16話 冒険者と軍人
女性の側頭部には羊のような角がある。
あれが作り物でない限り、彼女は有角族で確定だ。
となると、かなり戦闘能力が高いことが予想される。
得物は十中八九その腰の剣。
何やらピリついた雰囲気だが、もし戦うことになったら手強い相手になるだろう。
ライルは警戒心と共に女性を観察しつつ、フゲンに耳打ちをする。
「なあ、あの人どうしたんだ? 軍の人……だよな?」
まさか遺跡に不法侵入したのがバレたのか、とライルは疑念を持ったが、それは有り得ないとすぐに否定する。
警備員たちは黙っていると言ってくれたし、たったの一晩で軍の人間が駆けつけてくるとは考えにくい。
何か別の理由があるはずだ。
「フゲン? どうし――」
「ちょっと黙ってろ」
ぐいと手のひらを押し付け、フゲンはライルの口を塞ぐ。
そのまま彼共々静かに椅子から立ち上がり、険しい顔で女性を注視した。
「今……」
女性が再び口を開く。
「冒険者と、言いましたね?」
笑顔、しかし相手を射殺さんばかりの眼光。
周りの席にいた客たちは剣呑な空気を察知してか、端の方へと避難する。
見ればつい先ほどまで話をしていた青年も、いつの間にか姿を消していた。
「聞き間違いじゃないか? オレたちは無害で善良な、ただの旅人だ」
フゲンはそれと悟られないよう、できるだけ堂々と偽る。
だが軍服の女性は少しも敵意を緩めないばかりか、するりと自然な動作で剣の柄に手をかけた。
「あなたはフゲンですね。乱暴者のフゲン。各地で乱闘騒ぎを起こす要注意人物。先日もウィクリアの町にて憲兵数名に暴行を加え、昏倒させた」
女性は淡々と事実を並べる。
まるでフゲンがめちゃくちゃ悪い奴みたいな言い方だが、悲しいことに何一つ間違ってはいない。
「残念です。この期に及んで言い逃れをしようなどと」
柔らかに浮かんだ笑みと、穏やかな口調が却って不気味だ。
じり、とフゲンは僅かに後ずさった。
いまいち状況を呑み込めないライルも、ちらりと入り口の位置を横目で確認する。
「やはり犯罪者は……死ぬべきです」
言い終えるが早いか、ダン! という破壊音にも似た音が響いた。
それが女性の踏み込みの音だと、ライルは一瞬遅れて理解する。
ギラリと女性の剣が横一直線に閃き、彼らの首を狙う。
が、2人はこれを間一髪、頭を下げて躱した。
「ライル、いったん逃げるぞ!」
「異議なし!」
飛んでくる斬撃を避けながら、ライルとフゲンは店の外へと転がり出る。
戦うにしろ宥めるにしろ、店の中でやっていては周囲に被害が出かねない。
ライルは余計な犠牲を出したがらないし、フゲンもどうせ暴れるなら広いところで心置きなく暴れたい派である。
「逃がしませんよ」
とにかく広く人の少ないところへと走るライルたちを、女性は迷い無く追いかける。
器用に通行人を躱し2人を追い詰めんとするその姿は、まるで狩人のようだ。
尤も、「狩り」というにはいささか憎悪が滲み出過ぎているのだけれど。
ライルとフゲンは刺すような敵意を背中で感じながら、懸命に足を動かす。
だが小柄ながらもさすがは有角族、女性はぐんぐん距離を縮めていく。
ここらで何か手を打つか、諦めて応戦するか。
ライルたちの中に焦りが生じ始めたその時、少し先の曲がり角から1人の若い男が現れた。
「あー! リンネ隊長!」
女性を見るや、彼はそう叫ぶ。
身につけているのは彼女のものと似た軍服。
どうやら同じ軍人、おそらくは部下らしい。
「はい止まって止まって!」
彼は躊躇いなく女性の前に出ると、両手を広げて立ちふさがった。
行く手を塞がれた女性、改めリンネは意外にも大人しく足を止める。
「何ですかミョウさん。急ぎでないならどいてください、犯罪者が逃げてしまいます」
「わかりましたから、ちょっと落ち着いて。もー、いつも言ってるでしょう? こういうのは……」
話し込み始めたリンネたちに、これ幸いとライルたちは一気に場から離れる。
速度は緩めず人混みに紛れてしばらく通りを行き、それから路地へと駆け込んだ。
彼らは追手がいないことを確認してから、壁に背を預けて息を整える。
「はあ……何だったんだ、いったい」
額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、ライルは溜め息をついた。
「あいつは地上国軍『箱庭』捜索隊のリンネだ。前に見たことがある」
フゲンは彼の零した疑問に答えて言う。
「犯罪者嫌いで一部じゃ有名な奴なんだよ。普段は冷静らしいが、犯罪者を見つけるとタガが外れてなりふり構わず殺そうとするんだとか」
「怖……。でもなんで俺たち、っていうか冒険者を犯罪者扱いするんだ? 遺跡の件もバレてないはずなのに」
「扱いっつーか、実際そうだろ」
「え?」
「あ?」
しばしの沈黙、そして。
「冒険者って犯罪者なのか!?」
「知らずにやってたのかよ!?」
2人分の叫び声が響く。
お互いに「信じられない!」と言わんばかりの反応だ。
「いやあ、マジか。そっかー」
「お前大丈夫か? 非公認の『箱庭』捜索が違法化されたの、もう2年も前だぞ? 監禁でもされてたのか?」
「2年前……あー、ウン。言われてみればそうだったな」
なぜか神妙な顔をするライル。
失敗を思い返すようなその表情に、フゲンは若干の申し訳なさを感じる。
――もしかしなくとも、聞かない方がいいやつか。
「まあ何だ、今は逃げることに専念しようぜ。この感じじゃ、少なくとも街の外に出ないとまともに戦えなさそうだし」
な、とフゲンはライルの肩を叩いて笑った。
つられてライルも調子を取り戻し、笑顔で頷く。
「そうだな。あいつらが来る前に――」
「来る前に?」
割り込んで来た声に、2人は反射的に振り向いた。
そこにいたのは、先ほど「ミョウ」と呼ばれていた男性。
知らぬ間に路地の反対側から回り込まれていたようだ。
「やべ」
驚いて固まっている暇は無い。
ライルたちは急いで通りに引き返す、が。
「投降しなさい、犯罪者共」
そういう作戦だったのだろう。
待ち構えていたリンネほか数名の軍人に、あえなく包囲されてしまった。
「しくったな」
苦々しく呟き、ライルは己の不注意を呪う。
軍人たちにより通行を止められた人々は野次馬と化しており、奇しくも「戦う場」が整っているわけだが、この状況は芳しくない。
相手はならず者ではなく、訓練された軍人だ。
こうも囲まれてしまっては、逃げるにしろ戦うにしろ手こずるのが目に見える。
「うちの隊長がごめんな、驚いたろう? だが安心してくれ、殺しはしない。ちゃんと法に則って処罰するよ」
ミョウが路地から悠々と出てくる。
安心してくれとでも言いたげだが、ライルたちにとっては少しも安心できない。
処罰がどうあれ、捕まるわけにはいかないのだ。
睨み合う「冒険者」と「軍人」。
張り詰める空気。
と、そこへ場違いに可憐な声が飛び込んで来た。
「あ、あの!」
場の面々は思わず声のした方を向く。
ややあって、野次馬をかき分け1人の子どもが出て来た。
白いニットと赤い膝丈スカート、黒い長靴下に茶色のロングブーツ。
加えて桃色の髪に白いリボンを付けた、とても愛らしい子だ。
走って来たのか、やや息を切らせたままさらに前へと歩み出る。
「君、危ないから下がって!」
軍人の1人、黒いマスクの青年が警告する。
だが子どもはそれを無視し、ライルたちの傍まで来ると震える声で話し始めた。
「ぼ、僕、モンシュって言います。えっと、さっきお店にいて……」
そこまで言って、口ごもる。
何をどう言うべきか迷っているようだ。
子どもは言葉を一旦止めてぎゅっと目を瞑り、それからパチリと開き、ライルの目を見る。
「あなたたちが冒険者って、本当ですか?」
「ああ」
ライルはこくりと頷く。
「じゃあ、じゃあ……その……」
手を胸の前で組んで握りしめ、必死に次の台詞を絞り出そうとする子ども。
何かを察したリンネとミョウが弾かれるように走り出す。
しかし、彼女らがライルたちのところに着くより早く。
辺り一面に、光が満ちた。
足元から風が吹き上げ、渦を巻く。
かと思えばライルとフゲンは、光で前が見えないまま「何か」に持ち上げられる。
吹き荒れる風に動く足元の「何か」、とてもじゃないが立っていられない。
ライルたちは膝を付く。
するとようやく光がおさまり、驚くべき光景が彼らの目に飛び込んで来た。
彼方まで広がる青い空。
まだらに浮かぶ白い雲。
下に見えるは、離れて小さくなった軍人と野次馬たちと、カラバンの街並み。
そして――ライルたちを乗せる、大きな竜の背中。
「あのっ! 僕も、連れて行ってくれませんか!?」
唖然とする2人に竜は言う。
それは、桃色髪の子どもの声だった。
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