11話 不意打ち

「魔法!?」


 フゲンは目をまん丸にして聞き返す。


「じゃあお前も魔人族……いや、でも……?」


 が、出しかけた結論が自分の持つ情報と噛み合わないことに気付き、首を捻った。


 魔人族は力が弱い。

 一方でライルは人間離れした力を発揮できる。

 となると、「ライルが魔人族」は筋が通らない。


「んん……? えー……?」


 右へ左へとぐりぐり頭を傾け、フゲンは思案する。

 そんな彼の様子を見かねて、観念したようにライルは口を開いた。


「混血だよ。俺は人間族だけど、魔人族の血も入ってるんだ」


 言って、一呼吸置き、また話す。


「俺の祖父……が魔人族でさ。他の家族はみんな人間族。だから俺の中の魔人族成分? はごく僅かなんだ。それで……一応魔法は出せるんだけど、死ぬほど燃費が悪いからそう易々とは使えないんだよ」


 少し苦い表情をしながら説明をするライル。

 手に持った槍をいじり、うろつく視線はどこかよそよそしい。


 だがフゲンは合点がいったようで、ぽんと手を打って笑った。


「なーるほど! そういうことか!」


「ああ」


 何の疑念も忌避感も無い彼の反応に、ライルはホッとしたように頷く。

 次いで、無意識に口角が上がっていたのを急いで直した。


「で、俺がさっき使ったのは認識阻害の魔法。お前と赤髪に、俺とこの男の存在を認識できないようにしたんだ」


「へえ! いなくなったことすらわかんなかったのを考えると……認識阻害って相当便利だな」


「だろ? しょっちゅう使えるならもっと便利なんだがな」


 ライルは自虐的に笑う。

 茶化しているが、色濃い悔しさが滲み出ていた。


「まあそれはともかく、俺はお前が動きを封じられたのを見てこれはヤバいって思った。で、すぐに魔法で退避して不意打ちを狙ったってわけだ」


「コイツを連れて来たのは?」


「恐らく赤髪の目的がこいつの回収、あるいは処分だからだ。あいつ、『こんな雑魚とは仲間じゃない』って言ってたし、たぶん上司なんだ。なら捕まった部下をそのままにはしておかないだろ」


「あー、じゃあ他の奴らを外に投げたのはマズかったかもな」


 下唇をむいむいといじり、フゲンは渋い顔をする。

 ファストがどのような理由でやって来たのかはさておき、ボコボコにされて放り捨てられている部下を見れば、それをした「犯人」の存在に気付くのは必至だ。


 彼はペットのカラスを先行させた時点で、中にいる「犯人」を倒す気満々だったのだろう。

 危険因子を排除したつもりが却って新手への対応で後手に回ってしまうことになるとは、とフゲンはちょっぴり後悔した。


「ま、過ぎたことは仕方ないさ。とにかく今は、こいつを起こして情報を聞き出すのが最優先だ」


 ライルは、ぽん、とフゲンの背中を叩いて言う。


 執行団の目的は少なくとも遺跡の破壊ではない。

 だから最悪、『箱庭』の手がかり探しは後日でもできなくはなかろう。


 ファストを倒すのも不可能とまではいかないと思われるが、さほどメリットが無い。

 フゲンは彼に直接攻撃することができないし、戦闘は避けられるものなら避けておきたいものだ。


「そうだな! じゃあ」


 と、そこまで言ってフゲンは言葉を切った。

 何かの気配を感じ取ったのだ。

 素早く振り向き、臨戦態勢をとる。


 つられてライルも槍を構えた瞬間、小部屋跡の入り口で黒い影が動いた。


 まさかもう見つかってしまうとは、と歯噛みする2人。

 薄暗い空間に緊張が走る。


 しかし彼らの予想に反して現れたのは、ファストではなくそのペットであるカラスだった。


「なんだ、お前かよ」


 勘を外したフゲンはどっと脱力し、苦笑する。

 ライルもまた槍を下ろして、ちょんちょんと飛び跳ねながら寄って来るカラスに手を伸ばした。


「まったく、驚かせないでくれよな」


 カラスは少し羽ばたき、ライルの腕に乗っかる。

 それからまた先ほどのように、甘えた仕草でライルに愛嬌を振りまき始めた。


「クソカラスめ、媚び売りやがって」


「なんだ嫉妬か?」


「嫉妬で結構! やいカラス、いくらお前がベタベタしようとライルはオレの相方なんだからな。お前にはあの性悪主人で十分だ!」


 フゲンはカラスを指で弾こうとするが、これもひらりと躱される。

 ふん、と鼻を鳴らし、彼はこのいけ好かない鳥類に手を出すのをやめた。


「そうだフゲン、あそこに落ちてるやつ、あれ取ってくれないか」


 ライルは不貞腐れる相方に、部屋の隅の方を指し示す。


「あれ? どれだよ」


「あれだよ、丸っこい石みたいな」


「暗くてよく見えねえ。つか自分で取れよ」


「えー、俺こいつの相手するのに忙しいからなあ」


「む」


 なんという理不尽。

 フゲンは思いっきり口をへの字に曲げる。


「わかったよ、仕方ねえな」


 後であのカラス焼き鳥にして食ってやる、と心の中で毒づきながら、彼は渋々部屋の奥へと移動した。


 灯りの届かない部屋の隅は影が濃く、目を凝らしてようやく石畳の模様が見えるくらいだ。


「石? なんてどこにもねえけど」


 壁の前にしゃがみ込み、フゲンはざりざりと手を床に這わせる。


「あるって。もっと右の方」


 ライルはその背後で指示を出しつつ、槍を持つ手に少し力を入れた。

 なあ、と喋るわけのないカラスに同意を求め、一歩だけ、フゲンに近付く。


「どこだよ」


「もっと右。あ、ちょっと行き過ぎ」


「もー」


 また少し、ライルは手に力を込めた。

 声色は変えぬままに、その瞬間を見計らう。


 彼の言うことを信じ切って部屋の隅を探るフゲンに、ぽつりとライルは言った。


「悪いな、フゲン」


「あ?」


 刹那、槍が閃く。

 不審に思ったフゲンが振り返った時には、既にそれは獲物をしとめていた。


「な……」


 フゲンは絶句する。


 彼の視線の先で、ライルが腕にとまっていたカラスを刺し貫いていたからだ。


「お前……!?」


 突然の暴挙に声を荒げかけたフゲンだったが、すぐに思い直して口を閉じる。


「いや、そういうことか」


 手品の種を見抜いた時のように、彼はニヤリと笑った。


 ライルが槍からカラスを振り落とす。

 床に転がったそれはほどなくして輪郭が崩れ、真っ黒な染みのような影になって床に広がった。


 かと思えば、影は再び厚みを持ち、むくむくと起き上がって人の形を成す。

 現れたのは言わずもがな、ファストであった。


「やるなあ、お前さん」


 彼は悔しそうに笑う。

 右肩には、ちょうど槍で貫かれたような傷があった。


 そう、先ほどまでライルと戯れていたのはカラスではなく、カラスに変身したファストだったのだ。


「オレもそう思うぜ。よく気付いたなライル。スゲーぞ」


「へへ、よせ照れる。……あと改めて、騙して悪かった」


「気にすんな。敵を騙すにはまず味方から、だったんだろ」


「まあな」


 ライルは槍をしかとファストに向けたまま、不敵に笑う。


「さて、見つかっちまったもんは仕方ない。不意打ち返しも成功したことだし、ここらでちょっと痛い目見てもらおうか」

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