9話 カラス
執行団を撃退したライルたちは、探索を続ける前にとりあえずこの不届き者たちを遺跡から追い出そう、ということで合意した。
フゲンに伸された彼等が起き上がることは当分ないだろうが、「念には念を」だ。
バケツリレーの要領で、ライルが遺跡の入り口まで引きずって来た構成員を、フゲンが湖の向こうに投げ飛ばす……という動作を幾度も繰り返し、ようやく残すはあと1人、リーダー格の男だけになった。
「よし、これで最後だな」
「待て、こいつは残しといた方がいい。諸々の情報を吐いてもらわなきゃだからな」
「お、そっか」
ライルに言われ、フゲンは素直に男から手を離す。
「じゃあ縛っとかねえとな。なんか縄とかあるか?」
「うーん、無い」
「だよな。オレは荷物こんだけだし、お前は槍しか持ってないし。……なんで槍1本で旅してんだお前?」
「諸事情」
「諸事情かあ」
それはさておき、どうしたものかとライルは思案する。
神殿の遺跡に縄や鎖なんか落ちているはずがない。
警備員たちがどこかで縛られているならその拘束具を拝借できるだろうが、彼らを探すのにこの男を引きずっていかねばならないのは面倒だ。
となると1人が警備員たちを探しに行き、1人が男の見張りに残るのが最も現実的か。
ライルがその案を出そうとすると、先にフゲンが口を開いた。
「あ、そうだ。これ使おうぜ」
言って、彼は男から装飾品を剥ぎ取り出す。
見るとそれはメダルのようなものが付いた銀色のチェーンであり、なるほど拘束具にできなくはなさそうだった。
「長さ足りるか?」
「おう」
ライルの見守る中、フゲンは少々苦戦しながらも、男の両手首を後ろ手に縛り上げる。
チェーンが細くやや頼りないが、ひとまず成功だ。
「あとは……こうだな」
今度は自分が、とばかりに、ライルは男を座る姿勢にさせて腕の輪の中に槍を通す。
さらにそのまま、あろうことか槍を遺跡の床に突き立てた。
「えっ」
これにはさすがのフゲンも驚き、声を上げる。
いきなり何をし出すのだ。
「どうした?」
「や、お前……いいのか遺跡に傷付けて」
フゲンは困惑気味に尋ねる。
見間違いなどではなく、槍はしっかりぐっさり刃の部分が見えなくなるくらいまで、石の床に突き刺さっていた。
「あれ、ごめん嫌だった? でもフゲンは神様とか、あんまり興味ないんじゃなかったっけ」
「オレは別にどうも思わねえけどよ、お前だよお前。聖典読むくらい、こう、ちゃんとしてるのに……」
どう表現すればいいかわからず、フゲンは言葉が尻すぼみになる。
別にライルを責めたいわけではない。
ただ、フゲンが憲兵を伸したことに怒っていた彼が、平気で遺跡を傷付ける行動をしたという事実に違和感を覚えたのだ。
だが一方のライルはやはり、何でもないような表情をしていた。
「まあ気は進まないけど、今はこうするのが最善だろ? 俺は必要とあらば悪事も多少は働く主義だよ」
あっさりそう言う彼にフゲンは嘆息する。
初対面時に喧嘩をしてから、ライルのことは社会規範に反することを嫌う真面目な人間だと思っていたが、どうやら半分は誤りであったようだ。
「……駄目か? 人道的に」
黙ったフゲンを見て不安になったのか、ライルは様子を窺うように言う。
「人道は知らねえが、オレは嫌いじゃねえよ。むしろ気に入ったぜ、その姿勢」
「そうか、なら良かった」
ライルは好意的な反応に、明らかにホッとした顔をして、誤魔化すように槍がしかと刺さっていることを確認した。
「つーかよくここまで綺麗に刺せたな。周りに全然ヒビとか入ってねえ」
「コツを掴めばできる」
「相変わらず人間離れしてんなあ」
「お前もな! ……さて、始めるか。尋問」
「おお」
気絶したままの男を前に、ライルたちは2人して腕まくりをする。
まずは意識を取り戻させるところからだ。
最初に、フゲンが男の頬を軽くつねる。
起きない。
次に、ライルが男をがくがくと揺さぶってみる。
起きない。
次に、「わー!」と男の耳元で2人同時に大声を出す。
起きない。
その後も手を変え品を変え男を目覚めさせようとした彼らだったが、何をしても結果は失敗に終わった。
「まさか死んでねえよな?」
「心臓は動いてるから生きてると思う」
「そうか。あー、あとは……」
2人は首を捻る。
思い付く限りの方法を全て試し、アイデアは枯渇していた。
「頭から水に突っ込んでみるか?」
「起きる前に溺れ死にそう」
「だよなァ」
フゲンは溜め息をつき、仰向けに寝転がる。
もうお手上げだ、と諦めムードが漂い始めたその時、にわかに彼らの背後でバサバサと鳥の羽ばたく音がした。
「あ、鳥だ」
入り口の方を見てライルが呟く。
遺跡の灯りにつられたのだろうか、そこには一羽の真っ黒なカラスがいた。
カラスは辺りを見回しながら、ぴょんぴょんと跳ねてライルたちのいる内部へと進んで来る。
つややかな羽根が、灯火に照らされてツヤツヤと光っていた。
「どうした、こんなとこに餌は無いぞー」
ライルはすぐ近くまで寄って来たカラスに話しかける。
「よしよし、人懐っこいなお前」
指先でちょいちょいとカラスを撫でる彼を見て羨ましくなったのか、フゲンは「オレも触る」と手を伸ばした。
が、触れる直前でカラスにそっぽを向かれてしまう。
「あ! なんだコイツ、生意気な」
負けじと何度も挑んで来るフゲンの手を、カラスはその度にひらりと躱す。
かと思えばライルに擦り寄り、愛嬌たっぷりの仕草をする始末。
「このっ……カラスの分際でっ!」
「ははは、嫌われてやんの」
「くそ、こうなったら是が非でも撫でてやる!」
フゲンはムキになってカラスを捕らえようとする。
あんまりにも必死なその様子に、ライルが「勢い余って潰すなよ」と言おうとすると、また入り口の方で物音がした。
今度は足音……人間の足音だ。
2人は即座に入り口を見る。
「やあどうも、こんばんは。良い夜だな」
闖入者は赤い髪を長く伸ばした長身瘦躯の男だった。
黒く濁った瞳と、整った顔を浪費するような胡散臭い笑顔。
何より特筆すべきは黒を基調とした修道士のような服と、その裾に印された奇妙なマークだ。
ライルたちが、彼が執行団の者だと理解するのにそう時間はかからなかった。
「俺のペットと遊んでくれてたんだな。ありがとう。ほら戻って来い、ティカ」
男が言うと、ライルにべったりだったカラスは呆気なく彼の元を離れ、男の元に飛んで行った。
「何の用だクソロン毛」
フゲンが一歩前に出、男を牽制する。
さっき倒した構成員たちとは桁違いの危険性を、本能的に感じ取っていた。
が、男は凄むフゲンを全く意に介さず、依然として薄っぺらい笑顔を張り付けたままだ。
「せっかちは良くないぜ青年。初対面の相手にはまず自己紹介、これが基本だろ?」
「お前みたいな奴に渡す情報なんて何も無い。それ以上近付くならお前も仲間と同じにするぞ」
ライルは捕縛している男の元から槍を抜き、赤髪の男に向かって構える。
彼もまたフゲンと同じく、相手がただ者でないことを察していた。
「仲間? お前さん、冗談キツいよ。俺がそんな無能で蒙昧な雑魚と仲間なわけがないだろう」
男はおかしそうに、しかし蔑むように笑う。
それから目を弓なりに細めて言った。
「初めまして、愚かな凡夫。俺は執行団二番隊隊長、聖名をファストと言う。……さあ、裁きを受ける覚悟はいいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます