5話 占い
少女はウィクリアの町に「占いの館」を構えているらしく、そこにライルたちを招きたいとのことだった。
2人は少女の後につき、来た道を逆戻りするかたちでクルガの町を後にする。
陽気な春の日差しを受けて歩きながら、ライルは前を行く少女をじっと見た。
――彼女の頭にはツンと尖った角が生えている。
ということは、この少女は「有角族」だ。
有角族は、この世界に存在する5つの種族のうちのひとつ。
読んで字のごとく、角の有る種族である。
人間族や魔人族といった他の種族に比べて力が強いことが特徴で、その代わり寒暖差など環境の変化に弱い。
ライルは自分の覚えている知識を、ひとつひとつ確認していく。
そうしてあらかた思い返したところで、フゲンたちに気付かれないよう、小さく息を吐いた。
「ここよ」
しばらく歩いたところで少女は立ち止まり、目の前の建物を示す。
それは「館」というにはいささか規模の小さい、というか「小屋」と言った方が正しいくらいの建築物だった。
だが掲げられている看板には「占いの館」と書かれている。
ここが目的地であることは間違いなさそうだった。
「どうぞ入って」
少女は建付けの悪そうな扉を開き、ライルたちを中へと招き入れる。
彼女が部屋のランプを点けると、狭いながらも綺麗に整えられた内装が薄明りに照らされて浮かび上がった。
「へえ、イイ雰囲気だな」
興味深そうにフゲンはくるくると視線を巡らせる。
「ふふ、ありがと! そうだ、自己紹介がまだだったわね。あたしはギャランっていうの。お兄さんたちは?」
「俺はライル」
「フゲンだ」
「ライルさんに、フゲンさんね。用意をしてくるから、そっちで座って待ってて」
少女あらためギャランは右手の扉を指して言い、パタパタと通路の奥へ消えて行った。
示された扉を開けると、クロスのかけられたテーブルとその両側に置かれた椅子のある小部屋が、2人を出迎える。
見たところ、ここが占いを行う場所のようだ。
「なかなか凝ってんなァ」
椅子に腰かけつつ、やはり部屋の中を見回してフゲンは言う。
この部屋には照明器具が無かったが、窓から差し込む日光で中はそれなりに明るい。
それを考慮してか、置かれている小物や天井から吊るされた装飾品はガラス製の物が多く、キラキラと光を反射し幻想的な光景を作っていた。
「…………」
「んだよライル、じろじろ見やがって」
「お前にそういう感性があることに驚いてる」
「失礼だな!」
フゲンはライルの鼻をぎゅっとつまんで遺憾の意を表明する。
そうこうしているうちに、小部屋の扉が開いて木箱を持ったギャランが入って来た。
「お待たせ、準備ができたわ」
彼女はライルたちの向かい側に座り、木箱から装飾の施された木製の札を取り出す。
どうやらこれを使って占いを行うようだ。
「あたしの占いでわかるのは、今のあなたたちにとって『見つけるべきもの』『辿るべき道』『立ちふさがる壁』の3つ。それぞれが9の色と8の属性で表されるわ」
木の札を伏せた状態で並べながら、ギャランは慣れたふうに説明する。
「あたしの占いは『補助』。抽象的なヒントを出して、お客さんの頭の中から『心当たり』を引き出すの」
「フーン。預言とはちょっと違うんだな」
「あはは、そりゃあね!」
預言なんて大層なこと、あたしにはとても……と彼女はおかしそうに笑った。
やがて全ての札を並べ終え、顔を上げる。
「さ、どっちから占う?」
「2人まとめてでいいよ。……いいよな、フゲン?」
「おうよ」
「そう? じゃあ一緒にやるわね」
ギャランは目を瞑り、深呼吸をすると、静かに両手で札を混ぜ始めた。
札は2種類あり、彼女はそれらを左右に分けて動作を行う。
十数秒間そうしてから、何やら複雑な動きで札を並べ直して2種類の札を1枚ずつ、3組めくった。
「ふむふむ……『見つけるべきもの』は『白-天』。『辿るべき道』は『赤-地』。『立ちふさがる壁』は『黒-無』。どう? 何か思い当たるものはあるかしら」
告げられた結果に2人は首を傾げる。
はてさて何のことを指しているのだろうか。
しばし沈黙が流れた後、不意にフゲンが指を鳴らした。
「わかったぞ、『白-天』はウリファルジだ」
「ウリファルジ?」
ライルは聞き返す。
「海底国の巫女がその降臨を預言した、『箱庭』の場所を知る神の使いね。実際に半年前、巫女の前に現れたっていう話もあるわ」
「へえ……! じゃあ巫女に神託とかしたのか?」
「そこまではわからないわ。ウリファルジが現れたっていうのも、旅の人から聞いた噂程度のものだし。仮にそういうのがあったとしても、海底国が秘密にしてるのかもね」
ギャランは肩をすくめた。
現状、『箱庭』関連のことは、一般市民にはほとんど知らされない。
件の預言から3年、各国による『箱庭』捜索は進んでいると思われるが、進捗のほどは門外不出の機密事項となっている。
最初の頃――それこそ、海底国の巫女が預言をした頃なんかは情報統制が厳しくなく、故に地上国のいち住人たるギャランでもそのことを難なく知れたのだが。
「ま、オレたちが『箱庭』に行くには、ウリファルジを探すのがいいってコトだな!」
「えっ?」
何気な放たれた言葉に、ギャランは裏返った声を上げた。
ぱちぱちと瞬きをし、信じられない! と言うように目の前の青年たちを見る。
「あなたたち、『箱庭』を目指してるの?」
「ああ。俺たち冒険団なんだ、『雷霆冒険団』」
「そう……そうだったの。でもなんだか納得」
彼女は嘆息し、しかし笑顔で言う。
「お兄さんたち、ただ者じゃなさそうだもの。そうね……『箱庭』を探してるってことなら、『辿るべき道』の『赤-地』はカラバン公国の遺跡のことかも」
「カラバンってーと、ここから見て北にあるとこか。オレ1回行ったことあるぜ」
確かになんか遺跡があったなァ、とフゲンは口元に手をやった。
「ああ、俺もその遺跡は見たことがある。湖の中心に地面があって、そこに神殿みたいなのが建ってたよな」
「そーそー。でもギャランよ、なんで『赤-地』があれなんだ?」
「確か、あの辺りの地面は赤土だったはず。遺跡なら『箱庭』の手がかりもありそうだし、ぴったりだと思うわ」
「なるほど」
2人は感心して頷く。
案外、この少女は知識に富んでいるらしい。
「じゃあ、あとは『黒-無』だな。っつてもオレは心当たりゼロだが。ライルはどうだ?」
「俺は……」
ライルは記憶を掘り返すべく、視線を上にやって思案する。
と、その時。
「ッ!」
彼の背筋に、おぞましい感覚が走った。
骨の髄を直接掴まれるような、冷たい泥に纏わりつかれるような、そんな感覚。
気付けば椅子から立ち上がっていた。
「おい、どうした?」
「ライルさん、大丈夫?」
心配そうなフゲンたちの声で、ライルは我に返り息を吐き出す。
それから、自分が呼吸を止めてしまっていたことに気付いた。
「ひでえ顔色だぞ。具合悪ィのか?」
言われて、ライルはそっと自分の顔を触る。
無論それで顔色がわかるわけがないのだが、なんとなくそうしてしまった。
「いや……」
掠れた声。
ぎこちない動きで、指先が頬から離される。
「なんでもない」
焦点の定まらない瞳。
どう見ても嘘だ。
しかしフゲンもギャランも彼の異様な雰囲気にたじろぎ、それ以上追及することができなかった。
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