6話 遺跡を目指して

「じゃあね、お兄さんたち。……あたし、あなたたちなら『箱庭』を見つけられるって信じてるから。頑張ってね!」


「おう。お前も元気でな、ギャラン」


「悪い奴には気を付けるんだぞ」


 ギャランに見送られ、ライルとフゲンは「占いの館」を後にする。

 空は快晴、風は程よく、申し分ない旅日和だ。


 だがそんな天気に反して、フゲンはモヤモヤとした不安を抱えていた。

 原因はもちろん先ほどのライルの挙動である。


 彼は占いの結果を吟味する中、心当たりを尋ねられ『黒-無』について思案する仕草をとった。

 すると突然、顔色を変えて立ち上がり――。


 あれはまるで何かに怯えているようだった、とフゲンは思い返す。


 本人は「問題無い」の一点張りだったが、まずもってそんなはずがない。

 ギャランの進言によって今はひとまず考えるのをやめようということになり、彼らは館を出たのであった。


「いやー、悪かったな驚かせちまって! でもまあ、次の目的地は定まったし具体的な目標もできたし! 張り切って行こうぜ!」


 明るく言うライルを、フゲンはじとりと見つめる。


 顔色も声もすっかり元通りだ。

 しかし心の内側まで、とは考えにくい。


 彼が何かを隠しているのか、あるいは彼自身にもわからない何かがあるのか。

 どちらにせよ、その心を脅かすものが存在するのは確かだ。


「ライル」


「なんだ?」


 依然として平静を装うライルに、フゲンはかけるべき言葉を探した。


 思えば自分はまだこの青年のことをよく知らない。

 出会って1日なのだから当然と言えば当然だが、彼がなぜ『箱庭』を目指すのか、なぜあれほどまでに強いのか、それら重要なことが何もわからないままだ。


 実のところ、フゲンはずっと気になっていた。

 けれども同時に、それらは本人に直接問うべきではないとも思っていた。


 フゲンは何も隠すようなことの無い単純な人間だが、世の中には秘密を抱える人間などごまんといる。

 人間は隠し事があってこそだ、と主張する者もいるくらいだ。


 彼は自分の言動が人を傷付け得ることを、痛いくらいに知っている。

 故に、余計な詮索はしないと心に決めていた。


 己の手を一瞥し、ぐっと拳をつくる。

 それからフゲンはライルの目を見て、言った。


「心配するな。オレがいる」


 ライルは息を呑む。

 鋭く、けれど優しく励ますような赤い瞳に釘付けになった。


 彼が自分の見込んだ以上の男であることに、いっそ後悔の念すら覚えた。


「……ありがとう」


 そう言って、ライルは笑う。

 下手くそな笑顔だった。



* * *



 それから3日かけて、ライルとフゲンはカラバン公国に到着した。

 足を踏み入れたのは国の南西に位置するとある街。

 件の遺跡を擁するところだ。


「おー、やっぱなんつーか、ゲンシュクな国だな」


 石造りの建物が並ぶ通りを歩きながら、フゲンは感嘆の声を上げる。

 決して活気が無いというわけではないが、人通りの多さの割に落ち着いた印象を感じ取っていた。


 カラバン公国は地上国に属する23の公国のうちのひとつで、神殿のある湖を中心として領地が広がっている。

 君主である貴族は、敬虔な信徒であることで有名だ。


 行き交う人々は春にもかかわらず老若男女肌の露出が少なく、服自体も質素で慎ましやか。

 遊び回る子どもたちも、歓談する若者たちも、商売をすう大人たちも、どこか振る舞いに品がある。


「この雰囲気……悪かないが、オレには合わねえや」


 フゲンは街の様子に改めて感心しつつ、軽く溜め息をついた。

 敬虔どころか聖典を開いたことも無い彼のことだ、こういう場所に心惹かれずとも特段意外ではない。


「そうか? 俺はけっこう居心地良いぞ」


 一方でライルは街の空気を気に入っているのか、やけに上機嫌だ。

 言葉に違わずリラックスした表情で、彼は辺りを見回す。


「前来た時は急いでたから景色なんてロクに見てなかったけど、こうして見ると街並みも俺好みだ」


「街の奴に言ってやれよ、喜ぶぞ」


「そうしよう。なあそこのお前――」


「おいマジでやろうとするな! さすがにその挙動は不審者だ! せめてこう、会話の途中とか、自然な流れで言え」


 軽口を馬鹿正直に受け止めて行動しようとする馬鹿、もといライルをフゲンは慌てて止める。

 いくら誉め言葉だろうと、伝える順序を間違えてはいけない。


「ん、それもそうだな! あはは」


「ったく……。ほら行くぞ」


 フゲンはライルの眉間を人差し指で軽く小突き、先を急ぐよう促した。


 遺跡というものは基本的に、管理者や然るべき手続きを踏んだ国の遣い以外は立ち入り禁止だ。

 悪党どもに荒らされるのを防ぐため、どの国でも法や制度により保護されている。


 加えて20年前、世界各地の遺跡が何か所も破壊されるという事件が起こったことをきっかけに、遺跡保護の風潮が強まり今日に至る。


 ライルたちが目指している遺跡もそのあおりを受け、今も管理者の指揮の下、常に複数人の警備員が見張りをしているとのことだ。


 そこでライルたちは、「辺りが暗くなるのを待ってからこっそりと遺跡に侵入する」と計画を立てた。


 計画と呼ぶにはあまりにも雑ではないか、という点はさておき、ともかく上記のことがあって彼らが遺跡に入るには不法侵入しか無いのである。


 本当にそれしか無いのかと言われると怪しいところだが、少なくとも彼らの考え得る範囲ではそれしか無いのである。


 閑話休題。


 日が傾き始めた空の下、ライルとフゲンはせっせと足を動かす。

 通りを北へずっと行くと街の門があり、そこをくぐると林道に出た。


 林は鬱蒼としていたが、道はそれなりに整備されており歩きやすい。

 加えて迷うような分かれ道も無く、ただ1本の道がすらりと引かれた線のように続いている。


 それもこれも、この道の先に遺跡があるが故だろう。


「お、着いたぜ」


 間もなく日が落ちようという頃に、ようやくライルたちは林道を抜けた。

 開けたその場所には大きな湖があり、中心にぽっかりと浮かんだ陸地には件の神殿が見える。


 彼らは夕陽を反射して輝く湖面に少々見惚れたが、すぐに切り替えて遺跡の背面へと移動した。


「どうやって渡る?」


 ライルはフゲンに問う。


 通常、遺跡に入るには正面の橋を渡る必要がある。

 だが橋は長く、遮蔽物も無いため不法侵入に使うには不向きだ。


「どのみち門番はどうにかしなきゃいけないけど、見つかるのはせめてギリギリの方がいいもんな……」


 さてどうしたものかと頭を捻るライル。

 するとフゲンが「はい」と挙手した。


「思い付いた、オレ天才だわ」


 にわかに天才を自称し出す人間にロクな案を出す奴はいない。

 が、ライルは一応、彼の言葉に耳を傾ける。


「投げる」


「は?」


 意味不明な提案に、ライルは耳を傾けたことを軽く後悔した。


「だから、投げる」


「何を」


「お前を」


「誰が」


「オレが」


「いや無理だろ」


 ライルの指摘は正しい。


 現在、彼らがいる位置から遺跡のある陸地まではかなりの距離がある。


 小石くらいなら投げて届くだろうが、残念ながらライルは小石ではなく人間・18歳・男性の肉体を持っている。

 まずもって届くわけがない。


 よって「無理」という評価は妥当なものと言える……のだが。

 彼はここに、「普通の人間ならば」という注を付けなくてはならない。


 その事実が明らかになるのは、実に十数秒後のことだった。

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