4話 恩返し

「へえ、それでわざわざ町の端から走って来たのか」


「ああ。フゲンは何で騒ぎに気付いたんだ?」


「お前とほぼ一緒だよ。憲兵を呼びに来た奴がいたんだ」


 騒動から一夜明け、ライルとフゲンは宿にて出立の準備をしていた。


 昨晩めでたく「雷霆冒険団」を結成した彼らは、そのままウィクリアの町を出て隣町のクルガまで移動。

 町の通り沿いに運よく宿があったため、そこで休息することとしたのだ。


「で、その憲兵がお前に伸されて全員戦闘不能だったと」


「おう」


「やっぱ駄目じゃねーか」


 身なりを整えるのと並行して2人は言葉を交わす。

 話題はどんな経緯であの場に来たのか、というものだった。


「だからァ、オレはウィクリアじゃ何もしてなかったのに、追いかけて来る憲兵の野郎共が悪いんだって」


「行く先々で問題を起こす旅人が目の前にいたら、そりゃ捕まえようとするだろ」


「世知辛いな」


「お前……」


 2人の会話からわかる通り、フゲンが憲兵に追われていた原因は彼の日頃の行いにあった。

 何を隠そう、フゲンはここらの憲兵の間で要注意人物として有名な「乱暴者」なのだ。


 彼が起こした暴力沙汰は数多くあるが、フゲンから喧嘩を吹っ掛けたものと、売られた喧嘩を買ったものが7:3くらいであり、憲兵から目を付けられるのは必然的なことだった。


「まずは飯食いに行くか! 昨日は晩飯を食いそびれたし」


 身支度を終え、フゲンは財布の中身を確認しつつ提案する。


「ああ、じゃあ俺は待ってるよ」


「なんで」


「所持金皆無」


「気にすんな、奢ってやる」


 どこか嬉しそうに言うフゲンに、もしかすると「兄」には面倒見が良いという性質があるのかもしれない、とライルは推察する。


 そうして少しの間まじまじと「兄」の顔を見ていたが、ほどなく「ほら行くぞ」と促され、彼と共に宿を出た。


 2人は表の通りを西へ西へと進んで行く。

 まだ早朝だということもあり、人通りは控えめだ。


 しかし建物の数や各々の規模から、ここクルガがウィクリアよりも栄えた町であることが窺い知れる。


「そういやお前いくつ? オレ18だけど」


「奇遇だな、俺も18だ」


「へえ。出身は」


「あー、地上国」


「オレは地底国。今度は合わなかったな」


「そんなもんだろ」


 微妙に雑な会話をしながら、彼らは適当に開いている店に足を踏み入れる。


「いらっしゃーい」


 カランカランと扉のベルが鳴ると、それに反応して調理場の方から元気の良い声が飛んで来た。


 こぢんまりとした店内には、既に常連と思しき客がいくらか入って寛いでいる。

 なかなか良い雰囲気の店だ――尤も、ライルもフゲンもそんなことを気にするタチではないのだが。


 ライルたちは窓際の席に着き、備え付けられた品書きを見る。


「牛飼い汁でも食うかな」


「じゃ俺もそれで」


 注文を取りに来た店員にフゲンが「パンと牛飼い汁2つずつ」と告げると、ややあってそれらが運ばれてきた。


 目の前にパンと共に置かれた料理を、ライルはじっくりと観察する。


 「牛飼い汁」と呼ばれたそれは、赤いスープに玉ねぎや肉……恐らく牛肉が入っており、白い湯気を上げている。

 香りからして、スープはトマトで作られたものだろう。


 内容物は全て食用のもの。

 除けるべき異物は無さそうだ。


「? 早く食わないと冷めるぞ」


 フゲンはライルの様子に訝しげな視線を送りつつ、一足先に食事を始めた。

 彼が牛飼い汁をスプーンですくって口に入れたのを見てから、ライルも同様に料理を口に運ぶ。


「お、美味いなこれ!」


 一口食べ、パッと顔を輝かせるライル。

 どうやらお気に召したらしい。


「牛……ええと、牛飼い汁、だったな。地底国にもあるのか?」


「何言ってんだ、あるに決まってんだろ。フツーの庶民料理だぞ?」


「……そ、うなのか! 初耳だ!」


「初耳ィ? 箱入り貴族かなんかかお前?」


「冗談だ」


「冗談かよ! 一瞬マジかと思ったわ。ボケが下手クソだな」


 フゲンはけらけらと馬鹿にするように言う。

 一方のライルは「えー」と口をへの字に曲げ、いかにも不服そうだ。


 談笑しながら、2人は賑やかに朝食をとる。

 ライルもフゲンも、こんなふうに同年代の仲間と食卓を囲むのは初めてのことだった。


 やがて料理を平らげた2人は手早く会計を済ませ、礼の言葉と共に店を出る。

 外は先ほどよりも日が昇ってきており、それと比例して人の数も増えていた。


「よし、行くか。まずは手がかり集めだな!」


「俺もお前も持ち情報ゼロだしな……聞き込みでもするか? もしくは遺跡巡りとか」


「うーん、そうだなあ……」


 2人が行き先を決めかねてうんうん唸っていると、突然、後ろからはつらつとした声が飛んで来た。


「お兄さんたち!」


 振り向くと、そこには昨日ライルたちが助けた少女がいた。


「あ、昨日の」


「よかった、やっと見つけた」


 ほっと安心したように微笑む少女。

 その頬は紅潮し、息もややあがっている。

 ライルたちを探して走り回っていたことが容易にわかった。


「何の用だ。事情聴取なら行かねえぞ」


 フゲンは眉間にしわを寄せる。

 憲兵に会ったらまた面倒なことになるのは明白だ。


 しかしそんな彼の懸念を余所に、少女はくすくすと笑う。


「大丈夫。おかげさまで、あの件についてはもう片付いたから。あたしが来たのは、あなたたちにお礼をするためよ」


 そう言って、彼女は鞄から巾着袋を取り出した。

 チャリチャリと中で金属の擦れる音がする。


「はした金でごめんなさい。でもあげられる物といえばこれくらいしか無くて」


 どうぞ受け取って、と袋を差し出す少女。

 だがライルとフゲンは仲良く首を横に振った。


「俺はいいよ。フゲンにやってくれ」


 とライル。


「いらねえ。ライルこそ金無えんだから貰っとけよ」


 とフゲン。


「やだ」


 とライル。


「オレもやだ」


 とフゲン。


 2人とも、頑として譲らない。


 少女はどうしたものかと、困惑気味に彼らを見る。


 この感じだとお金は受け取ってもらなさそうだ。

 が、何かお礼をしなければ気が済まない。


「ええと……それなら……そうだ! ねえ、占いに興味は無い?」


 少女の提案に、2人は「占い?」とオウム返しに聞く。


「あたし、占い師やってるの。よく当たるって評判なのよ」


「へえ、面白そうだな」


「でしょ! お礼代わりにタダで占ってあげるわ。ウィクリアまで戻るからちょっと時間がかかるけど……どう?」


 ライルたちは顔を見合わせ、今度は互いに頷いた。


「じゃあお願いしようかな」


「な」


 ちょうど行き先に困っていたところだ、占いを参考にしてみるのも良いかもしれない。

 言外に通じ合い、2人は少女の申し出を受け入れることにした。


「決まりね!」


 少女は嬉しそうに笑う。

 無邪気なその表情につられ、ライルたちもまた頬を緩めた。

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