3話 2ndオーダー

 今日もまた、気の沈んだお客様がこの店に来る。今日は近場の高校の制服に身を包んだ女子高生だ。


「すみません。オーダーいいですか?」

「少々お待ちください。」


私はメモを手に取って、厨房を出る。お客様に近づくと香水の匂いがキツくなってきた。


「ご注文は?」

「ブレンドのサイフォンで、ミルクとかはつけなくていいですよ。ブラックで飲むんで。」

「かしこまりました。」


厨房に戻り、ミルで豆を挽く。いつも通り機械は使わずに。


「マスター、手挽き派なんですね。私の行く店は機械ばっかりでもううんざりです。ミルで挽くとこの香りがいいですよね。あと音と。なんだか落ち着きます。」

「ありがとうございます。それにしてもよくご存知で。近くに教えてくれる人がいるのですか?」

「独学です。」

「それはすごい。」

「ありがとうございます。」


このお客様は会話が好きな人だな。そう思いながら、フラスコに水を注ぎ、アルコールランプに火をつける。ロートはゴムになっている部分をフラスコの縁に引っ掛けて置き、中に挽いた豆を入れる。沸騰したらロートをフラスコに刺し、上がってきた熱湯を攪拌しながら1分間。火を止めて、まだ残っているコーヒーを攪拌して、落ち始めたら待つ。出来上がったコーヒーは白いカップに入れ、皿に乗せて、テーブルに持っていった。


「お待たせしました。ブレンドのサイフォンになります。」

「ども。」


彼女は1口飲むと、ふわぁと大きく息を吐いた。


「美味しいです。」

「ありがとうございます。」

「何か甘いものが欲しいですね。ありますか。」

「あいにく…。」

「そうですか。私、今、ポッチー持ってきてるんですよ。開けていいですか?」

「どうぞ。」


彼女は鞄の中を漁ると、赤い箱を取り出し、袋を開けた。


「オーナーさんも食べていいですよ。」

「いいんですか?」

「当たり前じゃないですか。何か話しましょうよ。」

「それじゃあ。」


私は向かいの席に座って、ポッチーをつまむ。チョコとクッキーのバランスが絶妙で、やはり美味しい。


「あっ、そうだ。話聞いてくださいよ。私、今日好きな人に告ったんですよ。なんですけど、あっさりフラれちゃいました。」


彼女は笑ってそう言う。目の奥はどこか悲しそうなのに。


「もう少し自分に素直になってはどうですか?」

「えっ?」

「悲しいのがバレバレですよ。」

「あはは、そうですか。そう見えますか。上手くできてると思ってたんですけどね。」

「年寄りの目は誤魔化せませんよ。」


彼女はもう一度愛想笑いをする。


「そうですよ。悲しいです。でも私には泣き顔なんて似合わないっていうか。何か面白い話してくださいよ。この気持ちも晴れるような。」

「そうですね。私の作り話でもいいですか?」

「いいですよ。」


私は座り直す。ポッチーをもう1本食べて口を開いた。


「私の得意なことは表情を見せないこと。正確には表情を変えているのに誰にもわかって貰えないからなんだけど。


 昔はとてもよく笑って、泣いて、そして笑ってと表情豊かな子供だった。


 それも昔の話。中学校に上がったぐらいからだろうか。私は当時モテていた。自分で言うのもなんだが。それを快く思わない女子からいじめを受けていた。靴を隠されること100回近く。休み時間が終われば、筆箱の中のシャーペンはバキバキに折られている。その他にも落書きや面と向かっての罵倒など。ついに私は表情を失ってしまった。


 高校は県外の学校へ進学。昔の私のことを知る人はいなくなった。当時私は好きな人がいた。同じクラスの仁川くん。隣の席で、少しおっちょこちょいで、よく笑う。私はその笑顔が好きだった。


 文化祭のあと告白した。もちろん昔の顔に寄せたつもりだった。でも返ってきた反応は全くの別物だった。


『なんでそんなに悲しそうなんだ?』


聞いたとき頭が真っ白になった。ようやく内容を理解したときには涙を堪えるので必死だった。そして私は逃げ出してしまった。彼の呼び止める声も聞かずに。


 それ以来、話すことは少なくなっていった。今でも思う。なんであの時、表情を失ってしまったのだろうと。」


話し終わった時には彼女は涙を必死にこらえていた。そして笑って言う。


「目一杯泣いてきます。」


彼女はコーヒー代をテーブルに置いて、家に帰って行った。

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