第4話 下準備
トオルの部屋
「……これからも気をつけてくださいね」
「ありがとう」
トオルは心配してくれたメルに礼を言う。
「それより、メルのほうは大丈夫なの?元の世界に戻る魔術は開発できた?」
「勇者送還魔法を逆にして、アスティア世界との接続を図ろうとしているのですが、なかなか上手くいかなくて」
落ち込むメルを、トオルは慰める。
「ま、まあ、焦らずにすればいいよ。僕もメルがいてくれると、さびしくなくて嬉しいし」
「トオル様……」
メルは照れた顔で見つめてくるので、トオルは恥ずかしくなった。
「こ、こほん。それじゃ、俺にはやることがあるから」
メルがいる「ニューワールド」を閉じて、トオルは精神触手を出して電脳世界と自分の脳をリンクした。
「よし……ネットに入り込んだぞ。あと半年で卒業だし、金を稼がないとな」
メアからどうやってお金を取り返したのかを聞いて、トオルは「精神感応」の力を使って金を稼ぐことを思いついた。
現代、電子化されている『お金』の金額は1京円といわれている。そのうちの一部でも手に入れることができたら、世界最高のお金持ちになることも夢ではない。
そう思ったトオルは、世界中の銀行の中央サーバーに侵入して、勘定系のプログラムを改ざんしていく。
「よし。これで流通貨幣の最小単位以下の利息を、全部俺が作った架空口座に振り込むように設定できたな」
トオルがしたことは、現実世界でも行われた事があるコンピューター犯罪、いわゆる『サラミ法」を発展させたものである。
預金の利息計算時には必ず1円未満の端数が生じる。この端数は微々たるものであるが、全ての口座から端数を集めれば大金になる。認識できる被害を受けて困る者が殆どおらず、一人だけ途方もない利益を手に入れることができる完全犯罪だった。
トオルはすべて最小通貨単位以下の利息を切り下げるように勘定プログラムを変更し、いくつかの架空口座に振り込むように設定し直す。
「おっ。面白いように金がたまっていく」
全世界に数十億ある銀行口座につく、小数点以下の利息がどんどん振り込まれていく。まさに塵もつもれば山となるの言葉のとおり、あっという間に一億円に達した。
「これで奴らが少々強請ってきても、対処できるな」
トオルの顔には、いつのまにか自信が浮かんでいた。
弥勒学園
トオルが教室に入ろうとすると、何人かの男子生徒に前を塞がれた。
「どいてくれ。入れないよ」
冷静にどくように告げるが、やんちゃな男子生徒の代表、田辺武はニヤニヤしながら告げた。
「今日からお前に対して、罰金を取ることにしたから」
「罰金?なんだそれは?」
意味不明な言葉に、トオルは首をかしげた。
「お前みたいな気持ち悪い人殺しが、同じクラスにいるんだ。みんなに不快感を与えるだろ?それを我慢してやっているんだから、罰金を払えってことだよ」
あまりにも幼稚な言いがかりに、さすがのトオルも呆れてしまう。
「何でそんな金を払わないといけないんだ?言いがかりにもほどがあるだろう」
「いいががりじゃないさ。みんなも同意しているぜ」
田辺が教室内を振り返ると、女子生徒たちがウンウンと頷いていた。
「あんたみたいな気持ち悪いやつと一緒の教室で勉強しないといけないんだから、それくらいもらって当然だよね」
「そうそう。いやなら帰ればー?学校も退学になるだろうけどね」
女子生徒の代表である真田美緒は聞こえよがしに煽ってきた。
(物を奪ったり飯をたかったりすることに飽き足らず、とうとう直接金を要求してきたのか。嫌がらせにもほどがあるだろう。しかもやっている奴らはこんな言いがかりでも、自分たちが正しいことを言っていると思ってやがる)
人間は集団になると、たとえ明らかに間違った犯罪行為でも、何か理屈をこじつけて正しいことをしている気分になる生物である。
彼らは自分たちが勝手に決めたルールに従って、トオルに金を払えと要求してきた。
「……それで、いくら払えばいいんだ?」
「お前がこのまま卒業まで教室にいたいと思うなら、100万もってこい。持ってくるまで入れないからな」
田辺はトオルを突き飛ばした。
「……わかったよ。持ってくる」
教室から追い出されたトオルは、学校の近くにある銀行にいって金をおろしてくる。
「ほら……100万円だ」
「はっ。こいつバカだ!本当に持ってきやがったぜ!」
田辺をはじめとする生徒たちは、喜んで厚い封筒を受け取る。その様子をトオルはじっと見つめていた。
(せいぜい俺からかつあげして喜んでいろ。その金額が大きくなればなるほど、後で大問題になるからな。最終的には、この学園ごと乗っ取ってやる)
トオルは後から復讐することを楽しみに、じっと耐えるのだった。
それから、トオルに対する苛めはエスカレートしていく。
何をしても反撃されることなく、簡単に金を出すとわかると、他の生徒たちもどんどん調子に乗っていった。
「おい。お前今日校庭に入っただろ。罰金な」
スポーツマンでクラスの人気者の中村翔は、毎日なにかの口実をつけて金をせびり。
「あんた。私の胸を見たでしょう。セクハラとして罰金よ」
真田美緒を代表とするクラスの女子たちは、そうでっち上げて金を要求した。
トオルはおとなしく払っていたが、払えば払うほど彼らは増長し、またトオルいじめに参加する生徒たちも増えていく。
「おい。てめえ!俺の前を横切ったな。金よこせ」
しまいには、他のクラスや下級生からも金を脅し取られる始末だった。
(幾らなんでもおかしいな。あまりにも度が過ぎているもしかしてこれがメルが言っていた、学校側の企みなのか?)
そう思ったトオルは、担任の先生に相談に行く。
しかし、ろくに話も聞いてくれず、あしらわれてしまった。
「生徒たちから金を要求されているって?ふさげないで。うちの学校は名門高校です。そんなことをする生徒はいません」
「ですが……」
トオルが必死に訴えても、担任の香川愛子は冷たい目でみるだけだった。
「クラスのみんなは、君が嘘ばかりついて迷惑かけているって言っていたわよ」
「なら、これはどう説明するんです?」
トオルは恐喝されたとき、スマホで録音した音声データを聞かせると、愛子は一瞬動揺する。
しかし、すぐに何かに気づいたように鼻で笑った。
「それがどうしたの?今時そんなものいくらでも捏造できるわ。それもどうせ君の嘘なんでしょ。みんなの声を拾って編集すれば、簡単につくれるもんね」
そういうと、シッシッと手を振って追い払おうとする。
「もしそういう嘘を広めてうちの学校の名誉を傷つけたら、退学だからね。あと半年で卒業でしょ?あんたも自分の将来のことを考えることね」
これ以上は話が通じないと思って、トオルは職員室を退出した。
「やれやれ。ここでちゃんと対処してくれていれば、先生は助けてあげられたんだけどなぁ。やっぱり学園ぐるみで俺から金を搾り上げているのかなぁ」
そうつぶやきながら学校を出ようとしたら、田辺や中村たちの男子生徒に取り囲まれる。
「てめえ。先生から聞いたぜ。なんかつまらないことをちくったそうだな」
「まだ教育が足りねえみたいだな。罰金じゃ反省しねえってか。なら、体に教えてやるぜ」
トオルはクラスの男子生徒全員によって降車の裏につれていかれた。
「おらっ!」
「はは、おもしれえ!サンドバックだな」
男子生徒全員に腹を殴られ、胃液をはいて地面に転がる。
「田辺君!強い!」
「中村君、かっこいい!」
そこには女子生徒もいて、拷問されるトオルを面白そうに見物していた。
「いい加減に理解しろよ。てめえの味方はどこにもいねえんだよ」
「そうさ。なんせ生徒会長の聖清さんや理事長だって……」
「あっ!」
何か言おうとした中村の口を、女子のリーダー真田美穂があわてて塞ぐ。
「それは言っちゃいけないことでしょ」
「あっ。そうだったか、ごめんごめん」
中村は頭を掻くと、トオルの財布を取り上げる。
「とりあえず、チクッた罰金100万を明日もってこいよ。みんな、この金で飯をくいにいこうぜ」
クラスメイトたちはトオルを置いて去り、彼は一人取り残される。
「やっぱり、生徒会長や理事長が背後にいたのか。俺からかつあげした金が、奴らに渡っているという証拠をつかんで……ふふふ。
クラスメイトのクズどもにも、たっぷり復讐してやる」
トオルは一人、暗く笑うのだった。
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