13話 敗北、されど
「じゃあお前、なんで執行団になんかいるんだよ。しかも隊長なんて地位まで手に入れて」
それまで黙って聞いていたフゲンが、至極真っ当な疑問をぶつける。
「ふふ、残念だがそこまで教えてやる義理は無い」
ファストは漏れ出ていた怨恨の念を引っ込めると、元の調子でもったいぶるように言った。
自分が本心を晒しかけたことには気付いていないのだろうか、取り繕う様子は見せない。
「あとお前さんの声は耳障りだから黙ってろ」
よほどフゲンのことが気に食わないのだろう。
ファストはそう言って、また剣から影の一部を分離させると、彼に向かって飛ばした。
ライルにはその様子がよく見えなかったが、直後にフゲンが急に何も言わなくなったため文字通り口を封じられたのだろう、と結論付ける。
「さあ、面倒なのが来る前に、お前さんたちのくだらない人生に幕を下ろしてやろう」
ライルの方に向き直り、ファストは剣を左手に持ち替えて振りかぶる。
いよいよこれまでか、と静かに、しかし深く息を吐くライル。
――切り札を使おう。
彼の中で、じわりと魔力が脈打つ。
「待ちなさい」
だが「それ」が為される前に、どこからともなく艶のある声が転がり込んだ。
ファストがパッと通路の方に顔を向ける。
その表情は何やら嫌そうな感じがしていた。
数秒もせず、声の主はカツカツとヒールの音を響かせながら姿を現わす。
つややかで少しウェーブのかかった黒髪に、いたずらっぽく吊り上がった目尻。
水色に透き通る瞳は素直に美しいと言って差し支えない。
「うわ……ゼンゴか。何の用だ」
「ゼンゴ」と呼ばれたその人物は、声に違わず艶やかな魅力を放つ女性であった。
香水を纏っているのであろう、近くにいるフゲンが少々顔をしかめる。
「アナタの帰りがあんまり遅いものだから、心配して見に来てあげたのよ」
「ふん、思ってもないことを」
ファストと言葉を交わしながらこちらへ近付いて来る彼女を、ライルは目だけを動かして見た。
全体的に黒っぽい服装。
胸元に赤いブローチがひとつ。
何かが仕込んでありそうな袖口。
そして……肩のあたりにちらと見えた、執行団のマーク。
ファストと気軽に会話をしている時点でお察しだったが、やはり彼女も執行団の一員であるらしかった。
「部下が帰って来ない上に、部下の様子を見に行った同僚まで帰って来ないんだもの。心配するのは人として普通のことでしょう?」
「お前さんが人を語るとは、滑稽極まりないな。あと俺は同僚じゃない、上司だ」
「あら、失礼」
手を軽く口元に添え、ゼンゴは上品に笑う。
まるで反省の意が見えないどころか、ファストの指摘を馬鹿にしてさえいるようだった。
ライルは彼女がこちらに注意を向けていないのをいいことに、注意深く2人の言葉や動作の観察を試みる。
もし彼女らの関係があまり良好でないならば、先ほどファストが口走ったことを利用して仲間割れを狙えるかもしれない。
「ティカはどうしてる?」
「入り口のところでお行儀よく待ってたわよ。大丈夫、虐めたりなんかしてないから」
「当たり前だ。ティカに手を出したら殺す」
「うふふ、怖い怖い。隊長様は気が短くていけないわ」
ファストとゼンゴのやり取りを見ながら、ライルは思案する。
果たして、これは不仲と言えるだろうか。
仲良しではなさそうだが、険悪というほどギスギスもしていない気がする。
世の中には喧嘩のようなコミュニケーションをする人間もいるというが、彼らはどうだろう。
――わからない。
ライルには、わからなかった。
彼は己の経験不足を恨み、唇を噛む。
きっと普通の、まっとうに生きてきた人間なら、彼らの間にある感情を察知できるのだろう、と。
しかし、できないことを嘆いても仕方がない。
ここはもうイチかバチかの勝負に出るか、切り札を今度こそ使ってしまうか。
ぐるぐるとライルが選択をしかねていると、思い出したかのようにゼンゴが言い出した。
「そうそう、聞きそびれてたわ。ファスト、この子たちは誰かしら?」
「見たらわかるだろう、異端者だ。遺跡に踏み込んだ挙句、部下たちを伸した大罪人。おかげで任務が滞ってる」
「じゃあ今から粛清するところ?」
「ああ」
「ふうん……」
ゼンゴはライルとフゲンを交互にまじまじと見る。
その目付きは、さながら絵画を品評する画商のそれだ。
ひとしきり嘗め回すように観察すると、彼女は「うん、やっぱりそうね」と手を叩いた。
「その子たちを殺すのはやめましょう!」
「はあ!?」
突然の提案に、ファストは素っ頓狂な声を出す。
フゲンも口を塞がれてさえいなければ、同じように声を上げていただろう。
上司の反応など少しも気にせず、ゼンゴは続ける。
「ワタシにはわかるわ。その子たちは将来有望よ。あと数年……いいえ、きっかけさえあればすぐにでも! きっと素晴らしい強者に化ける」
「あー、またそれか」
恍惚とした表情で語るゼンゴにファストは項垂れた。
こういった言動は珍しくないらしい。
「実はワタシさっきもこっそり観ていたのだけれど、アナタ相手になかなか善戦していたじゃない?」
「俺の圧勝だっただろ」
「あら、アナタがこの子たち……特に緑髪の子を警戒しているように見えたのは気のせいだったかしら」
ファストは不愉快そうに黙る。
図星を突かれたようだった。
「ともかく、決まりね。部下を襲った異端者は既に逃亡済み。ワタシたちは遺跡をくまなく探したけど、何も見つけられなかった。ね?」
一方のゼンゴは、もう自分の意見が通った気でいる。
これ以上何を言っても聞く耳を持たないであろうことは想像に難くない。
特大の溜め息を吐いた後、渋々といったふうにファストは首を縦に振った。
「わかったわかった。どうせ俺が断ろうとしたら脅すつもりなんだろう」
「勿論! アナタの大嫌いな『あの子』に全部バラすわよ」
「まったく、タチの悪い。お前さんも同類のくせに」
「でもワタシとアナタじゃ失うものが違いすぎるわ」
何が何やらわからぬまま進む会話を、ライルとフゲンは呆気にとられたまま聞く。
強者に化けるから殺すなだの、ファストが嫌いな『あの子』だの、全く話が見えてこない。
かろうじて推察できるのは、おそらくゼンゴも不信心の者であること。
そして、彼女の提案により見逃してもらえそうなこと。
ファストは反応に困り何も言えないライルに、心底不服そうな視線を向ける。
「……そういうわけだ。運が良かったな、ガキ共」
* * *
静まり返った遺跡の中、ライルは壁に背を預けて座り込んでいた。
すぐ近くではフゲンが床に大の字に転がっている。
ファストらが気絶したままの部下を回収して去り、しばらくの時間が過ぎた。
影魔法の拘束から解放された彼らは、しかしどこか脱力してしまい、場から動けずにいる。
「……負けた、な」
ようやく口を開いたフゲンが発したのは、その一言であった。
少しかすれた声。
ライルは「そうだな」とだけ返した。
外から流れ込んで来た風が、壁の灯りをわずかに揺らす。
2人とも、お互いが何を思っているかは言葉にせずともわかっていた。
悔しい。
その感情が、後から後から湧いて来る。
渦中にある時は気にする暇がないそれは、決まって事が終わってから姿を見せるのだ。
ゼンゴはライルたちの戦いぶりを「善戦」と評したが、そこには明らかに強者の見下しにも似た余裕があった。
「化けるから見逃す」のも、裏を返せば現時点では相手にならないということ。
冒険団を結成して4日。
早くもライルとフゲンは、己の未熟さを突き付けられたのである。
「ライル」
フゲンはむくりと起き上がった。
「次は負けねえ。絶対に」
ぎゅっと前を睨む彼を見て、ライルもまた上体を起こす。
空気が動いたからか、灯りが大きめに揺らいだ。
「おう」
短く、また力強い応答。
2人は顔を見合わせると、少し笑い、同時に立ち上がった。
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