第2話 彼女は異常?

 宮水の家まで電車で向かうことにする。同じ区内にあるので大した時間は用しない。


「初めて先輩に会く時は、こんな優しい人だとは思いませんでしたよ」

「和戸めっちゃビビってたもんな」

「いきなり知らない人たちが訪ねてきて、僕のほうが怖かったよ」

 

 三人は電車の中で思い出話に興じている。


 一年前、有名な不良であった宮水がバイク事故で頭を打って入院したという噂を聞いた明智は、事件の香りを嗅ぎつけ、和戸を連れて病院を訪れた。しかし、喧嘩に明け暮れているという前評判とは裏腹に、宮水はかなりの優男であった。


 そして、調査を名目に入院生活を送る宮水を度々訪れて、徐々に仲を深めていったのだ。


「明智君と和戸君もあのときに比べて仲良くなったよね」


 宮水を訪れた日、二人もほぼ初対面であった。和戸尊(ワドタケル)という名前が、漢字ではワトソンと読めることでテンションのあがった明智が無理やり和戸を引きずっていったのである。


「コイツ、入学早々、自分が明智小五郎の生まれ変わりだって言ってるヤバい奴だったんですよ。小説の人物の生まれ変わりってありえないでしょ」

「ああん?」

「まあ、天才の僕からしたら、君みたいな狂人はいい暇つぶし相手だけどね」


 三人は電車を降りて家に向かう。道中、犬の散歩をしているを老婆を見かけた。


「さっきの犬可愛かったね」

「元ヤンの癖に可愛いもの大好きかよ、先輩」

「今のロボットですよ。歩き方が不自然でした。どんなに外側を似せても違和感は出る。あれは本物の犬と同じスピードでは走れませんね。でもあそこまで本物と遜色のない商品となるとスマートリアリティ社の商品でしょう」

「お前は見た目通り、オタクだな… つうかロボットを散歩する必要あんのかよ」


 宮水の家に到着した。明智の予想していた学生アパートではなく、立派なマンションである。


「大学生の癖に良い家住んでんじゃねーか」

「彼女の実家が太いらしくて、家賃の九割を払ってくれていたからね。来月までに引っ越ししなきゃ」

「へー。そういえば彼女の名前は」

「瀧川春香だよ」


 部屋には多数のものがあり雑多な印象を受けた。


「彼女さんは自分の物持っていかなかったのか?」

「ああ、いきなりの家出だったからね。でも、処分費用として10万円置いてあったよ」

「金持ちすぎだろ… まあ、手がかりが沢山ありそうで良いや」


 明智は彼女の持ち物を調査することにする。和戸の関心に引っかかるものは無いようで、彼はボーッと部屋を眺めている。


「これはなんだ?」

「レコードって言うらしい。音楽を再生できる昔の機械さ。この2035年ではなかなか手に入らないらしいよ。ちなみに春香が持ち込んだんだ。」

「彼女さん、レトロ趣味なのか」


 和戸の目に大きな本棚がとまった。多種多様なジャンルの本がおいてある。


「先輩! この本棚は先輩のですか?」

「これも春香が持ち込んだものだよ。今どき、紙の本を読む変人なんてアイツくらいさ」

「でも、凄い博識ですよ、先輩の彼女。このロボット工学の本なんて、上級者向けどころじゃない」


「今更だけどよ。痴話喧嘩で家出したのか? 理由が分からなきゃなぁ」

「それが、喧嘩した覚えはないんだよ。ああ、でも手紙が残してあったよ」

「手紙って… また古風な」


 明智はその手紙を受け取って声に出して読む。


「あなたとはこれ以上一緒にいられません。幸せになりすぎてしまって、不安になってくるのです。というのも、私は普通の女子ではないからです。重い罪という言葉では形容できなほどの罪を背負っているのです。私は必ず地獄に堕ちるだろうけど、あなたに秘密がバレてしまうことの方が恐ろしく感じる。そして、なぜか私の罪に気づいているかのような素振りをするあなたが更に恐ろしい」

 

「なんだ、中二病か?」

「お前が言うな!」


 ブーメラン発言をした明智に思わず、和戸はツッコミをいれた。


「でも先輩、その罪って何なんだ?」

「それが僕もよく分からないんだ」

「じゃあ、先輩が気づいてるってのは勘違いか」


 それはどうだろうね、という宮水の小さな呟きは二人の耳に届かなかった。


 明智たちが部屋で手がかりを漁りまくっていると、宮水が寝室から箱のような物をとって戻ってきた。


「そういえば、春香がいなくなった日に枕元においてあったんだ。最後のプレゼントかな」

「なんだよ、自慢か?」

「いや、指紋認証で開く箱みたいだけど、僕の指じゃ開かないんだ。探偵とロボット博士なら開けられるかもでしょ」

「明智じゃ無理ですよ。僕が開けます」

「ふざけんな! 俺が開ける!」


 明智が箱を奪い取り、グルリと回して観察する。そして、試しに自分の指紋をリーダーに当ててみた。


 なぜか箱が開き、中から一匹の蜘蛛が這い出てくる。蜘蛛はレンズのような目で、明智と和戸を見比べているような仕草をする。そして、飛び上がったかと思ったら、小さな体を活かして、明智の服の中に入り込んだ。


「きもちわりぃ。なんとかしてくれ」


 図太い神経の明智はそこまでの焦りを見せなかったが、蜘蛛の出てきた箱の中身を覗いた和戸は危険に気づいた。充電コードが付いているだけではなく、かすかに火薬の香りがしたからだ。


「明智、その蜘蛛はヤバい! 今すぐ遠くに投げろ」


 和戸の真剣な表情を見て、明智も事の重大さに気づいた。制服を脱ぎ捨てて、持ち前の敏捷さで蜘蛛を掴む。そして、誰もいない方向に思いっきり投げ飛ばした。


 ものの数秒後に小爆発が起こった。あの小さな蜘蛛が起こすことのできる最大規模の爆発だろう。もし巻き込まれていたら、軽傷では済まなかったはずだ。


「うひょー、蜘蛛が爆発した」


「違う。あれはロボットだ。あそこまで本物のような動きを出来るものは見たことがなかったから、ぼくも気づくのが遅れたけど」


「ていうか、なんで俺の指紋で開いたんだ?」


「先輩の指紋以外で開くようになっていたんだと思う。あの蜘蛛は箱を開けた人間に攻撃するようプログラムされていた。先輩に近づいた人を排除するための仕掛けだったのかもしれない。すぐに爆発しなかったってことは顔のデータをとってどこかに送信していた可能性もある」


「てことはよー。家出したくせに束縛したかったってことだよな。爆発とかメンヘラすぎだろ」


「冷静だね、2人とも。でも、危険なら…」


「先輩! この事件退屈なんかじゃなかったぜ。面白くなってきやがった」


「僕もあのロボットの技術が気になってしょうがないです。絶対に春香さんを見つけましょう!」


 この時二人は、どこかにいってしまった蜘蛛のバラバラ死骸に、まるで血液のような赤い液体が付着していたことを知る由もなかった。

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