12話 恨み言

「《断罪の剣》!」


 ファストが再び剣を出現させると同時に、ライルとフゲンは彼に飛びかかる。

 だが槍は剣に受け止められ、拳は避けられて空を切った。


「2人がかりか。容赦無いな」


「お前みたいな悪党に容赦なんて必要ないだろ」


 槍を弾き、背後からのフゲンの蹴りを躱しつつ、ファストはライルの返答に片眉を上げる。


「へえ? じゃあどうして、さっき俺を殺さなかった? 癪だが俺は完全に油断していた。肩じゃなく心臓を狙うくらいわけなかったはずだけど」


「単純な話だ。俺には人を殺せない」


「なるほど、とんだ甘ちゃんだな」


 ファストは面白くなさそうに吐き捨てた。


「? 俺は『ライル』ちゃんだ」


「お前またその下りやってんのかよ! 学習しろ!」


 いつぞやも聞いた返しに、フゲンは横からツッコミを入れる。

 本当にこいつは変なところで馬鹿だから困る……と、ブーメランを投げていることには気付かずに、内心溜め息をついた。


「『ちゃん』は名前の後に付けて使うんだろ?」


「そうだけどさっきのは違うだろ!」


「えー」


 フゲンの説明に納得がいかないようで、ライルは不服そうな顔をする。

 どうやら彼は「ちゃん」の用法をあまりよく理解していないらしい。


「余裕そうだなクソガキ共」


 呑気に会話をする2人に若干の苛立ちを覚えつつ、ファストは彼らから少し距離をとる。


「しょうがない、少し本気を出そう。あまり長くは相手をしていられないからな」


 そう言うと、手にしていた剣を自らの影に戻した。

 ライルとフゲンは、何か来る、と身構える。


「影魔法戦闘術――《虚無の像》」


 むくり、とファストの影が膨らんだ。

 剣を出した時よりもずっと大きく、それこそ影が丸ごと起き上がるくらいに。


「俺たちは神の使者。俺たちに立て付くのは、神に刃を向けると同義だ」


 肥大した影は、徐々に人の形を成していく。

 木偶のようなシルエットから、腕が、指が、頭が、髪が、くっきりと見えてくる。


 やがて影の変化が止まる頃、そこにはファストそっくりの、文字通り人影が立っていた。


「やれ」


 ファストは己の分身に短く指示を与える。

 影は頷くこともせず、一直線に駆け出した。


 尋常でない速さで襲ってくる影を、ライルは間一髪で受け止める。

 いつの間に出したのか、影の手には同じく影でできた剣が握られていた。


「っこいつ……」


 影の振るう剣を槍でいなすライル。

 しかしその額には焦りからか、疲れからか、汗がにじんでいた。


 彼は応戦しながらしばし考え、前方でファスト本体からの攻撃を躱しているフゲンに呼びかける。


「フゲン、こいつの相手を頼む! 分身のくせにけっこう強いから気を付けろ!」


「わかった!」


 この分身は簡単に捻れる相手ではないし、ファスト本体をそっちのけにするわけにもいかない。

 本体と影、それぞれと1人ずつが戦うのが無難だ。


 ならば魔人族を相手取るのが苦手なフゲンには、影の方を任せるのが良い。

 と、それがライルの意図であった。


 2人は隙を突いて互いの位置を入れ替える。

 一連の動作を見ていたファストは、また面白く無さそうに口の端を歪めた。


「天命槍――」


 ライルは槍を逆さに持ち替え、《晩鐘》の構えに入る。


 しかし同じ技を二度も大人しく食らうファストではない。

 瞬時に距離を詰め、剣を鞭のように伸ばしてライルの槍を絡めとった。


「ぐっ……」


 間合いから出ようとするライルだったが、槍は影に掴まれたままびくともしない。


 ファストは影の剣を右の手で握っているが、同じく右の肩には傷を負っている。

 察するにライルに勝るほどのこの力は、彼の腕力ではなく、魔法で実体化した影自体の力なのであろう。


「捕らえた」


 彼はさらに影を伸ばし、拘束範囲をライルの手首にまで広げる。

 槍を取り返そうとしたばかりに逃げ遅れたライルは、まんまと自由を奪われてしまった。


「ふーん。妙な技を使うと思ったら、少々魔力があるようだな」


 まじまじと獲物を観察し、ファストは言う。

 ライルはぎくりと肩を震わせたが、すぐに平静を取り繕った。


「だが魔人族にしては少ない。さては混血か」


「だったら何だ。文句あるか」


「無いよ別に。『血』を気にするのは学者かお貴族サマくらいのもんだろ。俺はどちらでもない……ことはないか。いや、忘れろ」


 何を思い出したのか、ファストはにわかに顔を曇らせる。

 それがまるで傷付けられた被害者のような表情なものだから、思わずライルは口を開いた。


 が、喉を震わせる前に背後からフゲンの「ぎゃっ」という声が聞こえ、出しかけた言葉を引っ込める。

 振り向くと、フゲンが拳を振り上げたままの姿勢で固まっていた。


「悪い! またやられた!」


 見ると、彼の影に黒い釘が刺さっている。

 またあの魔法か、とライルは歯噛みした。


「終わりだな」


 ファストの声が聞こえると共に、ライルもまた身動きが取れなくなる。

 視線を下に向けることはできないが、足元に釘があることは見なくともわかった。


 油断を後悔するがもう遅い。

 せめてもの抵抗として、ライルは視界の端に映るファストを睨みつけた。


「そうだ、いいことを教えてやろう」


 当のファストは勝ちを確信して気分を良くしたのか、初めに見せたような胡散臭い笑顔を浮かべて話し出す。


「お前さんたちはそいつを起こそうとしてたみたいだが、その行動は無意味だ。うちの下っ端連中は、敵前で気絶したら俺の解除魔法を受けない限り目覚めない」


 言いながら、フゲンと戦わせていた分身を引っ込める。

 それに呼応するように、ファストの握る剣に一層の力が宿った。


「残念だったな? 情報を引き出そうとせずさっさと逃げるなりしていれば、こうして俺に負けることはなかったんだ」


 ファストは楽しげに語り、ゆっくりと歩いてライルの正面に回る。


「まずはお前からだ、槍の小僧」


 ライルは必死に思考を巡らし、打開策を探す。

 だがいくら考えても勝算が見つからない。


 自分に向けられた切っ先を見据えながら、彼は心の内でそっとに手をかけた。


 もはや「これ」以外にこの場を切り抜ける方法は無い。

 しかし、それでも。


「冥途の土産に聞かせてくれ。お前たちは、執行団はなぜ人を傷付ける?」


 ライルは往生際悪く、時間稼ぎに出る。

 できることならば、切り札は使いたくなかった。


「そりゃあ異端者に裁きを与えるためさ。神に無礼をはたらく者……そう、特にお前さんたちみたいに、神の国『箱庭』を目指す愚か者には罰が必要だ」


 そんなライルの心情などつゆ知らず、ファストは悠々と答える。


「なぜ俺たちが『箱庭』を目指していると?」


「こんな遺跡に忍び込む奴なんて、手がかり目当ての冒険者くらいのものだ。まあたまに盗賊でもそういう奴がいるけど」


 一部の物好きだけだな、と笑うファスト。

 声色には憤怒ではなく侮蔑の感情が見え隠れしていた。


 ライルはそれを認め、次の台詞を紡ぐ。


「神様がそんなことを望んでいると思うのか?」


「もちろ――」


 言いかけて、ファストは言葉を途切れさせた。


「……いや、いいか。お前さん気付いているな?」


 ライルは沈黙する。

 肯定の意を示すにはそれで充分だった。


 途端にファストは声を上げて笑い出す。


「はは、ははははは! その通り! 俺は神なんか信仰してない」


 執行団の隊長にあるまじき暴露。

 もしこれを部下が聞いたらどう思うだろうか、とライルは場違いに想像してみて、すぐにやめた。


「救いだの罰だの、馬鹿馬鹿しい。俺が人生のどん底にいた時、神は助けてなんてくれなかった。を罰してもくれなかった」


 恨み言、だろう。

 ライルは直感的に思う。


「俺は自分の力だけでここまで這い上がったんだ。神も人間も信じるに値しない」


 そう言い切ったファストの顔は、半ば引きつったような笑顔だった。

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