第18話 アッシュ、カナンとの別れ
青空広がる快晴。
雲ひとつなく、青一色に染められる空を小鳥たちは嬉しそうに舞っていた。
頬を掠める微風が心地好くて、ついつい眠ってしまいそう。
かなりの時間寝たというのに、俺は何を思ってんのやら。
「馬車で行けば早いんじゃろうが、まぁ景観を見るのも悪くないし、歩いてみるのも良いと思ってのぉ。ここは貴族地区、王城を円で囲むように出来ておる。まぁ一般庶民はあまりに目にはせんのぉ。顔を合わすのも貴族ばかりじゃ」
ふわふわとした狐耳を揺らしながら、声色を弾ませて教えてくれる。
プラティオ王国、そしてベルノサージュ大陸最強と謳われる存在で名をムラサメ。
はじめて会った時は小さな体であったが、プラティオ王国王族貴族殺害事件を境に大人の姿で過ごしている。身長は成人女性と同じぐらい。
まろ眉に少しタレ目な瞳、均等の取れた顔立ちは美人過ぎると言われても全く変ではない。
寧ろその言葉がムラサメには合っている。
「しかし、ルゥは本当に綺麗で可愛らしいのぉ。何を着ても似合うのは、ある意味で罪と言えるのじゃ。そうじゃ、この上着を羽織っておくが良い」
ムラサメは後ろから俺の肩にベージュ色の上着を着せてくれた。
でも着る必要あったのか?イマイチ意味が分からないけど、まぁ嬉しいし良いか。
「どうしてもサマードレスだけでは斬られた左腕が露わになってのぉ。皮膚で塞がっているとはいえ、断面を見られてはいい気にはならんじゃろ?いずれ義手は用意してやるから、それまであまり晒さない事じゃな」
「だから上着、着せてくれたんだ。本当に優しいね、ムラサメは。そういうところ、好きだよ」
「ばっ・・・・・・す、す、す、す・・・・・・っ!ルゥ、妾だけにするのじゃぞ?そ、そのぉ、好きだってこんな風に、言うのは」
車椅子に乗っていてムラサメの表情は見えないけど、でも声だけでかなり恥ずかしがってるのが分かる。
最初は物凄く強い存在で、取っ付き難いかなぁと思っていたが、そうではなく単に可愛らしい子である。
それに「妾だけにするのじゃぞ?」という独占したい欲ダダ漏れな所も可愛いポイントだろう。
要は他の女には可愛いと簡単にホイホイ言うなという意味でもある。
「そ、そこにいるのは・・・・・・ルゥ殿?!もう外へと出ても良いのですか!?」
前から見知った人物が顔を見せる。
回復魔法という、特殊魔法を扱うこの国の騎士団副団長のカインである。
かなり驚いた表情で俺の顔を見ていた。
「うん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね、カイン」
「お主は何をしておったんじゃ?急いでたように見えるが」
よく見るとカインの額には汗が見えていた。
なにか急用だったのだろうか。
「い、いえ。ルゥ殿が目覚めたと聞いて、急いで顔を見に行こうとしていたんです。私たちを最後に逃がしてくれた恩師ですし、一時とはいえ共に戦った戦友ですから」
ニコリと笑いながらカインはそう言った。
カインは女受け良さそうな顔をしている為、今の笑顔で大体の女性は黄色い声を上げそう。
イケメンってある意味、大変だよな。
「カインもアッシュに会いに行かない?まだ私は別れの挨拶をしてなくて、今向かってたんだけど」
「ええ、お供致します。私もあの男には感謝してますし」
「のぉ・・・・・・カイン。お主、そんなに緊張などせんくても良いじゃろ。戦友なんじゃろ?ならば壁なんて作ってどうするのじゃ」
「いやしかし、私はこういうのはちゃんとするべきだと──」
「私は砕けた感じのカインも見たいなぁ」
──にっこり。
「・・・・・・ぐっ」
子供の笑顔って強い武器になるのは分かっている。
だからこそ満面の笑みをカインに向けた。
一方でカインは眉をビクつかせている。
そんなに自分を見せたくないのか?俺って外見こんなんだけど、中身男だぜ?いや分かるわけないか。
「わ、わかりました。しかし敬語は抜けませんよ。小さい頃から友にも敬語でしたし、それだけは治りません。まぁ一人称とかは変わりますけど。改めて、俺の名はカインです。・・・・・・よろしくお願いします」
「うむ、それで良いのじゃよ、それで。でもナユタも来て欲しかったのぉ。あの子もあの場にいたし」
確かに、ナユタもいれば事件の時のメンバーが揃う。
皆でアッシュに会いに行きたかったな。
「呼ばれた気がしたから、来た」
「うおっ!」
カインの後ろからひょこっと顔を出したのは、なんとナユタだった。
タイミングがバッチリだったし、本当にいい所に来たな。
いきなり声を出すからカインもびっくりしていた。ムラサメはニコニコと笑っている。
「カイン兄さん、久しぶり。会いたかった」
ナユタはそういうと、カインを後ろから強く抱き締めた。
「屋敷を移動してそんなに日は経ってないでしょう?そんなに会いたかったんですか?」
「うん、会いたかった。カイン兄さん、なでなでを所望する」
「はいはい。甘えん坊さんですね、ナユタは」
「好きな相手だけに甘えるの。ルゥちゃんとかムラサメとか」
カインがナユタの頭を撫でながら、そんな会話をしている。
傍から見ると、兄妹みたいでちょっといい雰囲気が出ていた。まぁベタベタし過ぎたとはおうけど。
でもでも、どういう関係なのよこの二人?
しかもカインの事を兄さんって呼んでた。
俺が二人を見ているとムラサメが耳打ちしてくる。
(カインが回復魔法でナユタの命を繋いだのを、本人はしっかりと覚えておったんじゃ。目覚めてから直ぐにカインを探して、見つけた瞬間に兄さんと言って抱きついたんじゃよ。可愛いのぉ)
(成程ね・・・・・・カインも隅に置けないねぇ)
(実際の所ナユタはカインの事は兄としてではなく、男として見ておるらしいぞ?つい最近、恋バナを咲かせた時に聞いたので間違いなしじゃ)
(あらぁ、・・・・・・歳の差って感じで良いじゃん。幸せになって欲しいねぇ)
──ニヤニヤニヤニヤ。
俺とムラサメ、二人して顔をニヤつかせて二人を見ていた。
でもちょっとだけ羨ましい・・・・・・。
だって好きな相手が会える距離にいるのだから。
俺も愛する人──じゃなくて神様に会いたい。
今頃はソフィはどうしているのだろうか。
ピンクブロンドの髪を撫でてあげたくて、うずうずしてしまう。
(ルゥ。もしやああいうの、憧れるのか?)
(私には愛する人がいてね。その人は手の届かない場所にいるの。でもお互いに愛してるから、余計寂しくなっちゃう)
(・・・・・・・・・・・・)
ムラサメからの返事は沈黙であった。
まぁこんな会話してても、余計に寂しさが増すだけだ。そろそろ行こうか。
逝ってしまった英雄に、ちゃんとした別れの言葉を伝えないと。
未だにイチャコラしてる二人を止めるように、俺は声を上げる。
「さぁ二人とも、イチャついてないで行くよ!
兄弟仲良いのは後で沢山出来るからね」
「そうじゃぞ。まぁ妾としてはイチャイチャの更に上を行って欲しいがのぉ」
「上・・・・・・?具体的教えて」
「良いじゃろうナユタよ。そう、つまりはセック──」
「団長殿っ!!それ以上言わせませんよ!!」
イチャイチャの上がセックスなんてありえないでしょ。
と、ツッコミを入れたかったがスルーしておこう。
──────────────
──プラティオ王国英雄墓地。
プラティオ王国内で功績を残した者、英雄等が人生を謳歌した後にこの場所へと埋葬される。
世界的英雄である母──カナン・ガ・エンドロールもプラティオ王国出身の為、ここに埋葬されている。
ちゃんと一人一人、名が彫られた墓石が並べられているのだ。
そして死後の世界で、英雄達にゆっくり休んで欲しい気持ちを込めて、墓地にしては華やかな花達が風に揺られている。
「ここに・・・・・・アッシュが眠ってるんだね」
綺麗に整えられ、太陽の光に反射する墓石にはアッシュ・ノートマンと名が彫られていた。
未だに脳裏に焼き付いている最後の言葉。
その言葉には立ち止まるなと、ハッキリとした意思が篭っていた。
勿論、立ち止まるつもりはない。
前に進み続けないと・・・・・・先ずは自分のやりたい事を見つけないとな。
「槍使いの男・・・・・・惜しい人間を失ってしまったのぉ。妾が教育すれば、強き男になっていたじゃろう」
「彼はもう帰らぬ人。でも生きていたのなら、
俺は彼と本当の意味で友になりたかった」
「世界樹に操られた私と、少しでも剣と槍を交える程に強かった。三百年生きた私とやれるのは凄い。でも・・・・・・会えないのは悲しい」
三者三様。
期待、後悔、そして悲しみ。
しかし、俺たちが何を言っても届きやしない。
だって相手は死人なんだから。
もう・・・・・・この世にいないんだから。
『んな悲しい事言うなよ〜。お嬢ってば、そんなキャラだったか?ったく、ちゃんと届いてるっつ〜の!』
「・・・・・・え、アッシュ!?」
「ど、どうしたんじゃ・・・・・・いきなり叫びおって」
「アッシュの声が、聞こえるの!」
これは間違いない!ちゃんとアッシュの声だ。
何処に、何処にいるんだよ!
死んでないのなら・・・・・・顔を見せてくれ!!
そう心の中で訴えたが、それからは何も聞こえない。
そうか・・・・・・きっと幻聴だったんだろう。
寂しいから、自分で妄想してしまったのかもしれない。
『俺の願いは一つ、その寂しさや悲しさ、後悔を埋めてくれる大切な仲間を作れよ。後な・・・・・・お嬢のおかちゃんも言いたいことあるとよ』
また確かにアッシュの声が聞こえた。
落ち着いた声で、死者の願いを自ら言い放った。大切な仲間ね・・・・・・頑張るよ。
後は・・・・・・お母さんの話か。
ムラサメに案内してもらい、母の墓の前まで車椅子を押してもらう。
目の前に来た瞬間、アッシュとは違う声──優しく、温もりを感じる声が脳に直接話しかけてくる。
『いきなりこんな事になるなんて・・・・・・大変だったでしょう?左腕は無いし、今後が心配だわ・・・・・・』
「でも見守ってくれてるんでしょ?ママが傍に居てくれると思ってるから、大丈夫だよ」
『そう・・・・・・流石、私の子ね!これなら励ましの言葉も要らないわね。うんうん、ママは何時でも傍にいるから存分に楽しみなさい!なんたってママの子なんですもの。・・・・・・何時までも愛してるわ、愛しのルゥ』
そう言って次の言葉はなかった。
視線に入るのは墓石なのに、何故か満足気を感じてしまう。
そして、自然と口が動いた。
「私も愛してる」
微風に髪をなびかせながら、そっと呟いた。
ムラサメに用意してもらった花束を、二人の墓の前に置いて黙祷を捧げる。
長い間、瞳を閉じていて開けると周りにはムラサメ達がいなかった。
空気を読んで席を外してくれたのだろう。
事件の事を振り返っていると、後ろから声を掛けられる。
「そこにおるのは、魔女様かのぅ」
その声には聞き覚えがあった。
初めにこの国に来た理由は、偽装の冒険者カードを手に入れる事だった。
そして出会った人物──自らをガイ爺さんと名乗り、この人こそが偽装カードを作る人物でもあった。
そして・・・・・・アッシュの家族でもある。
「ガイ爺さん・・・・・・ごめんなさい。アッシュは私のせいで」
「気に病むことはないのじゃよ。大義であったと儂は思うておる。それと、儂からこの子を返さねばならぬのぅ」
『キュイ!キューイ!!』
「わぁ!スゥーちゃん!」
ガイ爺さんの後ろからいきなり俺の胸に飛び込んできたスライムの塊。
スライム型アグニで俺のペットのスゥーだ。
城での一件以来、俺は気絶してしまって行方知らずだったが、ガイ爺さんが保護してくれていたみたいだ。
スゥーは余程俺と会えて嬉しいのか、膝の上でぴょんぴょん跳ねていて可愛い。
「ありがとう!この子を保護してくれて。そういえばあの時、馬がいたけどその子も無事?」
「無事じゃよ。その馬も魔女様について行きたいようでのぅ。ほれ、走って来よった」
蹄の音を響かせながら、馬は目の前まで来た。
車椅子に座っている俺の前で、馬は頭を下げる。
恐る恐る手を出して、触れた。
少し硬いが、馬毛の感触が手に伝わってくる。
アッシュが残した生きた証でもあるんだ。
名前ぐらい付けてやらないとな。
「この馬は雌じゃからのぅ。大切にしてやって欲しい」
「勿論、大切にします。・・・・・・フィーって名前、どうかな?」
『ブルルルゥ!』
「え、喜んでくれたの!良かったぁ・・・・・・嫌な名前だったら、どうしようかと思ったよ」
俺は仲良く出来そうで安心した。
心が通ってるのかどうかは分からないが、なんとなくスゥーやフィーの伝えたい感情が分かる。
俺がスゥーとフィーを撫でていると、ガイ爺さんは満足そうに笑顔を見せた。
「儂はこれで失礼するのぅ。今となっては偽装カードなど要らぬじゃろ?まぁ必要になったら声を掛けなさい。それでは・・・・・・」
そう言ってガイ爺さんはその場を去っていった。
元々はアッシュに顔を見せに来ただけなのかもしれないな。
「ありがとう」
俺はガイ爺さんの背中が見えなくなるまで、目を離さないでいた。
さて、ムラサメ達を呼んで屋敷に帰ろう。
これからについて話をしたいしな。
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