第3話 成功体験で自信をつけたい

『もしもし、どうして出てくれないの。あなたと電話がしたいのに。ねぇ、私の電話に出てよ』

そんな彼氏に電話をかけるように話す国光無二の芝居は寂しさを引き出す演技だった。

国光無二は『待ち焦がれた恋人へ』というドラマに特別出演した。

役柄は恋人に依存した友人Aの役だった。

ワンシーンを撮るのにかかった時間は20分くらいだった。

国光無二は芸能界で生き残るために色んな自分に合う仕事をしているが、爪痕を残していても自信には繋がらなかった。

高校卒業後に公務員を目指していた。

1次試験は合格したが、2次試験の面接で落ちた。極度の自信のなさと口下手で自分で言う練習はしたが、結局落ちてしまった。

それに、一度落ちたことでもう受けるのがしんどくなってしまった。

成功体験を持ち合わせていない無二にとって、面接は緊張のかたまりだった。

ただ成功体験を作り出すには、自分から戦わなければいけない。

怖いが崖を登るように、一歩ずつ着実に自分のものにしていく必要があった。

無二の成功体験は未だにない。

芸能界に入り、ドラマに出たことも主題歌を担当したこともTikTokで自分の歌が流行ったことも全ては自分が切り開いた事では無く、事務所のおかげだからだ。

だから、まだ私には本当に成功した場面が訪れてはいない。

無二は昔、高校生の頃にMOSのExcelとWordを友達と勉強して試験に臨んだ。

結果は見事に無二だけ落ちた。

ただの勉強不足とは分かっているが、悲しさは消えないものである。

無二はそれ以来、全てを悲観的に捉えるようになった。

何もかもが自分のせいであると考え始めた。

落ちたのは自分に原因がある。

思い込みは何もかもを破壊していくようになった。

無二にとって、落ちるということは不幸になるということと同じ意味を持っていた。

運がない、落ちる、落ちた...全て嫌いな言葉である。

今までトントン拍子に国光無二の存在が人気になっていることもただ運が良いだけ、そう私は思ってる。

本当の国光無二は明るくて突拍子もないことを言う、そして笑顔が特徴だった。

でも、認知の歪みがある時点で気がついているかもしれないが、実際の国光無二は暗さもある。

それがギャップを生むのかもしれないが、その暗さはギャップがあるとは言えないかもしれない。

精神科で診断されたのは双極性障害だった。

今は薬のおかげで明るさを保ってもいられるし、死ぬことを考えないでいられる。

歌手になってから、生き方も変えられた気がする。

フラットで普通にいられるそんな日が私には必要なのだけど、求められるのは奇抜さや飛び抜けたダンス能力なのかもしれない。

でも、『ダンスレディな彼女の日常』で本来の私を見ていてほしいとも思っている。

最近、自分がどんな人物か分からなくなってきた。


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