なんてする気をおこさせないくらいに」
「わかりました」
三人は一礼をして、生徒会長室を去っていく。
入れかわりに理事長が入ってきた。
「どうだ?順調か?」
「はい。お父様」
さやかは受け取った100万入りの封筒を、そのまま理事長に渡す。
「このまま奴から絞ってやれ。もし奴が警察に訴えたり、自殺したりしても問題になれば」
「はい。あの三人が虐めを主導していたとして、切り捨てるのですね」
さやかの顔に邪悪な笑みが浮かんだ。
「ふふ。利用されていることも知らずに粋がっている。所詮はバカな餓鬼だ。われわれのような支配者は、ああいったバカを上手くつかわねばならん」
「勉強になりますわ。お父様」
二人はそういって笑いあう。
しかし、彼らの理解を超えた存在がテレビに潜んで、じっとその様子をみつめているのだった。
トオルの部屋
「これがトオル様の恐喝に、理事長以下が全員が関わっていることの証拠になるデータですわ。私がテレビの中から見聞きした記憶から、映像・音声を再現したものです」
「ありがとう」
トオルはメルからデータを受け取ると、再生してみる。
いじめ実行犯三人とさやかのやり取りから、理事長とさやかの会話までバッチリと再現されていた。
「しかし、証拠になるデータもずいぶんたまったな」
以前の物の借りパクや集りから、最近の金銭要求や暴行まですべてのデータが電脳空間に保存されている。
これらの証拠と実際にトオルの口座から現金が引き出された記録を合わせると、充分に全員に罪に問うことが可能だった。
「それでは、彼らに鉄槌を下すのですね」
「いいや。まだまだだ。あと半年我慢する」
「なぜですの?」
画面の中で首をかしげるメルに、トオルは説明した。
「この社会は、未成年、特に高校生には甘いんだよ。将来のことを考えて穏便にってね。でも後半年で卒業したら、その甘えが通じなくなり、庇護してくれる学校という組織とも縁が切れる。その最高のタイミングで復讐するのさ」
トオルは邪悪に笑うのだった。
それから半年、トオルは度重なる虐めや女子からの懐柔を乗り切り、卒業式の日を迎える。
「神埼徹君」
「はい」
席から立ちあがり、憎い理事長から卒業証書を受け取る。渡すときの理事長は、トオルをさげずんだ目で見つめていた。
「三年間、よく我が校でがんばってくれた。卒業おめでとう」
「ありがとうございます。これからは同じ社会人として、対等な立場で接していただきたいですね」
理事長の皮肉まじりの祝辞に、トオルは笑って答える。
「どういうことだ?」
「そのうちわかるでしょう」
トオルは一礼して元の席に戻る。
周囲のクラスメイトからクスクス笑いが聞こえてきた。
「社会人としてだってよ」
「あいつ、大学にいけなかったんだぜ。これからニート生活かな」
「かわいそう」
そんな声が聞こえてきて怒りを覚えるが、トオルは我慢する。
(我慢だ。明日になれば、こいつらももう高校生じゃない。大学に入るまでの間、何の肩書きも所属する組織もなくなるんだ。つまり、集団から個人に戻るわけだ。今まで散々俺を集団の力で苛めてきたけど、やっているお前ら個人なんて所詮ただの餓鬼だったってことを思い知らしてやる)
明日から始める復讐を思い浮かべて、必死に屈辱に耐える。
卒業式は滞りなく終わった。
保護者や友人と歓談しているクラスメイトたちを避けるように、トオルは校門に向かう。
しかし、何人かの生徒に道を塞がれてしまった。
「おいおい。そんなに急いで帰ろうとするなよ」
ニヤニヤ笑いを浮かべているのは田辺武、金髪の半ヤンキーで、三年間トオルに暴行を加えていた少年である。
「どうせ君は暇なんだろ。俺たちで卒業の打ち上げをするんだ。もちろん、友達からの誘いは断らないよな」
スポーツマンでクラスの人気者だった中村翔が、逃げられないようにトオルをがっしりと掴む。
「祝ってくれる家族もいないなんて、か・わ・い・そ・う。せめて私たちが慰めてあ・げ・る」
女子のリーダー、真田美穂も反対側の手を掴む。
彼らはトオルから恐喝した金を学園に渡していたので、その見返りとして推薦枠で大学に合格していた。
(しつこいな。最後の最後まで俺を馬鹿にし、金をしゃぶりつくそうとしているのか。うっとうしい。いっそ逃げてやろうか)
一瞬そう思ったが考え直す。
(こいつらに、最後のチャンスを与えてやろう。どうせ明日から俺に土下座して許しを請うことになるんだし。こちらからチャンスを与えたのに拒否された事実があれば、示談を断る理由になるしな)
そう思ったトオルは、気弱な顔を作ってうなずいた。
「わ、わかったよ」
「そうこなくちゃな。最後のパーティだ。もりあげようぜ!」
彼らはトオルの肩を叩いて笑った。
学校の近くにあるカラオケ店は、その日大盛況だった。弥勒高校の卒業パーティが貸切で行われたからである。
「なんでこんなに大勢いるんだよ。俺のおごりって……こんなの払えないよ」
カラオケ店についたトオルは、大きな声で拒否する。店内には100人近い生徒が集まっていた。
「ああん?今まで仲良くしてやった当然のお礼だろ」
「人間としてお前が払うのが当然だろうが」
「トオル君だったらはらってくれるよねー」
トオルが明確に支払いを拒否したにもかかわらず、田辺・中村・真田の三人は支払いを押し付けてくる。
「ゴチになりまーーす!」
他の生徒たちも、ヘラヘラ笑いながらトオルを連れ込んだ。
その後、一番奥の部屋に、逃げられないように両脇に田辺と中村に肩を掴まれてトオルは座らされていた。
「あはは!楽しい!」
「どんどん注文しろ。神埼の最後のおごりだからな」
パーティにはトオルを苛めていた他のクラスの生徒たちも参加し、遠慮なく飲み食いをする。この日の売り上げは過去最高を記録するほど、彼らは気前が良かった。
高校生活から解放された気楽さから気が緩み、中には飲酒やタバコをすっている生徒たちもいる。
最近は姿をみせなかった生徒会長の聖清さやかも、取り巻きの生徒会メンバーを引き連れて参加していた。
「私たちの高校生活は、これ以上ないくらい充実していました。一生の思い出にのこるでしょう」
さやかの挨拶を聞きながら、トオルは腹の中で考えていた。
(そりゃ楽しかっただろうよ。俺から金を巻きあけて小遣いにも不自由しなかっただろうし、俺を苛めてストレス発散もできただろうしな。こっちが反撃しなかったからといって調子にのりやがって。やっぱり三次元の女はだめだな)
メルと仲良く暮らしていると、どうしてもさやかや美穂の心の醜さかが鼻についてしまう。トオルは深刻な女性不信に陥っていた。
トオルをほうっておいて、生徒たちによる馬鹿騒ぎは盛り上がっていく。
「俺は帰る。帰らせてくれ」
「ふさげんな。逃げようったってそうはいかねえよ。今日はとことん付き合ってもらうぜ」
何度も田辺や中村に訴えるが、トオルはがっしりと捕まえられていて帰れなかった。
「ちょっとトイレにいかせてくれ。漏れそうだ」
「きったねえな。いいぜ。だけど逃げないように見張っているからな」
田辺はトイレにまで着いてくるが、個室に入ったトオルは密かにメルにラインした。
「カラオケ店に監禁されていて帰れない。弁護士のセンセイに連絡してくれ」
「はい」
ラインを受け取ったメルは、復讐のために雇った弁護士たちに連絡した。
「神埼さんが監禁されているですって?わかりました。警察に連絡して、迎えに行きましょう」
メルから電話を受け取った弁護士は、さっそく動き出すのだった。
席に戻ったトオルは、生徒たちに吊るし上げられる。
「それじゃ。俺たちのペット……、いや、いじられキャラとして三年間がんばってくれたトオル君に歌ってもらしましょう」
田辺がヘラヘラしながら渡してきたマイクを受け取り、トオルはみんなの前に立つ。
しかし、伴奏が始まっても歌わず、立ち尽くしたままだった。
「どうしたんだよ。歌えよ!」
「下手すぎてはずかしいの?」
そんな煽り声を聞きながら、トオルはゆっくりとしゃべりだす。
「この三年間、俺はお前たちに苛められ、金を巻き上げられ、不当な暴力に晒されました。人間の醜い面を思う存分みせてくれて、ありがとうございます」
それを聞いていた生徒たちは、今まで何をされても反抗しなかったトオルの言葉に驚き、思わず沈黙した。
「そんな人間のクズであるお前たちに、最後のチャンスを与えたいと思います。本当に俺に対して悪いと思っているなら、土下座して誠心誠意謝ってください」
「はあ?」
トオルの言葉を理解すると、生徒たちから怒号が沸き起こった。
「ふざけんな!人殺しのくせに」
「お前は黙って金出していりゃいいんだよ!」
「なにが苛めよ。かわいそうなボッチのあんたをイジってやっただけでしょ。感謝しなさいよ!」
生徒たちから口々に罵声が投げつけられるが、トオルは平然としている。
「さもなければ、訴えますよ」
「訴える?」
何人かの生徒がちょっと動揺するが、その時生徒会長のさやかが前に出てきた。
「ふふふ。訴えるってどうやって?あなたの言うことを信じる人がいると思っているのでしょうか?」
さやかはトオルを弄ぶように笑う。
「みなさんに聞きます。私たちは苛めをしていましたか?」
「してませーん!」
「強請りたかりをしていましたか?」
「しってませーん」
生徒たちは口を揃えてさやかに追従した。
さやかはトオルを笑いながら馬鹿にしてくる。生徒たちからはリモコンやジュースが投げつけられた。
「いかかですか?あなた一人がどんなに喚いても、私たち全員が否定しますよ。学校だって虐めなんてないって証明してくれるでしょう。あなたは苛められる星の下に生まれついたのですから、せいぜい私たちの機嫌を損ねないようにいきていったほうがいいですよ。社会はあなたみたいなお馬鹿さんに味方してくれるほど、甘くないのです」
勝ち誇っていうさやかだったが、トオルは恐れ入らなかった。
「そんな寝言が社会で通用するか、試してみましょうか?理事長のお嬢さん」
「え?」
さやかが思わず聞き返した時、部屋の外が騒がしくなってドアが開いた。
「ここに少年が監禁されていると通報が入りました。確認させていただきます」
そういいながら入ってきた警官とスーツの男性がみたものは、ジュースまみれになっているトオルの姿だった。
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