第6話 動画拡散
「だから、監禁なんてやってないって」
「そうです。俺たちはただ友達とパーティしていただけです!」
「疑うなんてひどい!」
田辺と中村はひたすら言い訳をし、真田は泣きじゃくっていた。
現在、生徒たちとトオルは別の部屋に分けられ、事情を聞かれている。
他の生徒たちも次々と監禁なんてしていないと証言した。
「うむむ……なら、監禁というのは嘘なのかな」
生徒たちを聴取していた警官がそう思ったとき、トオルと話していたスーツの男性がスマホを渡してくる。
「私の依頼人のスマホに録音データが残っていました」
警官がトオルのスマホを再生させると、声が流れてきた。
「なんでこんなに大勢いるんだよ。俺のおごりって……こんなの払えないよ」
トオルが拒否する声の後に、別の声がする。
「ああん?今まで仲良くしてやった当然のお礼だろ」
「人間としてお前が払うのが当然だろうが」
「トオル君だったらはらってくれるよねー」
その音声を聞いた三人は、真っ青になっていた。
「ゴチになりまーーす!」
他の生徒たちも、トオルに支払いを押し付ける気だったことの証拠が流れる。
「そ、それはですね……」
顔色を失って弁解しようとする生徒たちの中から、一人の上品そうな美少女が出てきた。
「警察官のおじさま。失礼いたします。弥勒高校の生徒会長、聖清さやかでございます。何か誤解があったようですが、監禁なんてしていません。私たちはただ卒業パーティをしていただけですよ。あまり生徒に変な疑いをかけたら、私たちの学校が黙っていませんよ」
「生徒会長?」
突然出てきて偉そうに言う少女に、警察官たちは眉をひそめる。「お疑いなら、学校に確かめてください」
「……わかった。学校に通報して教師に来てもらおう」
警官達は弥勒学園に電話する。これで擁護してもらえると、生徒たちもほっとするが、そううまくは行かなかった。
「……聖清さやかさんは、もう卒業しているとのことだが?学生証をみせてみたまえ」
警官に言われて、さやかは真っ赤になる。
「なんですって!貸しなさい!」
警官から携帯を引ったくり、学校の職員にどなりつける。
「私が誰か知らないようですね。理事長の娘の聖清さやかですよ!さっさと人をよこしなさい」
しかし、電話の相手はなぜか可愛い声で返事した。
「たとえ理事長の娘さんといえども、当校の生徒でない方の面倒をみる義務はございませんわ。あなた方は卒業なされたので、当学園には何の関係もございません」
「なんですって!あなたの名前を名乗りなさい!首にしてあげるわ!」
そう脅された学校職員を名乗る存在は、クスクスと笑った。
「私の名前ですか……そうですね。メルとでも名乗っておきましょうか」
「ふざけないで!そんな名前の職員がいるわけないじゃない」
「愛称ですよ。それよりどうしますか?理事長に連絡して、お嬢さんが無銭飲食で捕まりそうだとお伝えしましょうか?」
電話の相手にからかうように言われて、さやかはぶちきれた。
「もういいわよ!」
乱暴に電話を切って、警官に返す。
「あ、あの……学校はなんて言ったの?」
「……私たちはもう卒業しているから、面倒を見る義務はないっていわれました」
肩を落としたさやかに言われて、もはや学校に庇護してもらえる学生じゃなくなったのを理解した生徒たちにも動揺が広がっていった。
「君たちが学校に関係ないなら、保護者に来てもらう必要がありますね。一人の少年を大勢が監禁して、金をたかるとは。これは刑事事件になるかもしれないですね」
トオルの隣にいるスーツの男性も警官にそう告げた。
「おっさん。なんだよ。さっきからえらそうな口を利きやがって」
武が掴みかかろうとすると、慌てて警官が押しとどめた。
「やめなさい。この人は弁護士だぞ」
「弁護士?」
それを聞いて生徒たちは驚いてしまう。
スーツの男性は名刺を取り出すと、さやかに渡した。
「はじめまして。神崎さんの顧問弁護士です。さて、これからあなたたちを監禁罪で告訴しようと思いますが、何か弁解はございますか?」
その言葉をきいたさやかは、必死に言い訳をした。
「た、単なる悪ふざけです。もちろん彼に支払わせるのではなく、私たちもちゃんとお金を出すつもりでしたわ」
「そうだ。単なる冗談だ」
「悪ふざけをマジで受け取るってサイテー」
生徒たちの騒ぐ様子をみて、警官はうんざりした。
「悪ふざけということだが、どうするかね?」
そう聞かれたトオルは、苦笑を浮かべた。
「別にいいですよ。どうせ明日からこいつらは大変なことになるんだし。それなら俺は帰っていいですね」
嫌みったらしく生徒たちに聞く。
「ああ、帰れ帰れ!」
「空気がよめない奴がいると白けるのよ。さっさといきなさいよ!」
その声を背にして、トオルは弁護士と共にカラオケ店から出て行った。
残されたさやかはトオルにしてやられた事を悔しがるが、すぐに思いなおす。
(べ、別にいいですわ。あんな庶民ができることはこの程度ですし。最後くらい大目にみてやりましょう。あまり騒がれると、私の進路にも影響しますしね)
さやかは既に名門女子大学に進学が決まっている。これ以上トオルを刺激して、変な騒ぎを起こされるのは本意ではなかった。
気を取り直して、さやかは生徒たちによびかける。
「みなさん。卒業パーティが水を差されましたが、楽しみましょう」
さやかの司会で生徒たちは活気を取り戻す。
しかし、支払いの時になって金が足りなくなる生徒が続出し、さやかが代わりに払うことになるのだった。
夜
トオルは手荷物をまとめて、住み慣れたボロアパートを出た。
すでに大家には部屋をでることを伝え、住民票もダミーの部屋を借りてそこに移している。
「トオルさん。長い間の苛め、辛かったでしょう。高校卒業おめでとうございます」
持っているスマホからメルの声がする。たった一人労ってくれたメルの優しさに、トオルは思わずホロっと来てしまった。
「明日からはしばらくホテル暮らしかぁ。ちょっと窮屈だな」
「仕方ありませんわ。反撃されて窮地に陥った彼らが、思いもしない危害を加えてくるかもしれません。警備がしっかりしたホテルに身を隠さないと」
メルが慰めてくれる。
「すでに弁護士さんには連絡しています。明日、被害届を警察に提出してくれるそうです。証拠を同封した内容証明も、発送を終えています」
「そうか。明日が楽しみだな。これが済んだら……本格的にメルのことに取り掛かれるな」
「ええ。アスティア世界がどうなっているのか、気になります」
二人は仲良く話しながら、夜の街に消えていった。
次の日
夜遅くまで仲間と騒いでいた田辺武は、スマホの着信音で目を覚ました。
「なんだ。翔か。朝から電話してくんなよ。今日から大学が始まるまではゆっくり寝ていられるのに」
不機嫌そうにスマホをとる。
「なんの用だよ」
「武!大変だ!俺たちがやってきた弄りが、動画サイトにアップされている」
慌てて送られてきたサイトにアクセスすると、武がトオルをかつあげしている場面だった。
ペンや小物を借りるという名目で巻き上げる場面から、友達だと強弁して飲み食いを集るようになり、最後には殴りつけて金をうばう場面まできっちりと映像に残っている。
「な、なんだよこれは……」
動画のコメントには、武を苛めの首謀者、犯罪者として非難するコメントがあふれていた。
「お前だけじゃない!俺や真田も、生徒会長の分まで全部動画として公開されている。朝からネットじゃ俺たちのことで大騒ぎになっているぞ」
ランキングを見たら、トオル関連のいじめ公開動画が上位すべてをしめていた。
ご丁寧なことに苛めに少しでも関わった人間全員の画像が編集されて晒されていて、その動画の数は100を超える。
「こんなことをするのは、神埼しかいねえ。ぶっころしてやる!あいつの住所を知らないか?」
「生徒会の奴から聞いた。みんなも集まっているみたいだ。俺たちもいくぞ!」
武は急いで家からでて、トオルがすんでいたアパートに向かう。
そこにはすでに何十人もの生徒たちがいた。
「卑怯者!こんなことするなんて!」
「でてこいや!」
「動画を消せ!」
アパートを取り囲んで叫び声をあげている。
すると、近くの家から一人のおばさんが顔を出した。
「あんたたちは何ですか!近所迷惑な!」
そう叱られて、生徒たちは動揺する。
「あ、あの。あなたは?」
「私はこのアパートの大家です。ここに住んでいた子は、すでに部屋を引き払いました。わかったら、さっさとどこかにいきなさい!これ以上騒いでいると、警察を呼びますからね!」
言うだけ言って、ドアが閉まる。
「神埼の奴、逃げたのか……くそっ!」
「絶対に捕まえて、動画を消去させてやる!」
生徒たちは必死にトオルの行方を探ったり、彼のスマホに電話したりするが、彼の足取りはつかめない。
「このままじゃまずい。どうすればいいんだ……」
生徒たちの苦悩は始まったばかりだった。
中村翔は、ごく平凡な家庭に何不自由なく育った少年である。彼にとってトオルは単なるストレス解消のおもちゃで、自分の小遣いを減らさず飲み食いをするための便利な道具だった。
彼がどんなに抗議してもクラスの皆は自分に味方してくれた。どんなに馬鹿にしても人気者の自分が皆に愛され、彼のほうが悪者になっていた。
そんな彼は、今実家のリビングで正座させられている。
テーブルの前には一通の分厚い内容証明があった。
「……ここに書かれていることは事実なのか?」
自分にスポーツを教えてくれた父親が、激怒した顔でにらみつけてくる。
「ち、ちがう……俺はそんなつもりじゃ」
「お前の考えなんてどうでもいい。事実かどうかを聞いているんだ」
体育会系の父親は、怒ると恐ろしい。そして子供が嘘をつくことを絶対に許さなかった。
父親以外にも、優しい母親と可愛い妹が固唾を呑んで見守っている。
「だ、だから、友達にちょっと奢ってもらってただけだって」
「その友達とやらが、わざわざ弁護士を雇って訴えてくるのか」
父親は内容証明を開いてみせる。それは今まで翔に恐喝され続けたことを訴える内容だった。
「被害届はすでに出されている。証拠も同封されているDVDを見れば勝ち目はない。それ以前に私は父親として、お前のような子供を育てたことを情けなく思う」
父親は厳しい顔をしている。母親は涙を流しており、そして妹は軽蔑の視線を翔に向けていた。
「……最低。あんたが苛めなんかする人間だったとは思わなかった。こんな兄がいたら、私までいじめられるじゃん。どう責任とってくれるの?」
昨日までお兄ちゃんと慕ってくれていた妹は、ムシケラのような目で翔をにらんでいる。
「……とりあえず、私から弁護士に連絡を取る。誠心誠意謝るしかないだろうな。覚悟しておけ。場合によっては、せっかく推薦で入った大学にもいけなくなるかもな」
父親の言葉に、翔はがっくりと肩を落とした。
中村翔が父親から説教を受けているころ。
クラスメイトの女子リーダー、真田美穂は必死にスマホの相手に弁解していた。
「だから、全部誤解なの。信じて。私はからかっていただけ。苛めじゃなくて弄りなの!」
彼女が弁解しているのは、大学生の彼氏である。小さいころからの幼馴染で、美穂のとっては最愛の人間だった。
しかし、スマホからは冷たい声が聞こえる。
「動画をみたよ。お前の本性は集団で抵抗できない人間をいたぶるようなやつだったんだな」
それを聞いて、美穂は何もいえなくなる。
「俺もさ。お前が知らない所で苛められたことがあったんだ。だから苛める方の人間の言い訳もよくわかるよ。私たちは弄っていただけ、苛めじゃないって。でも、それをどう受け取るかは相手なんだよ」
電話の向こうの彼氏は、正論で美穂を追い詰める。
「悪いけど別れてくれ。集団で酷い苛めをしたり、かつあげするような人間は顔もみたくない」
その言葉を残し、電話が切れる。あわてて電話やラインをしても、すでに拒否されていた。
「なんでこんなことに……全部神埼のせいよ!絶対に許さない。みんなと協力して、復讐してやるから!」
美穂は自分の部屋の中で、悔しさに唇をかみ締めていた。
理事長室
弥勒学園の理事長である聖清大吾は、娘から延々と訴えられていた。
「お父様の力で、この動画を消してください」
彼女が差し出す動画には、度々トオルに対して寄付の名目で金をせびっていたり、カラオケ店で調子に乗って彼を見下した発言をする様子が再生されていた。
『なんだこいつ。最低だな』
『何思い上がってんだよ。何様のつもりだよ。まさに勘違いしたお嬢様ってとこだな』
『信じられない。こんなこと本気で考えている人がいるなんて。ドラマとか漫画の中の悪役令嬢みたい』
動画のコメントにはさやかを揶揄する発言であふれかえっていた。
「無理をいうな。学校内でのことならどうにでもなるが、それ以外で私にできることなどない。神埼徹はすでに卒業しており、進学もしていないから何の影響も及ぼせないしな」
大吾も困り果てている。さやかはそれを聞いて、初めて何でもできると思っていた父親でも所詮弥勒学園という井戸の中で威張る蛙だったことを思い知った。
そこから一歩でも足を踏み出したら、無力だと散々あざ笑っていたトオルにさえ指一本触れられないのである。
「だ、だったらこっちも弁護士を雇って、あいつを名誉毀損で訴えて」
「それこそ奴の思う壺だ。下手をしたら子供の苛めじゃすまなくなって、この学園にまで飛び火するかもしれん」
さやかや生徒たちをけしかけて、トオルから金を巻き上げていた黒幕は彼である。自分の立場を危うくすることはできなかった。
「なら、どうすればいいのです!」
癇癪をおこすさやかを、大吾は宥める。
「こういう時は相手にせず、騒ぎが沈静化するまで一年でも二年でも無視するのだ。お前は日本の大学をあきらめて、アメリカの大学に留学しなさい。海外でほとぼりを醒ましてもどってくればいい」
「……はい」
さやかはしぶしぶ日本から逃げ出すことを了承するのだった。
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