2話 1stオーダー
今日もまた、気の沈んだお客様がこの店に来る。今日は大学生ぐらいだろうか。席に座り、ため息を1つついている。
「マスター、オススメは何ですか?」
よく訊かれる質問だ。この店にはメニューが少ない。また、淹れ方を自分でチョイスするので、初めて来る人には分からないことも多いのだ。
「ブレンドのフレンチプレスがオススメですが、オーソドックスなのはサイフォンですかね。」
「では、そのフレンチプレスで。」
「承りました。」
厨房に戻り、ミルで豆を挽く。私の流儀だが、ここでは機械に頼らない。全て自分の力でカリカリとハンドルを回し続ける。そして、コーヒーを抽出していく。少し待ち時間があるので、新作の短編小説を考える。ある程度道筋がたったところで、丁度いい濃さのコーヒーが出来上がった。白いコーヒーカップに入れ、皿の上に乗せて、テーブルまで運ぶ。
「お待たせしました。ブレンドのフレンチプレスになります。」
そう言ってテーブルに置き、私は厨房に戻る。
厨房からは全てが見える。お客様がカップを手に取る仕草も、フーフーと冷ましているのも。このお客様はブラックのまま、飲み続けるようだ。
「味はどうでしょうか?」
「美味しいです。」
店内が沈黙に包まれる。
「私の作り話でもいいですか?」
「急にどうしたんですか?」
「つかぬ事をお伺いしますが、お客様、採用面接に落ちて、落ち込んでいますよね。」
お客様は大きく目を見開いて驚いている。
「まあそうですけど、なぜ?」
「長年の観察力です。」
私がふふっと笑うと、お客様にも笑みがこぼれた。
「いいですね。あなたの話聞かせてください。」
「分かりました。」
私は、対面になれるように座り、ふぅと息をつく。
「私には好きな人がいて、その子は幼馴染でした。常に一緒に遊んでいて、常に一緒に帰っていて、私には夢のような生活でした。
高校生になって、周りが彼氏とか彼女とか作り始めても、私たちは幼馴染のままでした。向こうに気がないのはわかっています。ただこの瞬間を大事にしていたくて。
もしかしたら高望みし過ぎていたのかもしれません。もしかしたら、私のことが好きだって。
ある日、その子は私の親友から告白されました。その子の答えはNOでした。何故かと問いかけられたとき、こう答えたそうです。
『他に好きな人がいる。ずっとそばに居てくれて、ずっと寄り添ってくれる人。一緒に居て居心地がいいし、沈黙さえも心地よく感じてしまう。それほどに彼のことが好き。』と。
私はその話は知りませんでした。そういう理由でフッていたなんて。
親友は告白してフラれたという話は私にはしていました。だから私はいつフラれていたのかも知っていました。
翌日、私はその幼馴染に呼び止められました。『後で校舎裏に来て』とのこと。横には親友がいました。正直腹立たしい気持ちになりました。横に昨日フッた男がいるのに、呼び出しするなんて。
そのあと私は告られました。
もちろんフリました。
おかげで36歳の今も独身です。」
話がひと通り終わると、お客様は涙を流していた。
「その話どこまで本当ですか?」
「いいえ、今作ったところです。」
お客様はコーヒーを1口飲み、口を開いた。
「私、採用面接受けてきて、あまりにもボロボロだったので、多分落ちたんだと思います。でも、それよりも…、私、高校時代からの彼女と別れたんですよ。つい3日前に。だから余計に染みたといいますか、なんかすみません。」
緊張の糸がほぐれたのか、彼は大粒の涙をうかべ、そのまま机に伏してしまった。微妙に肩が上下に揺れている。
私はコーヒーカップに角砂糖を1つ入れ、厨房に戻って行った。
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