6話 誰も来ない日

 今日もまた、気の沈んだお客様がこの店に来る。と言いたいところだが、外は生憎の雨。いつもの看板を出していないため、ここに店があるとは気づかず、誰も来ない。おかげで自分の短編小説を書くのが捗る。コーヒーを淹れ、厨房にある小さな机に向かう。少し大きめのメモを置き、シャーペンを手に取って書き始めた。


 今日書こうとしているのはある男子高校生の日常だ。


『俺の名前は春日未来かすがみらい。地元の進学校、雪見学園に通っている。勉強も部活も楽しんでできて、順風満帆な生活を送っているのだが1つだけ問題がある。


 この学校が男子校ということだ。


 柵を超えたすぐ横には月見女学院という花園があるのだが、校則で関わることが禁止されている。が、そんなの俺には関係ない。


 月見女学院には俺の幼馴染である、秋山心あきやまこころが通っている。お互いのクラスはよく見え、また、俺たちの席は窓側のため、授業中手を振りあったりしている。どっちかが船を漕いでいたら、連絡して起こす。そんな関係だ。


 ある日、向かいの窓を見ると、誰もいなかった。まぁそんな日もあるかと思い、授業を受ける。1時間目のコミュ英は、なんとか耐え抜いた。でも、2時間目の公共が始まる。ウトウトしながら話を聞いていた。


 気づけば寝ていた。時計を見るに5分ぐらいだろうか。頭が異常なほどスッキリしている。窓の外を見れば、向こう側にも生徒がいた。目が合って、手を振ると、振り返してくる。これが俺の日常だ。』


1つ書くのにだいたい30分。まぁこんなもんかとコーヒーを啜って香りを楽しむ。


 店内には誰もいない。ただスピーカーからジャズが流れているだけ。私は目を閉じた。


 カランカランという軽い音で目を覚ます。


「マスターいるかな?」


そこにはいつか来たOLさんがいた。


「お久しぶりです。」

「ども。」


軽い挨拶を交わす。彼女は席に着くなり持ってきた小説を読み始めた。残り20ページほどになったときに呼び出される。


「今日はカフェ・オレ。とびっきり甘くしてください。」

「少々お待ちください。」


疲れているのだろうか、前回とは違うチョイスだ。それでも私はただ甘く、甘く、甘くして、テーブルに持って行く。丁度読み終えたところだった。


「ありがとうございます。マスター、あのあと何作ぐらい書きました?」

「4ですね。」

「読ませてください。」

「どうぞ。」


そう言ってメモを手渡す。彼女は終始、にこやかにそれを読むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る