第21話 謁見

プラティオ王国、王城前にある大きな城門。

その地に足をつけると、城門を守護してるであろう兵士が皆こちらを見て気を引き締めた。

それを横目で見ながらターニャの方へと体を向ける。


「謁見が終わったらムラサメと一緒に帰るわ。ターニャはもう屋敷に帰りなさい。アリアが心配だわ」

「もうよろしいのです?」

「ええ、大丈夫よ。屋敷に帰ったら、またお世話をよろしくお願いするわ」


ターニャの頭に手を置いて、頭を撫でてやる。

ふにゃ〜と顔を緩ませながら馬車へと戻り、屋敷の方向へと走って行った。

何事もなければ良いけど、木箱に入っていた眼球がアリアの物だったらと思うと怖い。

念には念を入れて、戦闘になってもターニャなら安心出来る思い屋敷に帰らせた。

眼球が入っていた箱はターニャに預けた。

一応、開けないようにと言伝はしてある。

さてと・・・・・・結構遅れたけど、大丈夫かな。

城門の方へと体を向けると、ゆっくりと開かれる。

その奥には事件時の惨状は見られず、綺麗に整えられた中庭が見えた。

そして騎士服を丁寧に着こなした金髪碧眼の男が現れる。

その男はこちらまで歩いてきて、綺麗な一礼を見せた。


「プラティオ王国騎士団、副団長のカインです。星焔の魔女様で間違いないですね?」


完全に仕事モードに入っている。

カインは勿論、俺の事なんてよく知っている人物だ。しかし彼は公私の弁えを誰よりも分かってる為か、兵の前では気を抜かない。

いい心掛けではあるが、こちらとしては少々寂しいと言った所だな。


「私が星焔の魔女よ。わざわざ迎えに来てくれてありがとう。心遣い感謝するわ」

「・・・・・・?え、ええ。早速ですが、皆様がお待ちなので謁見の間へと急ぎましょう」


少し首を傾げながら、カインは続いて受け応えをした。やはり不自然なんだよな。この口調をどうにかしたいが、治せないんだよ。

黒死蝶とやらが寄越した真実の瞳──あれのせいでこんな口調になったのは事実だ。

奴らと話せれば、少しは目的が分かりそうなんだけど。

取り敢えず、今は目の前に集中しよう。

俺はカインの後に続いて歩き出した。


───────────────


城内に入れば、目の前に大きな扉──そこが謁見の間であった。

ここまで来ると、少しだけでも緊張してしまう。そのせいか俺は、指で毛先をくるくると弄んでいた。

その姿を見たメイドや執事達は皆、うっとりした表情を見せている。


「指示がありましたら扉を開くので、そのままお入り下さい」

「ねぇ、カイン・・・・・・」

「何でしょうか?星焔の魔女様」


ムラサメからはドラゴベール竜王国の第二竜姫の謁見も俺が参加する事になっていると聞いている。

しかし黒死蝶から貰った真実の瞳が、アリアの瞳だとしたら大いに危険だ。

そうなるとカインと別れの言葉を交わせない。


「ドラゴベール竜王国に行くと聞いたわ。頑張りなさいよ。ナユタを傍で支えてあげなさい。泣かしたら許さないから」


そう俺が言うとカインはビックリしたのか、目を見開いた。

でも周りに悟られない様に、すぐに元の表情に戻る。


「勿論です。励みのお言葉、至極感謝致します。それでは──」


カインは謁見の間の大扉を開けて、そのまま中に入った。

さてと、謁見の内容は事件の解決者の一人として報酬を貰えるという話だったな

一番大事なのは俺の印象を強く押すことかな。

貴族が俺を利用しようなんて考えないぐらいインパクトがある存在感を出さないと。

指示を待っている間は城働きのメイド達から色々と城内の事を聞いていた。

結果的にアリーシャが本当に優秀なのが分かったのは嬉しかったな。

国を腐敗させていた貴族を一掃したお陰で、裏で起こっていた色々な事が無くなったらしい。

色々な事とは──まぁ金が絡むことなのだが。

外見が良く、体がある意味良いメイドや若い執事を金で物言わせて犯したりする貴族が多かったんだとか。

国民にとってアリーシャは良き存在なのだろう。しかしその反面、貴族達にとっては恐怖する存在である。

なにか問題を起こせば、その地に自分達の頭部が転げ落ちると思っているのかもしれないな。

でもアリーシャのやり方は間違っちゃいない。

腐りきっていた内部を正すには、恐怖を与えるのが一番手っ取り早い。それに今後もそういう行動に出る奴がいなくなるからな。

でもやり過ぎてもダメだ。時に優しく時に厳しく──要は飴と鞭である。

ちょいとアリーシャの出方に気おつけるか。

幾ら俺と仲良いとはいえ公の場である以上、彼女は女王である。

あの歳なら普通は宰相が実権を握る筈だが、それも聞かないし国の運営の中心はアリーシャで間違いない。

・・・・・・本当に凄いな。俺も頑張らないと。


「星焔の魔女様。指示がありましたので、扉を開けます。どうぞお入りください」


そう言って謁見の間を守護していた兵士は、ゆっくりと扉を開けていく。それと同時に俺は足を進めた。

一歩ずつ歩を進め、視線はただ前を見る。

そうして謁見の間内部に入ると、後ろで扉が閉まったのが分かった。

プラティオ王国王族貴族殺害事件──その最後で大きな戦闘を繰り広げた場所こそが謁見の間。あの時は目も当てられない位に酷い惨状であった。

それも今では息を飲むほど綺麗になっているのだから凄い。

中央に伸びる赤色の絨毯、謁見の間を照らす豪華なシャンデリア。数多くの調度品や肖像画等、一つ一つがどれだけ値段するかも予想がつかない物ばかり。

絨毯の右手にはドレスや貴族服を身に付けている人で固められている。

反対側に騎士や兵士等が固められていた。

そこにはムラサメやカインの顔も見えたが、手を振ってきたのはムラサメだけである。

・・・・・・ケモ耳かわいい。

貴族達の反応はというと、予想通りである。

嫌らしく気持ち悪い視線を送る者やどんな存在だろうと気になってチラチラ見る者、好感の視線を感じさせる者もいる。

対して騎士や兵士達は皆、目を輝かせていた。

俺でもそんな目をしてしまうだろうな。

目の前に英雄と言われている少女がいるのだから。

一定まで歩き、視線を少し上にあげるとそこには玉座に座る王が存在する。

まだ幼く、外見は弱々しいが内なる気迫に蹴落とされそうになる。

正に王の中の王とも呼べる存在──アリーシャ・ナナ・プラティオ女王陛下。

そんな彼女は俺と視線が合うと、勢いよく玉座から立ち上がり階段を降りる。


「アリーシャ陛下っ、お待ちくだされっ!」


横にいた宰相っぽい人が止めようとするが、それを聞かずドレスのスカートを両手で持ちながら走ってきた。

そして俺の体へと思いっきりダイブである。

俺もそれと同時に両腕を広げてナイスキャッチでなんとか受け止めた。

その光景に辺りは騒然とし始めた。


「・・・・・・ルゥ様っ!」


アリーシャの瞳から薄らと涙が浮かんでいる。

再会に感動しているのだろう。

俺もアリーシャに会えて嬉しい気持ちでいっぱいだ。


「皆が見ているのに、アリーシャってば我慢出来なかったの?貴女は女王なんだか──」

「そんなの関係ありません!」


俺が言いかけた言葉を遮るように、アリーシャは大きな声で言い放った。


「心配したんですよ?!いつまでも貴女が帰ってこないから探しに来てみれば、家族は皆死んで、貴女までも死にかけて・・・・・・それでいて漸く会えたんです!王であれなかれ、こんな風に触れたくなってしまうのです」


アリーシャは甘えるように俺の胸元に顔を埋めた。しかし今は公の場である。

貴族達の前であまりこういう場面を見せると弱味につけ込まれる可能性も無きにしも非ずだ。

だから今は我慢しよう。


「気持ちは分かるわ。私も貴女に会えて嬉しいもの」

「ルゥ様も嬉しい・・・・・・?」

「ええ、勿論よ。でも今は我慢しなさい。公の場で見せていい光景ではないわ。後で沢山甘えていいから、今は自分のやるべき事をやりなさい」


こういう所はまだ子供らしい。いや、寧ろ子供らしさがあって安心した。

彼女は俺から一歩引き、笑顔で頷いてゆっくりと戻って行った。

そして玉座に再び座ると、すぐに切り替えたのか表情が変わる。


「宰相、始めなさい」

「畏まりました。アリーシャ女王陛下」


宰相と呼ばれた男は一礼してから背筋を伸ばし、此方を見た後に優しそうな顔を見せた。


「これより王族貴族殺害事件を解決した一人である星焔の魔女──ルゥ・ガ・エンドロールの受勲式を始める。宰相のモルドレッド・シャルル・フォン・アガートラムが進行を務める」


モルドレッド・シャルル・フォン・アガートラムと名乗った宰相は随分と鍛えられている様に見える。

服の上からでも筋肉の質が分かってしまう。

もしかしてだが、元は騎士か兵士なのか?

立っているだけで猛者って雰囲気が感じられる。


「星焔の魔女──ルゥ・ガ・エンドロール」


モルドレッド宰相は真っ直ぐと此方を見つめる。本当に只者じゃなさそうだ。


「そなたはその歳で冒険者協会に所属するA級冒険者だと調べでわかった。よって、この度の功績によりS級冒険者へ昇格する」

「・・・・・・ありがとうございます」


驚きを顔に出さぬように、全力を持ってポーカーフェイスを演じる。

この体は既に十一歳の時にA級冒険者へと足を踏み込んでいた。

今は英雄として名が広まっているが、それ以前に世界最年少でA級に達した天才として冒険者協会内では異端として見られていた。

しかしそれから一年は冒険者として活動していない。

つまりこの空白の一年こそが、俺とルゥという少女が混合した時間なんだろう。

一年間、ずっと昏睡状態だったと考えれば話は通る。


「続いてプラティオ金貨二千枚を贈呈し、貴族としての爵位も──」

「ちょっと待って」


俺は宰相であるモルドレッドの言葉を遮った。

貴族としての爵位を得る様な発言なんだろうが、俺は絶対に貴族にはならない──なりたくないんだ。

理由としては利用されかねない事と色々と面倒な事を押し付けられるから。

自由に生きたい俺としては嫌な身分である。


「星焔の魔女殿、何か不満でもありましたかな?」

「お金はちゃんと貰うわ。でも貴族にはなりたくないの」

「理由をお聞きしたいですな。場合によっては不敬罪となります。女王陛下から贈られる素晴らしき事を否定なさるのですからな」


宰相のその言葉にピクリと反応を見せたのはアリーシャであった。宰相の顔を不思議そうに見ている。

正に何言ってんだ?お前は──的な顔だ。


「別に不敬でもなんでもないでしょう。受け取りたくないと言うのならば、無理に受け取られても、こちらも不愉快です。ルゥ様の様に好き嫌いがハッキリしてた方が、私としては嬉しいですけどね?」


そうアリーシャは言うと、宰相は苦しそうな顔を浮かべる。あぁ、この人はアリーシャに弱いな。

それに対してアリーシャも自分に弱い奴を傍に置かせて、その場の流れを自分の物にしやすい様にしてる。


「この場にいる皆に言っておきましょう。特に貴族の皆は心に留めて置くように。ルゥ様は貴族という身分が苦手なんです。馴れ合うのも好きじゃないくらいに──汚れきってるから」


汚れきってるからの部分をワザと強調して、アリーシャは貴族達に言い放った。

それを聞いた貴族達の表情は青白く、下手したら殺されると──そんな顔を浮かべていた。

おいおい、どれだけ恐怖を植え付けたんだよ。

流石にちょっとやり過ぎだと思う。

ちょっと弁解というか、言い直してやるか。

俺は貴族達へと体を向ける。


「貴族という身分は確かに嫌いだわ。でも高く評価してる部分もあるのよ?庶民の模範だなんて素敵だと思うわ。ただ私は貴族になりたくない理由として・・・・・・そうね、人柄かしら」


貴族達は黙って聞いていた。よく見ると顔色が落ち着いてきた者が多く、好奇心を持って聞こうとしてる者もいる。


「自由が好きなのよ、私。縛られるのが嫌いで、やりたい事をやって楽しむのが好きなの。だから別に馴れ合ってもいいわよ?女王陛下が言う程、嫌ってないから安心して頂戴。・・・・・・あぁ、でも一応言っておくわ。腐りきった感情や行動、私が不快だと思った相手とは接する事ないし、本当に気に入らなかったらその場で殺すわ」


言い終わってアリーシャの方へ体を向けて、俺は少し睨んだ。

アリーシャのやり方で政治を進めれば、貴族達が反旗を覆す可能性がある。

簡単に言えば、今の状態は恐怖政治である。


「アリーシャ女王陛下。貴女も大概にしておいた方が賢明よ?王とは貴族や民に恐怖を振りまく存在じゃない。貴女の中で確かに私は大切な人なんでしょうけど、そこまで言ってもらう必要もないわ」


俺がアリーシャに物申す姿を見て、と周りは焦っている者が目立つようになった。

それもその筈、英雄と言えど相手は一国の王。

間違えれば俺の首とて飛んでしまう未来が見える。


「ごめんなさい、ルゥ様」


アリーシャの言葉にその場にいる皆が、呆気に取られた。

それもそうだろう──国の王が頭を下げながら謝るのだから。

しかも簡単に易々と謝罪の発言をした。


「たった数日しか関わってないのに、分かりきった事を言うのもやめなさい」

「・・・・・・はい」

「ちゃんと飴と鞭を使い分けなさい。貴女、貴族に対して鞭、鞭、鞭ばっかりで・・・・・・いつか首から上無くなるわよ」

「・・・・・・・・・はい」

「モルドレッド宰相、続けなさい。まだ終わってないのでしょう?私としてもこれから事情があって急いでるのよ。出来るだけ簡潔に」

「は、はい。それでは──」


アリーシャの表情は暗いまま、受勲式が行われた。内容的にも良かったと俺は思う。

今回、俺が受け取る褒美とやらの内容が──。

・プラティオ金貨二千枚

・十分な設備が整った住宅

・S級冒険者資格

・プラティオ王国軍、階級──少将閣下

・プラティオ王国第四国軍『翠星ノ夜』臨時司令官

──これが俺が受け取った褒美だ。

プラティオ王国軍に関しては少し揉めたが、あって損という訳でもないから承諾した。

しかし、どちらも臨時のものである。

これから他国からの侵攻がある場合に備えて、俺をこの位置に置いたのだろう。

普段は顔すら出さなくても良いと言われたので、俺は俺でやりたい事をやろう。


「では、以上を持って──」

「モルドレッド宰相。少し頼みがあるのだけど、聞いてくれるかしら?」

「ええ、英雄たる貴女の頼みなら聞きましょう」

「感謝するわ。実は学園に通ってみたいと思っているのよ。私はまだ十二歳、一般の子なら通っているのでしょう?私も行ってみたいわ」


俺が言うと、宰相は少し考えるように下を向いた。暫くして答えが決まったのか、此方を真っ直ぐ見る。


「入学するのは良いですが、来年の春──中等部一年生として編入になりますが、よろしいですかな?」

「ええ、構わないわ。手続きはまた後程、私はこれで失礼するわ」

「少し待つんじゃ。・・・・・・先程から口調やら仕草が違うが、本当にルゥかえ?それに、その腕はなんじゃ?妾を欺こうなど思うでない。お主に聞こう、ルゥは何処じゃ?」


俺の歩みを止めたのはこの国の騎士団長ムラサメ。

彼女は真実の瞳で、俺がこんな風に変わってしまったのを知らない。

ドラゴベール竜王国の第二竜姫のお陰で、腕が復活したのも知らない。

真実を述べたいのは此方としてもそうなんだが、今はそんな事言ってられない。


「今は答えられないわ。後でちゃんと説明するわよ」

「逃げるなんて選択肢はないと思った方が良いのじゃよ」


ムラサメの言葉が終わると、兵士や騎士達がぞろぞろと俺の周りを囲んだ。

頼むから行く手を阻まないでくれよ。


「随分とやり方が汚いわね。そんなに私が信じられない?」


どうやら本当に俺の事を信じてないらしい。

普段のムラサメなら、ニコニコと笑いながら信じてくれるのだろうが、今はそうじゃない。

思い通りにいかないもんだな。


「まぁ、いいわ。でもちゃんと後で謝ってもらうわよ。今は急いでいるから行かせてもらうわ。ドラゴベール竜王国のお姫様に失礼のないようにね」


この場を凌ぐには逃げるしかない。

星焔魔法の中には転移出来る類の魔法も存在する。

一度行ったことある場所なら、問題なく行ける筈だ。

それを悟ったムラサメはすぐに周りの兵士や騎士達に命令を下した。


「逃がすでない!捕らえるのじゃ!」

「また後で会いましょう」


黒き焔は俺自身を包み込み、そして──消えた。


──────────────


目の前の光景が瞬時に変わったのを確認すると、少し気持ち悪さを覚えた。

所謂、酔いというやつかもしれない。

これは早く慣れる必要があるな。

星焔魔法『陽炎』は転移を可能とする魔法だ。

この魔法で城の謁見の間からムラサメの屋敷まで転移してきた。


「さてと、アリアが無事か確認しないと」


転移してきた場所は自室である。

屋敷にはメイドが多く、気配は・・・・・・ん、感じるな。

アリアだけ探すなら分からないが、ターニャの気配は分かる。

ターニャは人並外れた強さを持つ故か、分かってしまった。場所的に庭だろう。

しかし、もう一つ気持ち悪くなる程に強い存在を感じるのは何だ?

急いで行こうか、早く無事を確認しないと。


「ママ?」


歩こうと一歩前に出した足を止める。

自分から見て、後ろにかなり強い存在がいる事を体が訴えてくる。声は幼い女の子だ。

自分より強く、抗えば只では済まない様な感じがする。

振り向いて確認しようと思った時、もう既に声の主は俺の目の前に来て抱き着いていた。

一瞬よりも速い動きに戸惑ってしまう。

先程は気配を全く感じなかったのに、一体なんなんだよ。


「わぁ!ママの匂いだぁ。えへへ〜」


可愛らしくにこやかに笑う幼子。外見から見て八歳ぐらいに見える。

修道服を着ているのを見て、何処か教会の子かと思った。


「貴女は何処から来たのかしら?」

「んー?知らなーい」

「付き添いはいないの?一人で来た訳ではないでしょう」

「一人じゃないよ。ナガレと一緒っ!」

「そう、ナガレって人は何処にいるの?」

「お庭でお話してるよ。メイドさん二人と」


そうか、もしかしたらアリアとターニャかもしれない。

行きたいが、この子を一人にする訳にもいかないしな。なんなら連れて行こう


「私も庭へ行くわ。貴女も来るかしら?」

「うんっ!リーリャも一緒に行くっ!」


この子、リーリャって言うのか。

取り敢えず変な行動は見せない様に行こう。

きっとリーリャは今の俺より強い。

こんな小さな体の何処にそんな化け物っぷりをしまっているのか、不思議である。


───────────────


リーリャの小さな手を包み、庭へと辿り着いた。ここまで来る途中、色んなメイドにニヤニヤと含みのある笑顔で見られた。

傍から見れば姉妹みたいなんだろうか?確かに十二歳に八歳ぐらいの女の子が手を繋いでいたら、微笑ましい。


「ママっ、あそこだよっ!」


リーリャはとある場所を指さした。

そこには庭に設置された丸いテーブルを囲んで座っている人物が三人いた。

二人は俺の専属メイドであるアリアとターニャである。アリアの表情が見えた所で俺は安堵した。ちゃんと両眼があったからだ。

何事もなく元気そうにしていて、たまに見せる笑顔が素敵である。

ターニャもクッキーを止めどなく、口に放り込んでいた。その為か、ハムスターみたいになっている。

ターニャちゃんかわいいやったー。

そしてもう一人の方は・・・・・・体型的に男だな。

深くフードを被り、真っ黒なローブを着込んだ男だ。顔なんか全く分からないし、当たり前の話だが近づかないと声すら分からない。

俺はリーリャの手を引っ張り、三人の元へと歩みを進めた。


「おや?おぉ、まさかこんなにも早くお会い出来るとはっ!」


テーブルに近づくと直ぐにフードの男が気づいて声を上げた。

席を立ち、駆け足で此方へ向かってくる。

俺の前へと来た男は膝を着き、頭を垂れた。


「敬愛せし母上様。お会い出来て嬉しく思います。黒死蝶がNo.3のナガレと申します」


深々と丁寧にナガレは自己紹介をしてみせた。

黒死蝶のNo.3──これを聞いただけでも彼等に序列があるのは明白だ。

そして俺の手をギュッと握って、にこにこと

笑っているこの子も黒死蝶の一員だろう。

ナガレの実力はまだ分からないが、一つ一つの動きに全くもって隙がないのは分かる。

それに自室で感じた気持ちの悪い気配は間違いなく、この男から感じたものだとハッキリ分かった。


「リーリャが大変迷惑を掛けたようで」

「大丈夫よ。これでも子供は好きだから、一緒にいて不快でもないし」


リーリャを見ながら言うと、彼女は笑顔を見せた。子供特有の愛らしさを感じつつも、内面に秘めたその化け物っぷりが俺には恐怖でしかない。

黒死蝶とやら、敵に回せば俺の命は無いな。


「ルゥよ。よろしくお願いするわ。ところで黒死蝶から届いた『真実の瞳』について説明しなさい。あれのせいで私は・・・・・・」

「勿論、説明致します。ですが立ち話もなんなので、ゆったりとお話しませんか?母上様もその方が良いでしょう?」

「そうね。気遣い感謝するわ」

「リーリャは別の場所で遊んでなさい。今から私は母上様と大事な話をします。メイドさん達が、きっと遊び相手になってくれますよ」


ナガレがリーリャにそう言うと、嫌なのか機嫌の良い顔が一気に不機嫌に変わった。

子供ってのはコロコロと表情を変えるものだよな。そんな所も可愛さの一つなのだが。

暫く話していると、専属メイドであるアリアとターニャがやって来た。

二人とも姿勢良くお辞儀をして、笑顔を向けてくる。


「お帰りなさいませ。早めに謁見は終わったのですね」

「お帰りなのです。・・・・・・ルゥ様、何かあったのです?」


ターニャは謁見の間であった出来事を察知したのだろうか。いや流石に分かる筈がないな。

でも俺の表情を見て、何か感じ取ったのかも知れない。

流石は戦闘メイドだと納得させられる。


「えぇ、二人ともただいま。アリアが心配で早めに帰ってきたわ。ターニャ、口元にクッキーの粉が付いてるわよ」

「ルゥ様・・・・・・?」

「え、えっ!と、取れたのです?」


俺の話し方が違うから不自然に思うアリアと、口を拭うターニャ。

二人にもちゃんと説明しないとダメだな。

でもそれはナガレとの話が終わってからだ。


「今からナガレさんと二人でお話するわ。悪いけどリーリャの面倒を見ていて頂戴」

「畏まりました。リーリャちゃん、あちらで遊びましょう」

「ターニャ、お花の冠作るの得意なのです!」


メイド二人はリーリャの手を優しく導きながら歩いて行った。

そんな光景を見て温かいなと思ってしまう自分がいる。


「良いメイドに恵まれてますね」

「そうね。勿体ないくらい良い子達よ。さぁ、テーブルへと向かいましょう」


俺とフード男のナガレは少し離れたテーブルへと向かった。

手馴れた手つきでカップに紅茶を注ぎ、椅子を引いてどうぞと会釈するナガレ。

この男もまた気遣いがなってるな。いや、ワザとやっているのかも知れない。

俺は促されるままに椅子に座った。

ナガレも対面して座って紅茶を一口飲み、深々と被っていたフードを脱いだ。

ナガレは両眼を帯で隠していた。これでは全く視界が塞がれていて見えないだろう。

よく見るとアリアと同じく黒髪で猫耳がある。

黒猫族で間違いないだろう。


「真実の瞳について、でしたね。あれは世界五大秘眼の一つです。千里眼、獅子王眼、壊帰眼、龍星眼、双精眼──その中で獅子王眼は己の真実を表に出し、真価を発揮すると言われています」

「私が受け取ったのは眼球だったわ。一体誰から抉り取った眼かしら?」

「世界樹の契約者『騎士王』と呼ばれた男の眼です。つい先日、リーリャが単独で殺したんですよ。そしていつか会う母上様の為にプレゼントするんだと言って眼を抉り箱に入れたのです」


待ってくれ・・・・・・あの少女が一人で世界樹の契約者を殺した?

同じ契約者だったナユタを止めるだけでも、俺達は死者を出したというのに。

それに城に向かう時に会った少女は、まさかリーリャ本人だったのか?変装したって言われれば、信じられるな。


「獅子王眼は何処にあるの?ターニャに預けていた筈よ」

「この箱ですか?ですが中身はもうありません」

「ふざけた事言わないで、中身が消える訳ないじゃない」

「ええ、消えてませんよ。母上様のここに、あるんです」


ナガレは自身の右眼をトントンと人差し指で叩いた。

俺が元々ソフィから貰った壊帰眼は左眼に存在する。そしてナガレは己の右眼を指した。

それが答えだと言うのなら、俺の両眼はどちらも世界五大秘眼だという事になる。


「片眼が壊帰眼、片眼が獅子王眼って事になるけど」

「おや、母上様は壊帰眼もお持ちで?それは素晴らしい!正に母上様らしい強さですよ!」

「獅子王眼の能力は何かしら?壊帰眼は壊す事に特化している分、寿命が縮むわ」

「獅子王眼は全ての自然を感じることの出来る眼です。空気の流れを感じ、自然の声を聞く事が出来る。動物とのコミュニケーションも──つまりは森羅万象を味方につける眼ですよ。デメリットは存在しませんから、ご安心を」


ふふっと笑いながら、ナガレは紅茶を一口飲む。結果的に俺は獅子王眼を手に入れたが、その実感は全くない。

自然の声やら聞こえる事もないし、今の所は扱えないのかもしれないな。

最後にナガレには聞きたい事が一つだけある。


「貴方達は──黒死蝶はどうして私を母の様な扱いをするの?私は貴方達と関わりはないと思うのだけど」

「そうですねぇ。確かに、母上様とは初めて顔合わせをしました。元々私達はカナン様に拾われた子達なのです。そして大切に育てられ、皆が皆大人になっていきました」


ナガレは悲しそうな表情を見せながら、空を見上げる。


「その日は雨が降っていました。大切な母を失った日です。空が泣き、世界に一つの大きな色が失われた厄日。ですが私達、黒死蝶の皆は希望を捨てなかった。まだ幼い貴女が生きてると知ったからこそ、私達は有り続けるのです。どうか・・・・・・母上様、私達に愛を・・・・・・」


目の前で自分に祈る様に手を組んで、頭を垂れるナガレ。これだけ忠誠心があれば何かと利用価値がある。

よし、ならば母上様とやら引き受けるか。


「ええ、黒死蝶の子供達は私が愛するわ。今はどんな活動をしているのか教えてくれるかしら?」

「えぇ!勿論ですともっ!私達、黒死蝶は──」


黒死蝶の活動内容は、主に暗殺や殺害依頼という黒い内容のものだった。

しかしそれ等は全て世界樹繋がりの類らいく、それ以外は受けてないらしい。

今まで殺してきた世界樹の契約者は数え切れないらしく、多くの強敵を屠ってきたとか。

そして今回プラティオ王国の女王であるアリーシャと契約を結び、何かあれば協力すると手を組んだらしい。

アリーシャはきっと他の国を牽制する要因として黒死蝶と手を組んだのだろう。

黒死蝶としても俺自体がプラティオ王国にいる為に留まるつもりで契約をしたと見受ける。


「黒死蝶の本拠地は何処にあるの?住処がちゃんとあるんでしょ?」

「大きな屋敷を女王から貰いましたので、そこに皆が住んでいます。門からの出入りはしてませんよ。皆が転移を使えるので──そうしないと裏社会の人間にバレますからね」


成程な。確かに出入りしてる所を見られたら、狙われるのは明白だろう。

一度、黒死蝶のメンバー全員と顔合わせをしないとな。

そう考えると緊張してきた。きっと全員が俺よりも強く、経験も積んでいる筈だ。

それでも胸を張っていかないとな──舐められたら終わりだと思わないと。


「これからについて話をしましょう。私もこれから学園へ通わないといけないし、暫くは大人しくしてないとね」

「ならば私達、黒死蝶は世界樹の動向を調べましょう。同時に契約者は殺して歩きます」

「・・・・・・貴方達が契約者を殺す理由は?」

「世界にとっていらない存在だからですよ。人は皆、過ちを犯して学ぶ生き物です。それを事前に防いでは、人間は成長しない。世界樹はなくてもいいんです」


うむ、そういう考えを持つか。ちょいと曲がってるけど、道理はついてるな。


「人間の犯した罪は、同じ人間が裁きを受けさせるべきだと私は思います。いつまでも世界樹に頼ってはダメなのです」

「その世界樹が過激になってきてるってのは本当なの?今回の件も含めてだけど」


今回の件とはプラティオ王国王族貴族殺害事件の事である。

ナガレは深く頷き、ため息を吐いた。

どうやら相当面倒事らしい。


「一昨日、ルルファラン帝国で大量殺害事件が起きてます。確かに帝国の貴族が裏で非合法的な人体実験をしていたらしいですが、関係の無い人間まで殺されているんです。それも貴族じゃない一般市民までも」


確かやり方としては酷いな。

殺すのは罪を犯した人間だけにすればいいのに、関係の無い一般市民を巻き込んでの大量殺害事件となると大問題だ。

まさか先日リーリャが殺した契約者って・・・・・・。


「もしかして『騎士王』って・・・・・・そいつ?」

「そうです。リーリャも母上様にこんなにも早く会えたから嬉しかったでしょうね」

「そうなのね。大体話は纏まったわね。私はまた城へと向かうわね。貴方達もここから離れた方がいいわよ」


その言葉に疑問を浮かべるナガレ。

首を傾げて何故です?と言わんばかりに。


「説得するのに大暴れすると思うから、逃げた方がいいって事よ。大陸最強を簡単に言い含める事なんて出来ないでしょ?」

「もしや腕の事を気になされてるので?明らかに龍の匂いがしてますけど・・・・・・」

「獅子王眼と腕のせいで疑われてるのよ。本当に私がルゥなのかって」

「ならこちらにも責任はあります。ムラサメ殿が来ても逃げるなんて事せず、母上様の傍にいますよ」


ナガレは優しく微笑み、クッキーを一口頬張ると俺個人の話をし始めた。

好きな食べ物は何だとか、趣味は何だとか聞かれて、それに対し俺は答えていく。

なんというか・・・・・・話していて次第に警戒心も解けてしまった。

さて、そろそろ城へと向かおう。

カインとナユタに別れも告げなきゃいけないしな。

改めて帰ったら、専属メイドの二人にも新しく家を貰えることになったのを伝えよう。

きっと大喜びするに違いない。


──────────────


一方でプラティオ王国の城内では、ドラゴベール竜王国から来訪したアキナ・ディル・バハムートと数人の使者が、女王アリーシャの前に立っていた。

数十分前、ルゥの事で騒動が起きたが、それも今は静まり返っている。

騎士団長ムラサメは心の中で後悔していた。


(妾は何故あんな風にルゥを疑ってしまったのじゃ・・・・・・屋敷に帰ったらちゃんと聞くとしよう。一方的にこちら側から言ったとて、それは責める事と一緒じゃからな)


気持ちを切り替え、改めて中央の人物を見る。

アキナ・ディル・バハムート。

ドラゴベール竜王国第二竜姫の肩書きを持つ彼女は誰もが息を飲む程、その身に余るオーラを放っていた。


「アリーシャ女王陛下、先の話は承諾して貰えましたか?」

「こちらから二万の兵を出すって話?」


アリーシャが応えるように口を開くと、貴族連中が少しざわついた。

幾ら友好国であるとは言え、自国の民でもある兵を二万も与えていいのかと。

王がアリーシャに変わり、プラティオ王国も他国を警戒しないといけないという状況で、本当にこのような事をしても良いのかと貴族は思っていた。

ムラサメはそんな貴族に対して、冷たい視線を送る。


(結局は自分の身しか考えておらん連中じゃ。兵がおらねば、殺されるのは自分たちじゃからのぉ。まぁ、前の様な腐りきった奴はおらぬから、何かあれば守らねばな。馬鹿な貴族は命さえ助けてやれば、なんでも言うことを聞く。都合のいい奴らじゃ)


そんな風に考えていると貴族達の方から一人、挙手をしている人物がいた。

何やら意見がある様子で、モルドレッド宰相は彼に発言する事を許可する。

貴族達の前に立ち、アリーシャに顔が見える様に彼は移動した。


「アリーシャ女王陛下。周辺諸国は現在、何やら不穏な動きを見せております。確かにドラゴベール竜王国は友好国──助けたい気持ちは分かりますが、二万は多すぎます」


彼の言葉に対し、貴族達がそうだそうだと声を合わせる。

それに対してアリーシャは頬に手をつきながら、大きく溜息を吐いた。


「二万が多すぎる?友好国が危険な目にあって尚、多すぎると貴方は言いたいのですか?」

「い、いえ。私は──」

「人の心がない方ですね。これからも長い付き合いになるのですから、助け合いはしないとダメでしょう」


アリーシャはアキナに顔を向けるとにこやかに笑う。


「倍の四万をドラゴベール竜王国に向かわせます。暫くは周辺諸国もこの国を攻めようなど思わない事でしょう。それに埋め合わせはちゃんとしたでしょう?星焔の魔女──彼女は四万の兵の埋め合わせには余るぐらいの人材ですよ」


アリーシャの言葉を聞いて、前に出ていた貴族は跪きながら震えていた。

この後、女王たるアリーシャに何を言われるのか恐怖しているのだ。

アリーシャに楯突いた人物は皆、何かしらの罰を受ける。


「何をしているのです。他にも何か意見する事でもありますか?それとも怖がってるのですか?」


貴族の男はビクリと体を震わせ、いかにもという態度を見せた。

それを見てアリーシャは鼻で笑う。


「そんなに怖がらないてもいいですよ。もう虐めたりしませんから。分かったら早く戻りなさい」


数十分前、星焔の魔女にお灸を添えられた彼女はいきなり態度を変えた。

その発言と行動に、貴族の連中おろか騎士達までもあっけらかんとしてしまう。

数人程はこれからは恐怖に貶められないだろうと安堵した。

この後、城内で星焔の魔女を陰ながら支援する派閥が出来ることを当本人はまだ知らない。

前に出てきた貴族はお辞儀をして貴族達の集まる方へと向かって行った。


「アリーシャ女王陛下。この度の支援に誠に感謝します。先程、声に挙がった星焔の魔女様はどちらに?」

「分かりません。用があるとかで、すぐにお帰りになりましたからね」


アリーシャの言葉を聞いて、アキナは少し寂しそうな表情を見せた。

元は世界樹の駒だったとはいえ、自国の王になる存在を救ってくれた恩人に顔合わせも出来ない事が嫌なのだろう。

アリーシャはモルドレッドに手で指示をすると、咳払いをして口を開いた。


「これにて謁見を終了とする。プラティオ王国軍将校、上級貴族、上級騎士の皆はこの後に少々の宴会を用意してある。ゆるりと楽しまれよ」


モルドレッド宰相の言葉が終わり、用のない騎士や貴族等は各々帰って行った。

兵士に関しては皆、将校の為その場に残っている。

城に務めているメイドや執事達が大慌てでテーブルやら椅子を用意し、酒や食事等を持ってきて暫くした後にささやかな宴会が始まった。


─────────────


城へと俺が着いた頃、城門からぞろぞろと人混みが出てきていた。

見るからに貴族だろうと分かっていた為、俺は手を挙げたり頭を下げたり。

すると一人の男性が近づいてきて、へこへこと頭を下げてきた。


「魔女様っ、貴女のお陰で女王陛下はお変わりになられました!本当にありがとうございます」


ん?何か変わった事でもあったのだろうか。

よく分からないが、気にしないでと言葉を返すと、また顔合わせに来ると言って別れた。

うん・・・・・・もしかしてだけど、ちゃんと飴と鞭を使い分けるようにしたのかな。


「どうやら謁見は終わった様子ですね。貴族達が屋敷に帰るそうです」


俺の隣で状況を確認してくれたナガレ。

今は猫耳を隠すようにフードを被っている。

どうやら黒猫族は本当にバカにされるらしく、信頼している人達にしか猫耳を見せない。


「それでも行くわよ。ちゃんとお別れしないと。それにムラサメの誤解を解きたいの。家族だし」

「気持ちは分かります。何かあっても隣にいますから、思う存分に貴女のしたい事をやってください」


優しい声を掛けられながら、二人で謁見の間へと向かった。

今頃は国のお偉いさん方が皆、酒を楽しんでいる事だろう。


─────────────


謁見の間を守護する騎士達に声を掛け、入れて貰えるようにしてもらい中に入ると、予想通り宴会がそこでは行われていた。

酒を楽しむ者や談笑する者がいて、自然と嫌な空気は感じられない。

しかし、突然俺が現れた事で注目を浴びてしまっている。

いきなり出てきたのは不味かったかな。

ポリポリと頬を搔くと、城務めであるメイドが飲み物を持ってきてくれた。

しかし明らかに酒の匂いがする。

受け取るのに躊躇していると、ナガレは苦笑した。


「酒は苦手ですか?」

「飲むのが初めてなのよ。少し不安だわ」


この会話を他の皆が聞いていたのか、中には微笑む人達も見える。

しかし未成年飲酒になるのではないのか?まだ俺は十二歳で、本来なら飲めない歳である。

と普通なら考えてしまうだろうが、この国ひいてはこの世界ではそんなルールは存在しない。

つまり飲んでも許されるという訳だ。

ナガレはメイドにアルコール度数が低い物を持ってきてと指示をして、改めて酒を持ってきてもらった。

香りや色なんかが、テレビとかで見た梅酒にそっくりであるその酒を、ナガレは二つ両手で持ち片方を俺へと渡してくる。


「初めてですから、この一杯でやめときましょう。飲みやすい酒ですから、悪酔いしてしまいます」


注意を促しながら教えてくれるナガレは、酒の香りを楽しんでいた。

そんな時、後ろから声を掛けられ振り向くと、そこにはこの国の騎士団長が酒を片手に立っていた。

少々気まづいが、それでもこちらに来てくれたのは嬉しい。


「別に悪酔いしてもよかろうに。酔って立てぬと言うのであれば、妾がぎゅっとして屋敷に持ち帰る故のぉ。初めて飲むなら大いに飲みまくって楽しむが良い」

「それもそうですが・・・・・・まぁ母上様にお任せしますよ」

「飲みすぎない程度に楽しむわ。ナガレ、ムラサメと話があるからちょっと席を外してくれるかしら」


ナガレは頷くと、なんとアリーシャの方へと歩いていった。

アリーシャは玉座に座り一人寂しく酒を飲んでいたが、ナガレが来るとにこやかな笑顔を見せて顔を合わせていた。

ナガレは女王陛下にも顔が効くのだろう。

普通であれば、王たる存在に容易には近づかないからな。

さて、此方としてはムラサメと仲直りしたい所ではあるのだが・・・・・・。

俺はムラサメを連れて隅にあるソファーに移動し、腰を掛けた。

チラッとムラサメを見ると、気まずそうな表情を浮かべていた。

俺がムラサメの立場でも同じ表情をしてしまうだろう。


「その、申し訳ないと・・・・・・思っておる。つい気持ちが先に出てしまってのぉ。大切な家族が嘘をつく訳ないのに・・・・・・」


いつもはピンっと元気よく立っているケモ耳も萎れた花のように下を向いている。

こんなムラサメは見たくない。可愛く元気のある彼女が好きなのだ。

こんなくだらない勘違いでギスギスしたくない。

俺はムラサメの手を優しく包むと、頭を無理に膝の上へと持っていった。

体勢的に言えば、膝枕である。


「ふぇ!?る、ルゥ!お、お主いきなりなんじゃ!?」


起こったことに頭が追いつかないのか、ムラサメは驚いていた。

しかし俺はそんな事を気にせず、彼女の頭に手を乗せ獣耳の間(絶対領域と何故か呼んでいる)を撫でる。


「ムラサメは優しい。謁見の時、私の身に何かあったんじゃないかと心配してくれたのでしょう?だからあんな風に言ったのだと、私は思ってるわ」

「うぅ・・・・・・その、撫でるのは止めるのじゃぁ。目立ってしまうのでな、あぅ・・・・・・」

「止めるつもりは無いし、疑った罰だと思えば気が楽でしょう?」


そう言いながら俺はムラサメの髪をなでなでしまくる。

ムラサメ自身も言葉では拒否を示しているが、本能が喜んでいるとハッキリ主張しているのだ。そう──尻尾をバタバタと振りながら。

こういう所が可愛くてしょうがない。

でも俺としては素直に喜んで欲しいものだ。

暫く撫で続け、十分楽しんだ所で止めるとムラサメは体を起こした。

ぷるぷると震えながらモジモジとする姿は、なんとも可愛らしく歳なんて感じられない。

いや元々の見た目から実年齢なんて分からないけども。


「わ、妾は、王に話があるのでな!ちょ、ちょっと行ってくるのじゃ!」

「はい、行ってらっしゃい。あまり迷惑を掛けないようにするのよ?」

「妾は子供じゃないもんつ!」


そう言ってパタパタと駆け足で走って行った。

ムラサメが放った最後の台詞を脳内で繰り返すと、クスッと笑いが込み上げてくる。

一人になった俺は周りを見ながら、ちびちびと酒を飲んだ。

皆楽しんでいるのか、演奏組が奏でる音楽に身を任せて踊っている。

その中にカインとナユタの姿もあった。

カインは騎士服だが、ナユタは可愛らしいドレスに身を包んでいた。

可愛らしくも愛らしい彼女にピッタリのドレスである。


「隣、よろしいでしょうか?」


凛とした声が俺の視界を塞いだ。

静かで落ち着いていて、ナユタと同じ雰囲気を感じさせる。

蒼色のサラリとした髪はウルフカットで、一目引くのは耳に身につけているピアスだろう。

一つとは言わず、何個も着けているのだ。


「ええ、良いわよ」


短く答えると、軽くお辞儀をして彼女は隣に座った。


「ターニャは元気にしていますか?」

「ええ、元気いっぱいで有り余るぐらいよ。後、腕の件について感謝するわ。どういう意図かは知らないけど、片腕がないのは辛いもの」


ターニャの事を口にした時点で隣にいる彼女がアキナ・ディル・バハムート本人だとすぐに分かった。

アキナは俺の言葉を聞き、ホッとした表情を見せ優しく笑った。

アキナにとってターニャは心配のタネの一つなのだろう。

過去に色々と持ち合わせ、メイドになりながらも虐められるとなると心配にもなる──俺自身がアキナでも同じく心配するだろう。


「腕の件については今後、貴女の活躍に期待しているから──投資みたいなものです」

「期待に添えたら言いけれど・・・・・・出来るだけ頑張るけど」

「ターニャは心配で心配でしょうがないですね。でもルゥ様の下でなら、安心もできます」


アキナは中央で踊るナユタとカインを見ながら酒を飲み始めた。

俺とはまた違う種類の酒だろうか。

俺が飲んでいるものより、香りが甘いしアルコール度数が高そう。

この歳で・・・・・・あぁ見た目よりも歳を取っているんだっけ。


「龍酒が気になりますか?一口、飲んでみます?」


俺は頷き、恐る恐る渡された飲みかけの酒を飲んだ。

・・・・・・ん、んん?んんん!?


「うまっ!」

「わぁぁっ・・・・・・う、嬉しいです。その龍酒は私で作ったものなので、何だか照れますね」


いやとてつもなく美味い!

口にする前の香りは甘く、しかしベタに甘いという訳ではなく凛とした甘さ。

飲んだ瞬間に口に広がっていくまろやかな味わい。

さっきまで飲んでいた梅酒みたいな酒より、断然にこっちの方が良い!

自然ともう一口、飲んだ瞬間に違和感を覚えた。・・・・・・今アキナはなんて言った?


「私で、作った??」

「は、はい。自分の体液を使ってですよ。龍酒は竜人族の体液で作るんです。でも嬉しいです!初めて飲んでくれた方が貴女で、しかも褒めてもらえるなんて・・・・・・ルゥ様に初めて捧げちゃいましたね」

「ぶふぉっ!!!!」

「ル、ルゥ様っ!?どうされたのですか!?」


えええええええ!!龍酒ってそんな作り方なん!?!?

体液って汗とか唾とか、そういうもんでしょ?

つまり──これを飲むという事は、アキナ竜姫という高貴な女性の汗と唾・・・・・・。

ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!えっち!すっごくえっっっっち!!


「こほっ、えほっ・・・・・・ごめんなさい。その、汗とか唾とか・・・・・・そういうので作るわけ・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・エッチな汁で作ります」

「何も聞かなかった事にするわ」


とりあえず落ち着いて、龍酒をアキナへ返した。

エッチな汁って、性行為した時の『すっごい濡れてるね♡』のやつでしょ!?自慰行為でも出てくるけどさ!?

え、え??つまり彼女が感じまくって出てきた汁を飲んだって事だよな。


すぅー、もう深く考えるのやめよ。


────────────


宴会が終了し、皆が帰り支度をしている。

城勤めのメイドや執事は忙しそうに後片付けに追われていた。

そんな中、俺の前にナユタとカインが歩いてきた。

結局、宴会の途中で話すことは出来なかったから今しかない。

二人はすぐにでもドラゴベール竜王国に行ってしまうらしいからな。


「ルゥちゃん」


そう俺の名を呼ぶナユタは優しく抱きついてきた。

この子特有の抱き心地も、暫くは味わえない。


「全部聞いたわ。あっちで王として頑張りなさい。困った時はいつでも手紙を寄越してもいいわ。会いたいならすぐにでも飛んでいくから」

「ありがとう。ルゥちゃんに──皆に助けて貰って、またやり直せるチャンスまでくれた」


ナユタの抱きしめる力が強くなる。

そしてちょっとずつ別れが惜しいのか、彼女は静かに泣き出した。気持ちは凄くわかる。

でも自分で決めた道なら、迷いはないだろう。

それにナユタはしっかり者だから、きっと大丈夫。


「ナユタ竜王陛下、そろそろ出立のお時間です」


カインとナユタの傍に、一人の男性か近づきそう告げた。

それに対してカインは徐ろに嫌そうな表情を見せる。

仕方ないだろう。この男性は俺達の関係なんて知らないんだから。


「すまないが、この方はナユタ竜王陛下にとって大事な人なんだ。幾ら時間が押してるとは言え、無下には出来ない。何か問題があるなら俺が対処しよう」


眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌だとその顔から見て取れるカイン。


「い、いえ!結構です!・・・・・・す、すいませんでした。少し時間が遅れるよう、伝えておきます」


男は背筋を伸ばし、すぐに戻って行った。

その後ろ姿を見てカインは深いため息を吐く。

カインも気の利く男で素晴らしい──気を張りすぎて疲れてそうだが。


「ありがとう。カインはあっちに行ったら、役職とかあるかしら?」

「えぇ、竜王国軍の将校になります。階級は大佐、参謀長を任せられる予定です」


わぁお、これは素晴らしい事で。

でも流石に参謀長だからといって階級は将ではなかったか。

それもそうだろう。いきなり来て我、将軍ですなんて周りからしたら「は?」って感じだからな。不快感を覚える奴もいるだろう。


「危機に瀕した時、迷わず私を呼んでもいいわ。手紙でも何でもいい。兎に角、自国を守る事を優先しなさい。かと言って命を投げ出すのはダメよ。私が一番怒る様な事だから」

「・・・・・・ルゥちゃん」

「お言葉、痛み入ります」

「さて、そろそろ時間でしょ?待ってる人達もいるんだから──」


次の言葉を告げようとした時、ナユタは思いっきり抱き着いてきた。

やっぱり別れが惜しいのだろう。それは俺も一緒で、出来れば学園に一緒に行きたかった。


「甘えん坊さんね。そんなんじゃ、王様なんて務まるの?しょうがないわね・・・・・・よしよし」

「ルゥちゃん、私達・・・・・・もう家族じゃない?お別れするから、離れ離れになるから」

「何馬鹿な事言ってるの?離れていても家族だからこそ、繋がっていられるのよ。勿論、カインも家族だからね!二人とも、大好きな家族なんだから、行ってらっしゃい。振り返ってもいいけど、皆を引っ張って行きなさい!」


俺がそう言うと、二人は深く頷きナユタは俺の頬に軽くキスをした。

そして驚く事に、カインがハグをしてきたのだ。え、そんなキャラじゃなかったのに。

でも俺は受け入れた。ナユタを最後まで守ってくれと小言で伝えると、決意のある瞳を向けてくれた。


そして、別れの時──二人は謁見の間を後にした。心の中に残るこのザワついた感情はなんだろう。

本当は行って欲しくない、ずっと傍にいてという本心が表に出てきそうで。

でもそれをしょうがないという言い訳で押し込んでいるからこそ、こんな感情を抱いてるんだと思う。

でも人の生き様は、未来はその人が決める事だろう。

そうやって人間は成長していくんだ。


「行って、しもうたのぉ」


ぽんっと俺の肩に手を置いて、二人の背中を眺めるのはムラサメだ。

彼女にとってカインはかけがえのない存在であり、失う事の出来ぬ人物だっただろう。

ムラサメも心の奥底で、悲しんでいるはずだ。


「騎士団の仕事、大変よね。カインもいないし、代わりの人は?」

「暫くは見つからんじゃろ。実力はあれど、妾が信用出来ぬのであれば使えんのじゃ」

「学園に通うまで数ヶ月あるわ。その間は臨時で引き受けるわよ?」


そう告げると、ムラサメの表情は一気に明るくなる。それにしっぽが凄い勢いでぶんぶんと揺れていた。


「ほ、本当か!!ルゥと一緒に仕事ができるのか!?数ヶ月と言えど、妾は嬉しいぞ!大好きなのじゃ!」

「おぶっ、おっぱいで潰れるから・・・・・・ちょっと柔らかくて気持ちいいけど」


抱きつかれたが、ムラサメの胸の感触を味わえたから許そう。

そろそろ屋敷に帰ろうか。俺達も歩み出さないとな。


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あ丶神様、どうして俺を美少女なんかに・・・・・・ うちゅまる @Yohata_wanko

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