第2話 王女メル

「くすん……邪悪な勇者に散々もてあそばれてしまいました。なんという変態さんなのでしょうか。女を苛めて……」

「ごめん。やりすぎた」

思わずトオルが謝ると、彼女は首をかしげた。

「勇者が謝った?あの傲慢で女好きで人に暴力をふるい、多くの人間を苦しめたあの勇者ユウジが……?」

「だから、俺はユウジじゃないって。トオルだって。ゲームキャラにまで間違えられるのかよ」

トオルがそう拗ねると、姫キャラは彼をマジマジと見つめてきた。

「あの……あなたはどなたなのでしょうか?勇者ユウジ・カンザキとのご関係は……?」

真剣な顔で聞いてくるので、トオルは仕方なく答える。

「俺は神埼徹。神埼雄二は俺の弟だよ」

「勇者の兄上?ということは別人……こ、これは失礼いたしました」

姫キャラは乱れた衣服を正し、スカートを開いて見事な礼をする。

「申し遅れました。私の名前はメル・ファーランド。ファーランド帝国の第一王女でございます」

そうにっこりと笑う顔には、確かな意思が感じられた。

「あの……君はどんなゲームのキャラなの?雄二との関係は?」

トオルがおそるおそる聞くと、メルは悲しそうな顔になった。

「ゲームとはなんのことか存じ上げませんが、私はアルティア世界の住人でございます。そして勇者ユウジとは……」

メルの顔が憎悪に歪む。

「我が帝国を滅ぼし、お父様を殺した仇でございます」

こうして、彼女は今までのことを話し始めた。


「そもそもの発端は、魔王が現れて世界を征服しようとしたことでした」

「……もしかして、それを倒すために勇者として雄二を召喚したとか?」

トオルがテンプレそのままを聞くと、彼女は悲しそうに頷いた。

「なるほど……ちくしょう。あの時俺が召喚されていればなぁ」

悔しがるトオルに、メルは涙を流す。

「……ええ。その時の選択がすべての過ちでした。勇者ユウジ・カンザキは確かに『学習魔法』というその身に受けた魔法や技術をすべて学び取れるという勇者の力で強くなり、魔王を倒してくれました。ですが……」

「待って……もしかして、手に入れた力で思い上がって、女をあちこちで奪ってハーレムを作ったとか、魔王を倒した報酬に世界を支配させろとか言ったの?」

「……はい」

悲しげに頷くメルに、トオルは頭を抱えた。

「あの馬鹿……何やっているんだよ」

「もちろん。皇帝である私の父も宥めようとしました。領地・貴族位・金銭など、それこそ国が傾いてしまうほどに。断腸の思いで国中から美女を集め、彼のハーレムに送り込みました。しかし」

「それにも飽き足らず、もっとやばい事を始めたとか」

「はい……」

メルは俯いたまま、黙ってしまった。

「それ以上って……まさか、楽しみのために人を殺したとか」

「何人も、何十人も、何百人も。たまりかねた私たちは、勇者ユウジを元の世界に送り返そうとしました。それは一度は成功したように思えたのですが……」

そのことを予期していたユウジは、ひそかに勇者送還魔法をキャンセルする方法を編み出していた。

それは元の世界とのつながり-たとえば両親などを殺して、自らを縛りつける縁の絆を断つこと。

「勇者送喚魔法を受けたユウジは、一瞬だけ消えたあと、再びアルティアに現れました。残酷な笑みを浮かべて」

「そんな!もしかして、……放火したのは雄二なのか……」

両親の死の真実を知り、ショックを受けるトオル。

「父は私を逃がすため、勇者に抵抗して殺され……ファーランド帝国は彼に支配されてしまいました。そして私は忠実な家臣とともに、彼に抵抗を続けていたのですが……」

つい先日、とうとう根拠地としていた砦が落とされ、メルはつかまってしまったという。

「最後に覚えているのは……私を冷たく笑う勇者の顔です。彼は民衆の前で私を散々罵った後、私から学び取った勇者送還魔法をかけてきました。見知らぬ異世界で、飢え死にすればいいと。私は必死に抵抗したのですが……気がついたらここにいたという訳です」

画面の中のメルはしくしくと泣き出した。

「なんていうか……本当にごめん。俺の弟が迷惑かけて」

「いいえ。あなたには何の罪もないのですから」

メルは気丈にも涙をこらえ、トオルに近づいてくる。しかし、どれだけ近づいてきても、パソコンの中から出ることはなかった。

「あれ?なんででしょう。あなたに触れません」

画面の向こうのメルは、何かに触れるような仕草を繰り返すが、その手は空振りを繰り返した。

「そういえば、ここはどこなのでしょうか?あなたがいるお部屋は見えますが、それ以外は白い空間に囲まれていて、何もありませんが……」

ノアの顔がどんどん不安そうになってくる。

トオルはため息をついて、メルのいる場所を告げた。

「君はパソコンの中の電脳世界にいるんだよ。だから、こっちにこれないし、俺もそっちには行けない」

「……え?」

メルの頭にハテナマークが浮かんだ。


「なるほど……私が魔法に抵抗したせいで、失敗して精神だけがこちらの世界に送られてしまったということですね。実体がないせいで、この「パソコン」という器具にとりついてしまったと。私はこれからどうすればいいのでしょうか?」

メルはしょんぼりとしている。

「ま、まあ。元気だして。そうだ。何もないところに一人じゃさびしいだろ」

トオルはそういうと、あるDVDを取り出す。

「それは?」

「俺の父さんはゲームマニアでさ。俺にもいろいろ教えてくれて、二人で協力して作っていたげゲームがあるんだ」

DVDを入れて、データをインストールしていく。

突然、メルの周りに緑豊かな平原が広がった。近くには色とりどりの果物が成っている果樹園もある。

「こ、これは?」

「俺たちが作ったゲーム世界。『ニューワールド』というんだ。本当はこれにモンスターとかNPCとか入れようと思っていたんだけど、なかなか思いつかなくてさ」

トオルが説明している間にも、メルは平原を走りまわってはしゃいでいる。

「すごく綺麗な世界です。トオル様のお父様は、神さまだったのですか?」

「い、いや、神でもなんでもないよ。俺だってこれくらいはできるし」

トオルはパソコンを操作して、自分が作ったデータを呼び出す。

いきなり平原に巨大な城や町が現れた。

「すごいすごい!」

メルは喜びながら城に入っていく。

「とりあえず、そこで生活しててよ。これからどうするかは、ゆっくり考えればいいさ」

「……でも……そちらに行けないのでは、私は役立たずですし」

メルが情けない顔をするのて、トオルはあわててフォローした。

「俺にはもう両親はいないし、弟とも一生会わないほうが良いみたいだから、孤独なんだ。だから話し相手になってほしい」

「……はい。よろしくお願いします!」

メルはにっこりと笑って、頭を下げた。


こうして始まったトオルとメルの同居生活だったが、日がたつにつれて二人はどんどん仲良くなっていった。

「それじゃ、行ってくるよ」

「はい。お勉強がんばってください」

メルはパソコンの中から手を振って、トオルを見送る。

その後、インターネットを通じて現代社会のことをどんどん吸収していった。

「この世界には魔法がない代わりに、技術が発展しているのですね。魔王の脅威がないから、人間たちは争いながらも数を増やし、高度な文明を築いています。そしていまや、電脳世界という新しい世界を構築しかけているわけですか」

メルは電子の海を駆け巡り、情報を集めていく。知れば知るほど現実世界について興味がわいてきた。

「でも……電脳世界に私は一人なんですよね」

あちこちの研究所で「人工頭脳」の研究はされていることを知ったが、メルのように明確な意思や感情を持つ存在はいなかった。

ネット上には無限の情報があるので退屈はしないが、コミニュケーションの相手がいなくてさびしくなる。

「でも……下手に人前に姿を現すわけにはいかないですし」

現代社会のことに詳しくなったメルは、自分自身が研究対象として貴重な存在になることを理解している。なので、決してトオル以外の人間の前には現れないようにしていた。

「ただいま」

「お帰りなさい。トオルさん」

そしてトオルが戻ってきたら、ずっとおしゃべりをしてすごす。

トオルはメルが退屈しないようにと、彼女が住む電脳世界に新しいプログラムを入れて充実させていった。

町にさまざまな施設を作り、彼女を楽しませようしている。

「映画館を作ったよ。一緒にみよう」

「楽しみです」

映画やドラマを見たり、一緒に音楽やゲームを楽しんだり。

指一本触れ合うことができない彼らだったが、お互いを大切な存在としてどんどん認めあうようになっていった。


「それじゃ、僕は寝るよ。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

電気を消して、トオルはベットに入る。

そうなるとまた一人に戻り、メルはさびしい思いをした。

「トオル様は本当にお優しいお方です……。私の話に付き合ってくれたり、私のために色々なものを用意してくれたり。私たちが召喚したかった真の勇者とは、彼のことだったのでは?」

そう思うと運命の悪戯に悲しくなる。勇者召喚の時、同じ反応が二つあることは確認できていたのだが、よりによって邪悪な弟という最悪の外れを引いてしまったのである。

もし雄二と全く同じ勇者の資質をもち、なおかつ心優しい彼が召喚されていたら、メルはためらうことなく婚約を受け入れていただろう。

「いや。召喚していたらトオル様に迷惑をかけることになっていました。この豊かな世界にいる方が良かったのかも。しかし……」

メルは疑問に思う。この危険のない日本にいながら、トオルは時々怪我をして帰ってくるのである。

本人は「転んだんだ」とごまかしていたが、過酷な世界に生きていたメルにはすぐにわかった。

「あれは……殴られた跡。この世界にも、トオル様の敵がいるのでしょうか?」

そう思うと護ってあげたくなるが、画面から出られない彼女は無力である。

「いや。もしかして、あの魔法が使えるかも……」

メルは眠るトオルに向けて、画面越しに精神系の魔法を掛けてみることにした。

「『精神感応(テレバス)』」

パソコンの中から精神触手を伸ばし、トオルの頭と接続する。

「これでトオル様の敵についてわかる……え?これは!」

トオルの頭脳から伝わってくる情報に、メルは絶句してしまった。


「おう人殺し。ちょっと付き合えよ。友達だろ」

自称友達の男子生徒に校庭の裏につれていかれて、何の落ち度もないのに一方的にいたぶられる記憶。

「本当にきもいよねー。なんでうちにあんなのいるんだろう」

聞こえよがしにトオルを嘲り、笑い者にする女子生徒。

「あなたがこの学園に在籍できているのは、お父様の慈悲によるものですわよ。人間だったらお返しが必要ですよね」

トオルの金を狙って責め立ててくる、表面上だけは取り繕っている学園内での上位者。

魔族という敵に対し、下は平民から上は国王まで一丸になって協力しあっていたアルティア世界にいたメルは、つまらない理由で同族を痛めつける彼らの存在が化け物のように感じられた。

「勇者ユウジだけが特別悪い人間だと思っていましたが……そうではなかったのですね。魔族という天敵がいない世界では、人間は人間同士で優劣をつけ、弱い者を面白いからという理由で痛めつけるようになるのですか……」

人間の業を見て、メルは悲しむと同時に強烈な義憤を感じる。

「トオル様。あなたは私が護ります。たとえ現実世界に指一本触れられない私でも、きっとできることはあるはずです」

メルはそう誓いを立て、すやすやと眠るトオルを見つめるのだった。



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