9話 5thオーダー
今日もまた、気の沈んだお客様がこの店に来る。今日は疲れて笑顔を保つしかできなくなっているサラリーマンだ。50代くらいだろうか。白髪混じりで顔のシワも深い。
「ブレンドのサイフォン、お願いします。」
「かしこまりました。」
今すぐにでも寝そうな彼のことを気にかけながら、ミルを回す。カリカリと心地よいリズムを立て、もう一度見たときには彼は目を瞑っていた。
私はそのままコーヒーを淹れて待つことにした。テーブルに置いたときも、洗い物をしているときも、起きる気配がない。私はプライベートルームからブランケットを持ってきて、彼にかけた。
外が暗くなり始めた頃、彼は目を覚ました。
「寝てましたか。」
残念そうな顔をしているが、あんなに心地よさそうな顔を浮かべて寝ていたから、かける言葉が見つからない。
「マスター、死ぬ時はどう死にたいですか?」
「まずは自殺は嫌ですね。怖いし痛いし。あとは病死ですか。あれは苦しくなければいいです。じゃあ老衰か突然死かどっちかがいいですね。」
「私は、今すぐにでも死にたいです。」
部屋が外の蝉の声に包まれる。突き刺すような夏の日差しが少し暗い店内を照らす。
「自殺でもなんでもいいです。ただすぐに死ねるなら。」
「たとえば、あなたの大切な人が突然死んだら、あなたは何を思いますか?」
「何も思わないと思います。」
「だから自分が死んでも誰も何も思わないと。」
「…はい。」
「少なくとも、私は悲しいですよ。あなたに関わった1人の人間として。」
「冗談やめてくださいよ。」
「冗談じゃないですよ。昔仲のいい友達がいたんです。その子は常に明るくて、何かにつけて笑ってました。私はたまに彼女の相談を受けてました。友達関係の。そのときも常に笑いながら話していたもんでしたから気づけなかったんです。彼女が置かれている状況に。
彼女はいじめを受けていました。男子とよく話していたから、調子乗ってるって。靴を隠されることもありました。陰口は勿論のこと、机に落書きされることもありました。
そして彼女は1年後自殺しました。
私は久しぶりに泣きました。頼りにしてくれていたのに、気づけなかったことに。何もできなかったことに。
つまりね、誰かはあなたのことを心配してくれています。口に出さないだけでね。あとわかっていなかったり。
だから、生きてください。その人たちのためにも。」
彼は泣いていた。そして泣き疲れてまた眠った。
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