第16話 ルゥ・ガ・エンドロール


その日、プラティオ王国内の人々は騒がしく動いていた。

王城の一部がくり抜かれるように自然消滅、城内は数え切れない程の死体。

そして王族ならびに関係する貴族らが皆一同に殺されるという前代未聞の事件。


「号外!号外だよぉ!」


若き少年が王都の一角で新聞を配っている。

その新聞を買い、フードを深く被った二人組がいた。

一人は背の小さい子供で、もう一人は成年の女性。

新聞の見出しには『プラティオ王国堕ちる!?

王族貴族殺害事件!!』と書かれてきた。

それを見た女性は震える声で背の小さい子供に声を掛ける。


「アリーシャ様、城へ急ぎましょう」


アリーシャとメイドのアリアはルゥの小さな家から王都へとやって来た。目的はルゥの捜索である。

すぐに戻ってくると言っていたルゥは既に一日間戻ってきておらず、心配になって来たのだ。

しかし現実が待っていたのは家族の死。


「でもルゥ様は・・・・・・」

「ルゥ様は約束を破る人には見えません。それよりもこの国には王がいないのです。国民も皆一同に混乱している事でしょう」


事実、平民よりも貴族が混乱に陥っていた。

王族に関係している貴族が殆ど殺害されたのだ。

残された親族はこれからについて頭を悩めるであろう。


「だからこそ、残されたアリーシャ様が光とならなければなりません。この期に及んで王になりたくないと我儘は言ってはダメです。それが王族としての・・・・・・国民の導き手たる者の責務です」


ハッキリとアリーシャの眼を見ながらアリアは王族としての在り方を伝えた。

アリーシャは王位継承権争いに巻き込まれた事から、王族を抜けようとそう考えていた。

ルゥからも別に帰らなくてもいいんじゃないか?と言われ尚更にその気持ちが膨らんでいた。

しかし突然に起こった今回の大事件。

それがどれ程までに酷いものなのか、アリーシャでも想像ができる。

だからこそだろうか、アリーシャは深く頷き城の方へと体を向ける。


「取り敢えず、国民を落ち着かせないと。後は私自身の声明を発表して、これからどうするかについて今対応出来る貴族と緊急会議。被害を受けているのは城だけだから、それの復旧もしないと。後は──私が王に即位する」

「アリーシャ様・・・・・・覚悟を決められたのですね」

「アリア、私・・・・・・貴女を頼らずにやってみたい。何時も傍にはアリアがいて、何かと助言をくれていたけど・・・・・・私だって王になるんだもん。だからアリアには──」

「ルゥ様の捜索、ですね?」


アリーシャの成長ぶりにアリアは心嬉しく思った。

だからこそアリア自身も何か出来ることはないかと思った時、ルゥを見つけだす事を思いついたのである。


「ごめんね。普段は弱虫なのに」

「関係ありません。アリーシャ陛下の成長を見れて・・・・・・嬉しく思います。さて、お急ぎ下さい。皆が陛下を待ってますよ」

「えへへ、陛下だなんて・・・・・・まだ王になってないよ?」


ニコッと笑い、パタパタと城の方へと走って行くアリーシャ。

その姿がアリアには雛鳥が大きく空を羽ばたこうとする様に見えた。

自然と瞳から一粒の雫が頬を伝う。


(私もルゥ様を見つけないと・・・・・・アリーシャ陛下が私をもう必要としないのならば、ルゥ様に仕えても良いかもですね♪)



──────────────



王都貴族地区にある大きな屋敷の庭に設けられたベンチに横になっている人物がいた。

ブロンドの髪に青い瞳、均等のとれた顔立ち。

名はカイン。若くしてプラティオ王国騎士団副団長を務める優秀な人間である。

しかし今、顔から見て取れるのは疲弊しきった疲れ顔。


「・・・・・・・・・この一件、どうも変だと感じるな」


プラティオ王国王族貴族殺害事件に巻き込まれたカイン。

そんなカインは戦闘を行った人物の中でも殆ど無傷であった。

しかしそれ以外は皆大きな被害を受け、この屋敷の部屋で今も休息を取っている。

ならカインは何をしているのかと言われると、何もしていない。

普通ならば、城内にある死体を片付けたりと仕事をしなければならないが、カインは他の騎士に休むよう促されたのである。

最初は断りもしたが、何度も何度も言われた為に心が折れた。


「アッシュという男は死に、団長殿は片目を喪失した。ナユタと名乗る少女は救えたが、ルゥという少女は左腕を失った」


ルゥと別れを告げ、カインはムラサメとナユタを肩に抱えて城を後にした。

その後、応援で駆けつけた兵士に二人を預けてもう一度城へと戻った時、ぽっかりと壁の一部がなくなって夜空が見えていたのだ。

ルゥは左肩から大量に血を流し、カインは急いで自身が扱える魔法を使い治療をした。

その後は落ち着ける場所──カインの自宅であるこの大きな屋敷にルゥ、ムラサメ、ナユタの三人を休ませた。

ムラサメとナユタに関しては既に目が覚めており、屋敷内を自由に行動しても良いとカインは二人に伝えている。

一方でルゥは大量に血を流したせいか、まだ目が覚めていない。

屋敷で雇っているメイド達にルゥの世話をカインはさせていた。


「こんな所におったのか、カイン」

「団長殿。・・・・・・お体の具合はどうですか?」

「お主のお陰で良くなったのじゃ!左眼は失ってしまったが、特に支障はないのじゃよ」


プラティオ王国騎士団団長であり、大陸最強の名をその身に宿すムラサメがカインを見つけ話しかけてきた。

彼女の眼には眼帯が着けられており、もう一生片目は見えない。

そして今まで子供のような声に子供のような身なりであったが、今は違った。

声はお姉さんのようにおっとりとした落ち着いた声。身長は成人女性ぐらいにまで伸び、顔立ちも大人そのもの。

この姿こそ、本当のムラサメの姿である。


「いやーまさか本気を出さないが為に眼を失うとは情けないのぉ。ルゥが城をあそこまで壊すなら、妾も最初から本気を出してれば良かったのぉ」

「後悔、先に立たずですよ団長殿。起こってしまったことは仕方ありません。今はこれからについて考えないと」

「うむ!その通りじゃなっ!」


今のムラサメの状態は常に本気モードに入った体である。その為、本来の姿になっているのだ。


(眼に力を抑える刻印を埋めていたのか?片目を失った事で効力を失い、今の姿になったのなら納得がいく)


カインは改めて彼女、ムラサメを見た。

大人の姿になったムラサメはスタイルが良く、服の上からでもそれは分かる。


「ナユタさんはどうされているんでしょうか。一様、自由にして良いと伝えたんですけど」

「ん、ナユタは食堂で腹を満たしておる。随分と大食らいじゃぞ?」


元気そうでよかったとカインは内心喜んだ。

幼少より天から授かった回復魔法という特殊魔法で救えた命。

カインは戦闘系の魔法は扱えないぶん、回復魔法で皆を癒す事、持ち前の度胸でムラサメに認められ副団長まで上り詰めた。


「しかし、世界樹の動向が気になるのじゃ。昔はこんなに虐殺をするような事はなかったのじゃが、何かおかしいのぉ」

「自分もおかしいと思ってます。昔の世界樹について文献を調べたのですが、どこにもこの様な事件があったとは記されていませんでした」

「世界樹に何かあったのかも知れん。機会があれば、世界樹の巫女を問い詰めるべきじゃな」


カインは体を起こし、空いたベンチにムラサメは座る。

カインは事件後、すぐに王国最大規模の図書館へと出向いて世界樹について調べていた。

世界樹は世界の秩序と安定をもたらす存在で、世界になにかあれば世界樹が動く。

世界樹が動くと言っても世界樹自体は動かず、世界樹と契約をした存在が動くのだが。

戦闘時にナユタは人を殺してきたと発言している為、それなりに殺してきているのだろうが、文献では大量虐殺があったとは記されていなかった。

世界の安定の為に魔王を殺したとか、国を脅かす存在を殺したとは書いてあったのだが、どれも一個人を狙って殺している。

今回であれば、国王だけ殺せば十分だった。

なのにも関わらず王族、貴族、それを守る兵士や騎士は皆殺し。余りにも惨い。


「カイン様っ!大変でございますっ!!」

「どうした?何かあったのか?」


慌てて執事がカイン達のいるベンチへ走ってきた。余程重大な事なのか、息を切らし肩で呼吸をしている。

執事は呼吸を整えると、丁寧な口調で述べた。


「城にて、アリーシャ殿下がお見えになりました。亡き王の代わりにアリーシャ殿下は自身が即位し、王になると言っております。それとお二人にお話があると」

「アリーシャ殿下が・・・・・・生きておられたのか!?」

「まだ若いが大丈夫かのぉ?取り敢えず、妾達は顔を見せに行かねばならんのぉ」

「はい、すぐに馬車を用意致します。御二方は屋敷の前でお待ちください」


そう言って屋敷の中へと執事は向かって行った。



─────────────



プラティオ王国城内にある客室に、アリーシャはいた。

城に着いてからすぐに王へと即位する事を城内にいる者に告げ、今はとある人物を待っている。

城には多くの血痕が残され、死臭が漂ってはいたが死体は片付けられていた。

アリーシャは窓から見えるぽっかりと空いた城部分を見る。


「一体、誰がこんな事をしたんだろう・・・・・・今はその場にいた副団長に聞くしか──」

「プラティオ王国騎士団副団長カイン、並びに団長ムラサメ、入ります」


コンコンとノックの後、アリーシャにとって聞き覚えのある声が扉の向こうからする。

「どうぞ」と短くアリーシャが返事をすると、騎士服を来たカインとムラサメが客室へと入った。


「こうやって話すのは初めてじゃのぉ」

「は、初めまして。アリーシャ・ナナ・プラティオです」


アリーシャは緊張しながらもムラサメに自己紹介をした。

実はアリーシャはまだ政治介入する歳ではない為、騎士団団長であるムラサメとは出会った事がない。

カインとはいつかのパーティーで少し話をしただけである。


「緊張しなくても良いのじゃ。それに王になるんじゃろ?妾と話すだけで恐縮しては務まらん」

「団長殿。まだ相手は子供ですよ?すみません陛下。しかし団長殿の言う事も一理あります。どんな相手であれ、王ならば心揺るがさず胸を張って下さい」


カインの真っ直ぐな言葉にアリーシャは胸が熱くなる感覚を覚えた。

同時に発言から勇気を貰い、二人を見る。

その姿にムラサメはニコッと笑みを見せた。


「我が国の騎士団団長、副団長にお願いがあります。私に・・・・・・力を貸してください」

「うむ、詳しく話を聞くとするのじゃ。立ち話もなんじゃし、座らんかのぉ?王よ」

「えぇ座りましょう。お二人に事件の事も聞きたいですし」


三人は対面するソファーに座り、アリーシャが手を叩いた後、メイドが紅茶なり菓子なりを持ってきて話は始まる。

ムラサメは早速パクパクと出された菓子を食べ、その光景にツッコミを入れたいが我慢しているカイン。

ニコリと笑顔を見せ、アリーシャは口を開いた。


「先ずはお二人に感謝を。この度の騒動、これ程で抑えてくれてありがとうございます。民間にも被害が出ていたらと思うと・・・・・・考えたくもないですね」


その言葉にムラサメは菓子を口に運ぶのを止め、カインは拳を握った。


「自分は・・・・・・ただ傷を負った団長殿達に回復魔法をかけただけです」

「妾は左眼を失い、途中で退場したのじゃ。妾達がその騒動を止めた訳ではない」

「で、では・・・・・・一体他に誰がいるのです?」


アリーシャの頭の中では大陸最強と謳われているムラサメが活躍して殺戮を止めたと思っていた。

しかし本当は違う。この世界に来て間もないルゥという少女が最終的に一人で止めたのである。


「ルゥ・ガ・エンドロール・・・・・・左腕を代償にこの事件を止めたのは、まだ小さい子じゃよ」

「ルゥ、様が・・・・・・っ!!ど、何処にいるの?!ルゥ様は──」


ソファーから身を乗り出し、すぐにでもルゥの居場所を探ろうとしたアリーシャだが、カインが落ち着かせるようにアリーシャを宥める。


「ご安心ください陛下。ルゥ殿は私の屋敷で休養中です。左腕を失い、大量の血を流した為かまだ目覚めません。今はメイド達に世話をさせております」


カインの言葉を聞くと気が抜けたのか、ソファーに項垂れるように座った。


「陛下!大丈夫ですか!?」

「ええ、大丈夫・・・・・・ただ、ルゥ様の事が心配で・・・・・・良かったぁ」

「王とルゥの間柄はどんな関係じゃ?確かに戦闘をしておる時もアリーシャの事を言っておったのぉ」

「えっとですね──」


アリーシャはルゥとの出会いを二人に話した。

他の貴族に命を狙われ、逃げ延びた先で救われたと。

ただの知り合いではなく、体を重ねた関係だと伝えると何故かカインは顔を赤く染めていた。


「カインよ。これぐらいの話で頬を染めるでない。お主さては・・・・・・童貞なのじゃ?」

「陛下の前でなんてこと言うんですか!?」

「え、副団長さんは童貞なんですか?」

「カインに色目かける女は幾らでもおるじゃろうに・・・・・・仕事ばかりではなく、ハメを外すのも人生の楽しみじゃぞ?」


カインの顔は更に赤みを増していった。

耳まで真っ赤に染まっている。余程恥ずかしいのだろう。


「ふっ、さてはお主は右手がお相手かのぉ?」

「一人エッチってやつですね?」

「こんな事を話に来たのではないんですよ!これからについて話し合うんでしょう!真面目にやりましょう、真面目に!!」

「コホン──では王である私から、これからについて話さてもらいます」


カインはハァーとため息を吐きながら、ようやく終わったと心の中で呟く。


「先ずは今回の大事件、活躍をしてくれたあなた達を国民に知らせます。それと同時に私の王への即位表明をしたいと思います。その後は貴族の再編成を考えなくてはなりません。授冠式についても話し合いましょう」

「自分からいいでしょうか?」

「どうぞ、副団長さん」


カインは手を挙げ、王になるアリーシャへと考えをぶつけようとる。

こういう時にズバッと言えるのがカインの強みだと改めてムラサメはウンウンと頷いていた。


「自分達を国民に紹介、並びにアリーシャ陛下のお心を伝えるのは特に私達に相談などはいりません。最も今回話し合うべき問題は貴族の再編成・・・・・・王族に関わる貴族の当主が皆殺しにされ混乱に陥っているでしょうが、こればかりは最優先で考えた方がいいです。貴族の統制が行えない限り、王になっても意味がなく機能しません」


真っ直ぐな瞳をアリーシャに向け、それを本人は黙って見つめ返す。


「当主を失った侯爵家に跡継ぎがいるかどうかを確認。仮にいたとして、侯爵家として機能するかしないかを考えた上で、しないのなら爵位を下げて他の貴族を上げましょう」

「ふむ・・・・・・少々の小競り合いは起こるのぉ。侯爵家になりたい貴族は互いに蹴落とすじゃろうなぁ。その辺はどうするつもりじゃ?」

「・・・・・・そこは王の腕の見せ所です。恐怖で貴族達を掌握するか、見過ごしながら貴族達が自分達で気づくのを待つか」

「答えはハッキリとしておるのぉ、そうじゃろ?」


ムラサメはアリーシャを見て問いかける。

アリーシャはカインの頭の回転の速さに驚いた。

いきなり難題をぶつけられても、瞬時に答えを出してまとめてくれた。

副団長まで上り詰め、ムラサメに認められたのは頭の回転の速さだ。

それにカインの場合、戦闘中ではなくこういう話し合いの時にこそ真価を発揮する。


「私は・・・・・・王になるんです。これから国を引っ張って行かなければなりません。もし貴族内でそういう事情が発生した場合は即座に対応させ、それ相応の罰を与えます。最悪・・・・・・死刑も有り得ますね」

「はぁ・・・・・・この話は長くなりそうじゃのぉ。ナユタを置いてきて良かったのじゃ」

「この国の未来の事ですからね。団長殿もおかしな点があればズバッと言ってください」


それから夜中ぶっ通しで三人で考えをまとめ、翌朝になっても編成について話していた。

なんせ国の貴族など、かなりの数なのだ。

それを一から変えるとなると、普通なら三人でやるなどとてもじゃないが不可能である。

しかしここにいるのは王になる者と大陸最強の騎士、それに認められる程の頭脳を持った者である。

三日間で考えをまとめ、それを城にいる高官にも伝えるとすぐに貴族たちにも伝わった。

そして貴族の再編成が終わりを迎えた頃、もう二週間の時が流れていたのである。



───────────────



王都にも落ち着きが戻りつつあった。

事件後、二週間の間に国民が混乱してしまうような出来事が沢山あった。

アリーシャの王への即位表明。事件を解決した 人物達の名前と顔を公表。

貴族の爵位の管理調整と見直し等、国の政府は慌ただしく業務に終われ、ようやく終わりの兆しが見えてきていた。


「ここに、ルゥ様がおられるのですね」


アリアはアリーシャと別れた後、色んな場所に出向きルゥの捜索をしていた。

そんな時、アリーシャからアリア宛に伝書鳩が飛んで来て、ルゥの居場所について教えてもらったのだ。

すぐにアリアはその場所へと出向き、大きな屋敷の前に立っていた。

しかし、副団長であるカインの屋敷ではなく別の屋敷である。


「ごめんくださーい。この屋敷に用があるのです。通してくれませんかぁー」


声を張りながらも誰もいないのか返事は帰ってこない。

もしや場所を間違えたのかと思ったアリアはキョロキョロと周りを見だす。


「なーにをキョロキョロしておるのじゃ?もしや不審者かのぉ?白昼の元、堂々としておるのぉ」

「あっ、すみません。ルゥ・ガ・エンドロールという子を知りませんか?白髪で可愛らしい子なんですけど」

「うむ、確かにルゥは可愛いのぉ。頬っぺとかぷにぷにで寝顔とかマジ天使じゃ。して、ルゥに何か用かのぉ?」

「私はアリアと言います。メイドをしているのですが・・・・・・えっと」


自分がメイドだとアリアは狐獣人である存在に伝える。狐獣人の事をアリアは知っていた。

国に属する騎士団の団長。

王族貴族殺害事件の解決に協力した人物で、今や国民の英雄的存在の一人でもある。


「妾はムラサメじゃ。王からお主のことは聞いておるよ。さぁ、中に入ると良いのじゃ。妾の屋敷へようこそ」


そう、この屋敷にはムラサメが住んでいる。

ルゥとナユタはカインの屋敷からこちらへと移動するようアリーシャからの指示があったのだ。

移動する理由に関しては城に一番近いから。

アリアとムラサメは門から屋敷の玄関へと向かう。


(広い庭園ですね。噴水もあって豪華です。お花達も笑顔を咲かせてるみたい)


ムラサメの所持するこの屋敷は国内では一番豪華な屋敷。

屋敷内外問わずどれも一級の人間が配置され、丁寧に仕事をこなしている。

大きな玄関の扉をムラサメが開けると、広い空間に入った。


「ようこそ妾の屋敷へ。今日からお主はメイドとして働いてもらうからのぉ。ルゥとナユタの専属として、ちゃんと勤めるのじゃぞ?」


天井には豪華なシャンデリア、壁側には高級感ある壺や絵画等の調度品。

調度、掃除をしていたメイドがこちらを見て頭を下げる。


「さて、先ずはアリアの主たるルゥと、ナユタに顔を見せねばな。まぁまだ起きとらんし、いつ目が覚めるかも分からん。故に点滴打っておるのじゃ。顔色は悪くないから安心するが良い」

「は、はい。案内をお願いします」


少し緊張気味で返事をするアリア。

一階の広間から二階へと続く階段が二つあり、それを昇って廊下を歩く。

ルゥが眠る部屋は二階の一番端っこで、太陽の光がよく当たるベストな部屋だ。

ルゥに会えるとドキドキするも、アリーシャから届いた紙には左腕がないと報告を受けているアリアは少し心配していた。

左腕がないのなら、必然的に手もない。

そうなると今後の生活においてかなり苦労するだろう。

ムラサメは扉の前に立ち止まり、アリアを見た。


「この部屋にルゥがおる。ナユタもこの時間ならおるかもしれんのぉ。ナユタは事件後、ルゥの事を気にかけておる。人を数え切れぬ程に殺したのは世界樹の意思だろうが、それでもナユタは自分を責めておるからのぉ。どうか、あの子の事も頼んだのじゃ」

「ナユタ様・・・・・・私がルゥ様と同様に面倒を見る方ですよね。詳細は全て目を通してます。ナユタ様にも幸せになってもらいたいです」

「うむ!その心掛けが大事じゃな!よしっ、それでは扉を開けるのじゃ」


ムラサメは扉をゆっくりと開け、太陽の光がアリアを照らす。

部屋へと入ると窓から吹き込む優しい風が、カーテンをユラユラと揺らしていた。

真白色の寝具に横たわっている一人の少女。

ベッドに腰掛け、寝ている少女の手を握り、歌を歌っている少女がいた。

灰色に所々蒼色が入ったメッシュカラーの髪。

ナユタは音に気づき、歌うのをやめてアリア達を見る。


「・・・・・・ムラサメ」

「元気そうじゃな。ルゥはどうじゃ?」

「うん、今日も変わらずだよ。まだ寝んねしてる」


落ち着いた声、消えそうだがしっかりと芯のある声をしていた。彼女の名はナユタ。

世界樹の意志により操られ、多くの人を殺してきた存在。

その身に宿す年月は凡そ三百年。

その長い年月を世界樹の為に費やしてきた。


「そっちの人、もしかして・・・・・・私とルゥちゃんのメイドさん?」

「メイドのアリアと言います。今日付けでルゥ様とナユタ様の専属メイドになります」


アリアはぺこりと頭を下げた。

声色を聞く限り、少々緊張気味である。


「元は王のメイドらしい。優秀じゃと聞いておる」

「うん。よろしくね、アリア」


腰掛けていたベッドから降り、パタパタと歩いてぎゅっとアリアを抱きしめた。

突然の愛くるしい行為に戸惑いつつも、アリアはナユタの頭を優しくなでなでする。


(事件後に目覚めてから、急に子供みたく振る舞うようになったと聞いてますけど・・・・・・外見相応というか、可愛いですね)


アリアはまるでお姉ちゃんになった気分でいた。

妹や弟などいないが、いたらきっとこんな感じなんだろうなと幸福感に包まれる。


「アリアよ。基本的にこの紙に書いてある事をすれば良いからのぉ」


アリアはムラサメから渡された一枚の紙を見る。


・朝はナユタを起こし、料理人が作った料理を食べさせる事(量が多い為、運ぶのに苦労するが頑張るのじゃ)

・ルゥの体を濡れタオルで清潔する事(可愛いルゥの為にいつも綺麗にするのじゃ。起きて臭かったら嫌じゃろ?)

・ルゥとナユタを外に連れて日を浴びせる事。(ルゥは車椅子に乗せて外に出るのじゃ。ナユタは外で花を愛でるのが好きじゃから、花の話題を出すと喜ぶぞ)

・寝る前はナユタとルゥとお話をする事(ナユタは心に傷を負っておる。なるべく優しく包んであげて欲しいのじゃ。ルゥとはまだ話せぬが、目が覚めたらいっぱい話をしてやるのじゃぞ)


と、こんなふうに書いてあった。

ちゃんとムラサメの解説付きである。


「ありがとうございます。一生懸命に頑張りますね」

「おっと、言い忘れておった事が一つ。お主の給金の話じゃが──」


そう言ってムラサメはアリアの耳元でコソコソと話す。

するとアリアは驚いて目を見開いた。

自然とニヤリと笑ってしまう。

この時聞いた給金の額が、アリーシャのメイドをしていた時の三倍の額であった。



──────────────



翌朝、アリアはまだ太陽が顔を見せない時間に目が覚めた。

基本的にアリアの朝はかなり早い。

ほかのメイド達はまだ寝ているというのに、一人だけ起きて掃除をしたりするのだ。

その姿に良く評価する者もいれば、あまり良く思わない者もいる。


「おはよう、私。今日から改めて頑張りましょうっ」


顔を洗い、髪を治して軽く化粧をしてから新しく支給されたメイド服を着る。

縦鏡に映る自分の姿を見て「よしっ」と短く声を出し、部屋を出た。

支給されたメイド服は以前と違い、可愛らしく女の子らしいデザインだ。

黒と白のモノトーンカラーは一緒だが、スカートの丈が膝上で短かったり、後ろ腰にリボンが着いてたりと可愛らしい。

ニーソにガーターベルトが着いているという、一部の人は大喜びしそうなメイド服である。


「ナユタ様を起こす時間は七時半。それまでに掃除を終わらせて、残り時間があればルゥ様の部屋の掃除もしませんと」


現在の時刻は四時過ぎ。アリアに任された掃除の範囲は自分が寝ている部屋がある廊下とナユタの部屋、そしてルゥの部屋である。

後でアリアが聞いた話だと、ナユタはあまり物音では起きず、起こされるまでずっと寝ているのだとか。

その為、廊下の掃除が終われば次はナユタの部屋を掃除しようと決めていた。

早速、アリアは掃除へと取り掛かる。


「普段から掃除が行き届いているのか、あまり汚れてませんね。これなら時間的に余裕が持てそうです」


そう言いながら掃除をしているとあっという間に終わってしまった。

しかしこれで全てでは無い。

アリアはパタパタと歩き、ナユタの部屋へと向かう。

ナユタの部屋はアリアやルゥと同じく二階。

詳しく言うとルゥの隣部屋である。

寝ているであろうが、一応ノックをして入る。


「失礼しま〜す」


囁く声を発しながら部屋へと入ったアリアは、まずナユタの寝顔を確認した。

その時、アリアは自身にとってとんでもない物を発見してしまう。

それは寝ているナユタの足元にあった。

震える手でその布を拾うと、目の前で広げてバッチリ目に焼きつける。


(お、お、おぱんちゅ!なんとも可愛らしい柄ですね〜。しかもこれは・・・・・・スンスン──はっ!使用済みではないですか!?こ、こんなご褒美あっていいんですか!?!?)


アリアはそこで一旦思考を停止させる。

そして思いついた。

使用済みパンツがあるということは、今ナユタはノーパン──パンツを履いていない状況ではないのかと。

恐る恐る足元から掛け布団を、ナユタが起きないように捲っていく。

そして・・・・・・そこには夢と希望が詰まっていた。


(はぁぁぁぁん!!汚れのない綺麗なピンク色っ!やはり・・・・・・ロリって最高ですね。あぁぁぁんん!ダメですダメです・・・・・・このまま襲ってしまえばレ〇プも同然。やはりお互いに心が通ってからするエッチ程、心を満たしてくれるものはありません!)


アリアというメイドは優秀である。

しかし優秀であると同時に、度を超えた変態でもある。

恋愛対象は女性のみ。男性は皆、性的に見ると気持ち悪くなるらしい本人は、今まで色々と我慢してきた。

しかし、ルゥという存在と出会ってから鎖が切れたかのように欲が漏れてしまう時がある。

そう・・・・・・今のように。

アリアはナユタを起こさぬように、掛け布団を元に戻した。

そして鼻歌を歌いながら掃除を再開した。



────────────────



ふと瞼を開くと、そこは真っ暗な空間だった。

・・・・・・一体何処だよここは。

真っ黒な空間が広がっていて、視界の先には上から光が一点を照らしている。

まるでスポットライトを当てられているような感じだ。

そしてそこに──一人の女性と女性によく似た可愛らしい女の子がいた。

近くまで行って話しかけてみるか。

俺はその場所まで歩く。意外と距離は遠くなく、すぐに着いた。

しかし二人は俺の事など、いないかのように接している。


「ねぇ、まま。どうやったら、ままみたいにつよくなれるの?」


白い髪をフワッとなびかせ、ままと呼んだ女を抱きしめる。

よく見たら、今の俺の姿を幼くした様な外見・・・・・・もしかして幼少時代のこの体か?


「別に強くならなくても良いと言っているのに。強くなる事を望んでどうするの?」

「ままをまもりたい!」

「あら、まぁまぁ!ママを守ってくれるの?嬉しいっ!それじゃあ強くなれる魔法、教えちゃう!」

「ほんと!?やったぁー!」


会話を聞いているだけで、ほっこりするな。

こんなにも可愛らしい子だったのかよ。

それに母親も、ものすごく美人さんだしなぁ。

でも名前とか覚えてないな。

やっぱりこの子の記憶を俺の記憶で上書きしちゃってるのか?


「おかえりなさい。ルゥちゃん」

「ん?」


いきなり後ろから、先程の母親と同じ声が聞こえた。

何故後ろから?と思い俺は振り向く。

そこには・・・・・・血で塗れた先程の母親が立っていた。


「ど、どうしたの!?大丈夫っ?!」


思わず声が出てしまう。

いや着ている白のワンピースが血塗れなんだぞ?心配になるだろう。


「大丈夫よ。もう私は現世にいない・・・・・・この姿は私の最期の姿なの」

「最期の・・・・・・姿」


思い出せない。

この体が覚えているであろう、母親が死んだという事実を。


「貴方はルゥちゃんであって、ルゥちゃんじゃないのね。でも安心して、こっちにおいで」


そう言って両腕を我が子を迎えるように広げる。

俺は自然と歩みを進めていた。

一歩ずつ距離が近くなるたんびに、頭に激痛が襲う。

くそっ、痛いのに・・・・・・どうして俺は止まらないだよ。

頭を押えながら、ようやく本人の目の前に来た時、瞬時に頭痛が止む。

そして優しく抱きしめられた。

俺にとっては初対面であっても、この体にとっては慣れしたんだ相手。

意味もわからず、俺の瞳から涙が溢れる。

それと同時に頭に響くような声が聞こえた。


『まま、まま!みてみてっ、おててから、ひがでたよー!』


魔法を発現させた時、一番先に母に自慢した。

この時、母は大層驚いていた事を覚えている。


『まま!ままのごはんおいしー!』


世界で一番好きなご飯。それは最愛の母が作ったシチューである。

ホロホロと柔らかい肉が、野菜が、口の中で広がって食事の際はぴょんぴょん跳ねていた。

それをよく怒られてたっけ。


『ねぇ、えほんよんでーままー』


母の優しく、透き通る声で絵本の物語を読んでもらうのが好きだった。

英雄譚だったり、童話だったり。

読んでもらっていると、途中でよく寝てたね。


『ままといっしょにねるのっ、おやすみなさい!』


母の大きな体に抱きついて寝る。

母は子の小さな体を包むようにして、互いにぎゅっと抱きながら毎日寝ていた。

夜は怖いと思っていたのも、母が一緒だと自然と怖くない。

むしろ安心感でいっぱいだった。


『まま・・・・・・どこかにいっちゃうの?うん!ルゥはちゃんといいこにしてる!』


「世界を救ってくるわね。ちゃんといい子してるのよ?」その言葉を受けて、最初は戸惑った。

でも一人でもやっていける様にお手伝いをたくさん頑張っていたから、なんとかなったんだけど・・・・・・。


『まま、まま・・・・・・ねぇ、どうしてねているの?おきて、まま・・・・・・』


突然、家に帰ってきた母は血だらけだった。

玄関を自ら開けた瞬間に、ぷっつりと生命線が切れたのか、ピクリともせず息を引き取った。

その後に噂で世界が救われたと聞いた時、大泣きしたのを覚えている。


「これがルゥちゃん小さい頃の記憶よ。ほんと・・・・・・可愛くてしょうがなかったわぁ」

「私の・・・・・・記憶。こんなにも純粋無垢だったんだね」


母の名前はカナン・ガ・エンドロール。

後に救済の魔女として名を馳せる偉人である。

その身と命を削り、唯一神に打ち勝った人類最強と文献には記されてきたはず。

──が知らないような記憶がどんどん溢れてくる。

あれ?自分の名前が思い出せない。

いや、ルゥという自分の名前は分かる。

でもかつて男として過ごした名前が分からない。


「私は・・・・・・」

「ルゥちゃん。これだけは忘れないで欲しいの。それは貴女の本当の名前。この世界ではルゥちゃんだけど、貴方の名前は──」


カナンの口から聞こえてくる名前。

そうか・・・・・・俺は独りじゃないんだ。

ルゥと俺がいて、この世界では外見がルゥ、内面は俺なんだ。

そうだ、俺はこいつと生きるんだ。

可愛らしくて、綺麗で、可憐で、触れたら壊れそうな硝子細工の様な美少女のルゥと。

だからこそ、大事にしないとな。

俺だけの異世界生活じゃないんだし、色々と苦労しそうだなぁこりゃ。


「ママはいつまでも見守ってるわ。だから、もう目を覚ましてもいいんじゃない?ね・ぼ・す・け・さ・んっ」

「あうっ!」


おでこをピンっと人差し指で押され、体勢が後ろへと崩れる。

そして床に着いた時、目の前にいきなり美少女の顔が目に映る。

え・・・・・・ナユタっ!?!?

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