8話 暴力
執行団の面々は曲がり角をそのまま通過して行く。
その数は3人。
ひとまず早々にかち合うことにはならなかったため、ライルはホッと息を吐き少しだけ警戒を緩めた。
2人は足音が十分に遠ざかるのを待ってから、口を開く。
「警備員、たぶんあいつらにやられたな」
「何が目的かな。俺あんまり詳しくねえんだけど、執行団は遺跡荒らしもするのか?」
「いや、しない。前やり合った時に『20年前の遺跡破壊もお前らの仕業か?』って聞いたら『違う! そんなことするか!』ってキレてた」
「そうか。じゃあ遺跡を占拠しに来たのか、何かを探しに来たのか……」
「まァ何でもいいだろ。どのみち、あいつらとの戦闘は避けられねえ」
ニヤリと笑い、フゲンは立ち上がる。
「いい機会だ。オレの戦いぶりを見せてやるよ」
「あ、おい!」
ライルが制止するより早く、彼は駆け出した。
さながらわんぱく小僧である。
そして角を曲がるが早いか、「待ちやがれ執行団!」と威勢の良い声が遺跡に響く。
ライルは頭を抱えた。
武装した人間3人、それも憲兵とは違い人を傷付けることに躊躇しない輩に丸腰で立ち向かうのは馬鹿の所業だ。
確かにフゲンは先ほど意味不明な身体能力の高さを見せたが、それとこれとは話が別である。
できれば奇襲をしかけたかったが、こうなっては仕方が無い。
ライルはフゲンに助太刀すべく彼の元に駆けつけた。
「フゲンお前、無茶するんじゃ……おっと」
角を曲がったライルは思わず仰け反る。
さっきは3人だった執行団の構成員が、10人ほどに増えていた。
尤も人間が分裂増殖するわけは無いので、奥にいた仲間が集まって来たと考えるのが妥当であるが。
「うーん、まあ半々で5人ずつならまあ、いけるか」
槍を構えて歩み出るライル。
しかしフゲンは彼の腕を掴んで引き留めた。
「なんだ? 作戦でもあるのか?」
執行団に先手を取られないよう警戒しながら、ライルは問う。
幸いにも執行団の面々はそれなりに相手の強さを感じ取っているらしく、安易に間合いを詰めようとはして来ない。
「作戦っつーか……ここはオレ1人に任しちゃくれねえか」
「ん、馬鹿?」
ライルは引きつった笑顔で言う。
なぜこの流れでそうなる、と顔に書いてあった。
「いや、お前の言いたいことはわかる。でも頼む! この通りだ!」
「ええ……。あ、あれか? 俺ちゃんとお前を巻き込まないように技出せるぞ?」
「そういう問題ではなく」
「ではなく」
やたら熱心に単騎戦闘を望むフゲンに、ライルは首を傾げる。
「じゃあなんで……」
と、そこでライルは思い付く。
もしやこれが作戦なのではなかろうか。
この会話は相手方にも聞こえており、もちろん言葉も通じるから内容も筒抜けだ。
フゲンもそれがわからないほどの馬鹿ではないだろう。
つまり、これはわざと会話を相手に聞かせているのだ。
ほとんど日常会話のような、緊張感の無いやり取りをすることで、執行団を油断させようという魂胆に違いない。
加えて察するに、フゲンの鞄……あそこには何か武器が入っているのだろう。
乱暴者として憲兵に警戒される彼のことだ、騙し討ちもお手の物だと思われる。
「単騎かつ素手で武装集団に挑む愚か者」という道化を演じ、油断した相手の足元をすくう。
なるほど考えたな、とライルは感心した。
「いや、わかった。そこまで言うならお前に任せるよ」
「よっしゃ! ありがとよ!」
フゲンは笑顔で執行団に向かって走り出す。
と同時に、鞄をライルの方に投げた。
「……ん?」
宙を舞う鞄。
それは緩やかな放物線を描き、ぽすんとライルの手の中に納まった。
「鞄よろしくな!」
騒々しく動き出した空気を背景に、前方から声が飛んでくる。
ライルはその意味を理解しかねた。
「よろしく」?
この中にフゲンの使う武器が入っているのではないのか?
一瞬、困惑した彼だが脳みそをフル回転させ、即座に結論を弾き出す。
これはつまり、鞄の中身を使って加勢しろということか。
「まったく、びっくりさせやがって」
やれやれと笑みを浮かべ、ライルは寄越された鞄を開ける。
あまり大きくはない鞄だ、武器ならナイフ、道具なら手投げ弾や閃光弾あたりだろう。
頭の中で検討を付けつつ中を見るライル。
そこには、財布と手帳とインク壺と簡素なペンが入っていた。
「……んん?」
ライルは首を、折れそうなほどに傾げる。
見間違いだろうか。
いったん上を見てから再度、鞄の中を確認する。
中身は何も変わっていなかった。
「これでどうしろと……?」
途方に暮れかけるライルだったが、1人で突っ込んで行ったフゲンのことを思い出し慌てて顔を上げる。
何がどうなっているのかわからないが、丸腰の彼を援護できる物が鞄の中に無いことだけは確かだ。
ライルは急いで加勢しようと槍を構え、しかし目の前の光景に絶句した。
「オラもっと本気で来やがれェ!」
フゲンが、活き活きとしていた。
向かってくる執行団の構成員たちを次々となぎ倒して。
それはもう、雪が積もった時の犬のように。
ライルは理解した。
自分が想像したような「作戦」など、彼はこれっぽっちも考えていない。
ただただ、己の拳で暴れたいがために単騎出陣を所望したのだ。
「いや馬鹿か!!」
思わずライルは叫ぶ。
仰る通りであった。
今現在、フゲンは相手の攻撃を避けて戦っている。
凶悪な刃物も当たらなければ無傷で済むの理論だが、それがいつまでも続くとは限らない。
少しの隙や挟み撃ち、もしくは体力切れ、攻撃を喰らってしまう可能性はいくらでもある。
一撃でも受けてしまえば、ただでは済まないだろう。
「いくら馬鹿みたいな身体能力のお前でも、刃物と素手じゃ分が悪すぎる! 人間の皮膚と肉は刃物で切れるんだぞ知らねーのか!」
フゲンを退かせようと、ライルは続けて叫ぶ。
するとフゲンは下がらないばかりか、上機嫌に答えた。
「おいおいライル、お前こそ知らねえのか?」
敵はまだ半分以上残っている。
余裕をかましている場合ではないはずなのだが、それでも彼は楽しそうだ。
「刃物はなあ……」
敵の1人が大きな鎌を振りかぶり、その刃がフゲンの目前に迫る。
もう見ていられない、とライルは彼に駆け寄ろうと一歩を踏み出した。
が、次の瞬間。
「平たい部分を殴れば折れるんだよ!」
フゲンが拳を打ち出し鎌の腹をとらえる。
と、瞬きの後には、カラン、という音と共に三日月型の刃が石の床に落ちていた。
どよ、と執行団の間に動揺が走る。
なんならライルも動揺した。
まるで信じられない光景だが、紛うことなくこれは現実だ。
この青年は今、素手で刃物を、しかもまさに振り下ろされていたものを、叩き折ったのである。
「呆けてんじゃねェぞ、執行団共!」
フゲンは状況を呑み込めていない彼らを、勢い衰えぬまま殴り、蹴り、伸していく。
あれよあれよという間に立っている敵の数は減り、とうとう残るはリーダー格らしき1人だけになった。
「暴れる機会をくれた礼だ、全力で仕留めてやる」
ギラついた笑顔で拳を構えるフゲン。
「危険な武装集団・執行団の一員」であるはずの人間は、ただの「獲物」と成り果てていた。
「
グッとフゲンが拳に力を入れる。
気のせいか、空気が不気味に制止した。
「《ぶん殴る》!」
――それは、暴力という言葉があまりにも相応しい一撃。
彼の拳は周囲の空気を巻き込み、凄まじい風を起こし、敵の腹部にめり込んだ。
ボキ、とかゴキ、とか、とにかくあまり人体から発せられるべきではない音が鳴る。
不運な獲物は通路のずっと奥へと吹き飛び、追い打ちをかけるように強風が吹き抜けて行った。
呆然とするライルに、フゲンは振り返って晴れやかな笑顔を見せる。
「いえーい」
今しがた敵を屠った右手を、ぱっと開いて掲げるフゲン。
「い、いえーい」
これはそう、ハイタッチというやつだ……と一周回って冷静に分析し、ライルはそれに応じた。
ぱし、と軽快に、2人の手のひらは合わさった。
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