7話 4thオーダー

 今日もまた、気の沈んだお客様がこの店に来る。今日は、いかにもモテそうなイケメン男子高校生。単純に惚気話を聞くことにもなるかもしれないが、たまにはいいかもしれない。


「すみません、ブレンドのドリップ、淹れ方はマスターのおすすめで。」

「ではドリップで淹れますね。少々お待ちください。」


私は厨房に戻り、ミルを回す。そのとき、少年のことを見ると、興味深そうにこちらを見ている。


「今時、珍しいですね。機械じゃないのは。」

「そうですか。これが好きなんですよ。挽いている間に漂う香りが。」

「分かります。僕が最近行った喫茶店は全部機械になっていて、注文される度に大きな音を立てて、居心地が少し悪いというか。」

「たしかに、誰かと話している最中だったらムカつきますよね。」

「だから、手挽きの方が安心できます。」


彼はまだ私のことを見ている。少しは緊張してしまうが、そのままコーヒーを淹れる。丁寧に『の』の字を書きながら、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。予めセットしておいたタイマーが鳴ると同時に、全ての湯を入れ終わった。最後まで抽出した、漆黒の液は、素晴らしい香りをたてている。白いカップに移すと、それがより主張されている。水面に映る自分の顔を見ながら、テーブルに運ぶ。


「お待たせしました。ブレンドのドリップです。」

「ありがとうございます。」


彼は香りを嗅ぎ、大きく息をついてから、一口啜る。軽く口の中に含んでから飲み込んだ。


「やっぱり手挽きに限りますわ。」

「ありがとうございます。」

「それで、話聞いて貰えるんですよね。」

「はい。」

「じゃあ、お願いします。」


彼はコーヒーカップをテーブルに置き、大きく息を吸ってから口を開いた。


「自慢になるんですが、僕って嫌になるほどモテるんですよ。今が6月ですか?今学期で8回告られました。まぁ全員フリましたけど。」

「本当に自慢みたいですね。」

「いや、自慢ですよ。それで、僕、好きな人がいるんですよ。保育園の頃から一緒の幼馴染で、彼女は僕のことなんとも思ってないかもしれないですけど、僕はずっと好きで。自覚してからは5年ほどになるんですが、ずっとダラダラと一緒に遊んでいるだけで。僕は彼女の大切なものになりたいんですけどね。全然伝わってない感じで。」

「素敵な恋愛じゃないですか。頑張ってください。」

「この夏かなって思ってるんですよ。でも、勇気が出なくて…。」


私は笑いそうになるのを必死にこらえる。なぜならよくある属性パターンだからだ。イケメンの奥手属性。物語の主人公か裏主人公によくある設定。まさか、現実に存在したなんて。


「私の作り話でもいいですか?」

「実体験じゃないんですね。」

「はい、生憎。」

「よろしくお願いします。」

「私には好きな人がいる。それは、所謂スクールカースト上位の超人気な幼馴染。学校ではピシッとしているけど、実はちょっとズボラだったり。それを知っているのは私だけで十分だけど。


 彼も私のことを少なからず思っているんだと思う。5年前ぐらいからかな、少しずつ彼の態度が変わってきた。どんどん笑顔も優しくなってきて、それに毎回キュンキュンする度、『こいつのこと好きなんだな』って思う。


 高校に入ってから、彼はどんどん遠いところにいるような気がしてきた。常に女子に話しかけられていて、そして、笑顔で話している。ちょっと前まで私だけが知っていた顔をそんなに振りまかれると、少し悲しい。


 彼が何回も告られているのを知っている。学校のマドンナとか、超ハイスペックな先輩とか。それで、噂が立たない状況だから、誰とも付き合っていないんだろう。そう信じたい。


 最近、あまり話していないから分からなくなってしまった。私のこと好きなのかな?私から言ってフラれるとたぶん立ち直れない。それは彼もわかっていると思う。だからって、そういう感じで付き合いたくない。


 だから私は彼を待ち続けるだけ。」


話が終わると、彼はお代だけ置いて、店を飛び出して行った。


「頑張れ!」


私は彼の背中に小さくエールを送る。




 彼がまた、この店に来るのは、また別の話。

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