15話 滑る口

「――で、俺たちは雷霆冒険団っていって、執行団とは全然別なわけ! わかってくれたか?」


 2人が話を始めてからしばらくの後。

 ライルの締めくくりの言葉に警備員たちがこくこくと頷き、珍妙な説明会はようやく終わった。


 ひと仕事を終えた達成感に満足げなライルとフゲンだったが、警備員たちの方は何やらぐったりと疲れ果てている。


 というのも、2人がかりであれやこれやと喋られた上に、両者とも説明が物凄く下手で要領を得なかったのだ。


 例えばライルが「俺たちが遺跡に来たのは手がかりを探すためだ」と言えば、フゲンが引き継いで「ああそうだ。あ、手がかりっていうのは『箱庭』の手がかりで、オレたちはそれを探しに来たんだ」と言う。


 さらにライルが「そうそう、『箱庭』のな。だから遺跡を荒らそうとしたわけじゃないんだ。いや、不法侵入したしちょっと揉めた時に床を傷付けたりはしたけど……」などと冗長に続けるものだから、もうたまらない。


 下手な話を聞くことがいかに苦痛か、警備員たちは嫌というほど思い知らされることになった。


 念のため附け加えておくと、別にいつもならライルもフゲンもここまで説明下手ではない。

 この惨状は単に、「丁寧に教えてやろう」という気遣いが悪い方向にはたらいた結果である。


「じゃ、ほどいてやるか」


「おう」


 ともあれこれで誤解を招く事態は避けられるはず。

 ライルは槍の刃で、フゲンは素手で引きちぎって、警備員たちを縄の拘束から解放する。


 最後に猿轡を外してやると、彼らは疲れを吐き出すように各々嘆息した。


「どうだ? 声は出るか?」


 ライルが尋ねると、1人が少々躊躇いながらも「あ、ああ」と答える。

 警備員たちはちらちらと互いに顔を見合わせ、落ち着かない様子だ。


 不法侵入でありながらも結果的に執行団を追い払ってくれたライルたちに、どう接するべきか判断しかねているのだろう。


 だがそんな彼らにはお構いなしに、フゲンはさっそく質問を飛ばす。


「お前ら、執行団に何されたんだ? あいつらはなんでこの遺跡に来た?」


 少しの沈黙の後、警備員たちの中で一番年長らしい、中年の男性が口を開いた。


「……順を追って話そう。奴らが侵入してきたのは、おそらく君たちが来るより少し前のことだ」


 話によると、執行団――最初にフゲンが一掃した者たち――は、日没直前に遺跡内に押し入って来たらしい。


 無論、入り口で番をしていた2人が制止したが、言うことを聞くはずもなく戦闘に。

 番の2人は奮闘したが敵わず、その場で拘束されてしまった。


 すぐに遺跡内から残りの4人が応援に駆け付けたものの彼も返り討ちにされ、結果、6人とも無力化。

 目的の邪魔にならないようにか、地下区域の奥へと放り込まれて現在に至るという。


「執行団の目的だが、察するに遺跡の占拠だろう。私たちよりも、自分たちの方が遺跡を管理するにふさわしいという身勝手な思考だ」


 忌々しげに吐き捨てる男性。

 一方的な論理を振りかざされ、大切な遺跡を奪われそうになったことが余程頭にきているのだろう。


「現に奴らはここを離れる前、こう話していた。『異端者から遺跡を守るのは我々の責務だ』と。まったく、どの口が言ってるんだか」


「なるほどな……」


 ライルは男性から与えられた情報を反芻する。

 執行団の狙いが「遺跡の保護」であるのなら、『箱庭』の手がかりを探す自分たちとは今後もかち合う可能性が高い。


 今回はあまり大事にならずに済んだが、こういうことを何度も繰り返していれば最悪、執行団と全面的に対立することになるかもしれない。


 個人的には構わないしフゲンも気にしなさそうなものだけれど、『箱庭』探索に支障が出るのは困る。

 近い内に何か策を講じなければ、とライルは結論付けた。


「うん、ありがとう。それじゃあ俺たちはもう行くよ」


 にこりと笑って礼を言い、立ち上がる。

 警備員たちはその表情と言葉にどこか居心地悪そうな顔をしたが、ライルは気付かない。


 フゲンも思考に値しないほどの僅かな疑問が浮かびかけただけで、それもすぐに霧散した。


「そうだお前ら、オレたちのことは……」


「わかっている。助けてくれた礼だ、特別に黙っておいてやろう」


「お、話がわかるじゃねえか! ありがとな!」


 『箱庭』の手がかりらしきものは得られた、警備員たちを二重の意味で無事に助けられた、口止めもできた。


 これでもうここに思い残すところは無い。

 ライルとフゲンは軽い足取りで、遺跡を後にした。



* * *



 翌朝。

 適当な道端で仮眠をとった2人は、カラバン公国内を北に向かって進んでいた。


 次なる目標は古代文字を読める、かつ読んでくれる人を探すこと。

 とはいえ敬虔な信徒が多く豊かなこの国であれば、そう苦労なく見つかるだろうというのがライルたちの見立てだ。


「研究所でも探すか?」


「学校か図書館の方がいいだろ。経験上、研究所は高確率で追い出される」


「お前が近隣で騒ぎを起こしたからとかじゃなくて?」


「ハハ! たぶんそれだ」


「おい」


 軽口を叩きながら、彼らはぶらぶらと街中を歩く。


 馬を引く者、軒下で談笑する者、鞄を背負って駆けていく者、あてどもなく散歩をする者。

 日はまだ低いが、道行く人々は穏やかな活気に溢れていた。


「教会に行くのも良いかもな。神父サマだったらオレみたいなのでも拒まないだろうし、何かイイ話を聞けるかもしれないぜ」


「おお、お前の頭に教会なんて選択肢があったのか……」


「なんだ? 喧嘩なら買うぞ?」


 そんな具合にじゃれ合っていると、不意に腹の虫の鳴く声がした。

 彼らは一瞬黙り、すぐにフゲンが「オレだ」と笑う。


「先に飯にするか! お前も動き回って腹空いてるだろ」


「ああ。……悪いな、毎回奢ってもらって」


「気にすんなって。ま、そのうち資金稼ぎに日雇いの仕事でもするからよ。そんとき一緒に働いてくれればいいさ」


 申し訳なさそうなライルにあっけらかんと言うフゲン。

 そうして彼らはいつも通り、通り沿いの適当な店へと向かう。


「いらっしゃいませ」


 涼やかな声の女性店員が出迎えたその店は、少々お高そうな飲食店だった。

 フゲンは一瞬、財布の中身を心配するが、まあ足りないことはないからいいかと思考を終わらせる。


「旅のお方ですか」


 2人が品書きを広げて眺めていると、すぐ隣の席から声がかかった。

 見ると、長い黒髪を三つ編みにした青年が、ニコニコとこちらに笑顔を向けている。


 フゲンはいきなり話しかけて来た見知らぬ人に、怪訝な顔をした。

 が、ライルは何を疑うこともなく、素直に答える。


「そうだけど」


「ふふ、やっぱり!」


 青年は無邪気に言った。

 特に悪意は感じない。

 ただのお喋り好きだろうか、とフゲンは思考をこねる。


「どうです、この国は」


「素敵な国だと思うよ。静かで、居心地が良い」


「本当ですか!? やあ、嬉しいなあ。そうだ、湖の遺跡は見ましたか?」


「み……うん、見た。立派な神殿だな」


「そうでしょうそうでしょう! ねえ、貴方たちはどこから来たんですか?」


「俺は西の方から」


「……オレは地底国の北。こいつとはウィクリアで会ったんだ」


「へえ! じゃあ最近知り合ったんですか?」


 青年の明るく素直な雰囲気がそうさせるのだろう。

 最初はやや警戒していたフゲンも会話に混ざり、3人であれやこれやと言葉を交わす。


 他の客や店員たちも、若者同士の瑞々しい会話を微笑ましく見守るように聞いている。

 旅人と、おそらくは地元の者との交流は、店内の空気をより明るくするようだった。


「それで、ここに来たのは観光ですか? それとも他に目的地が?」


 純粋無垢に問う青年。

 ライルは変わらぬ調子で答える。


「いや、『箱庭』の手がかりを探しに来たんだ。俺たち冒険者なんだよ」


 ――がたん。


 「冒険者」、とその言葉が出た瞬間、椅子の倒れる音がした。


 出所は店内の、奥の方の席。

 1人の小柄な女性が、立ちあがっていた。


「あ」


 フゲンの顔色がサッと変わる。


 何かマズいことを言ってしまったか、とライルは口を手で覆うが時すでに遅し。


 女性……そう、女性が、ゆっくりと3人の居る方を振り向く。

 その目は、焼け付くような敵意に満ち満ちていた。

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