第12話 バハムートの執事


12話


城門を開け、目の前に広がるのは綺麗に手入れされた庭だった。

そして庭の向こう側、俺とアッシュが対面している方に扉がある。

その奥が城の中なのだろう。

手入れされた庭も、綺麗に真っ赤な血で染められている。

ざっと見て三十人弱、同じ格好をした兵士が死んでいた。

皆、苦しそうな顔をしている。


「こりゃあ、すげーな・・・・・・。ある意味、芸術ってか?」

「首のない死体、四肢がバラバラの死体、人の形が分からない死体。殺され方が余りにも酷いね」

「まじで殺戮だな。ガイ爺さんから話は聞いた事あるが、ここまでとは思わなかったぜ」


呆れたように言葉を出すアッシュは肩を竦め、ため息を漏らす。

外がこれじゃあ、きっと中はとんでもないだろうと想像してしまうな。

さっさとここから離れようか・・・・・・気分が悪くなる。

そう思い、城内部へと続いているであろう扉に向かっていると、ぬちゃっとした感触が足に触れる。

俺は立ち止まり下を見ると、頭から死を流しているからか、顔面が血で染まっている男が俺の足を掴んでいた。


「アリーシャ・・・・・・殿、下は・・・」

「生きてるよ」


俺が短く返事をすると、少し頬を緩めて兵士は笑う。

この人はきっと、アリーシャを支持する人なのかもしれない。

でも今の俺にボロボロになって死にかけている人間を、救える程の力なんてない。

心痛むがそっとしておくのが一番だろう。


「王に、アリー・・・シャ、殿下を・・・・・・王に、せねば・・・その、為、に・・・私は、生きて・・・」

「お勤めご苦労様だったな。もう休めよ・・・後はなんとかしてやる。ゆっくり空の上で寛いどけ」

「あり、が・・・・・・とう」


アッシュは兵士のうつ伏せの状態背中から、心臓目掛けて槍を刺す。

その瞬間、兵士は勢いよく俺の足を掴んでいた手を広げてその後、糸が切れたかのように死んだ。


「こうするしか・・・・・・ないんだね」

「下を向いちゃ行けねぇぜ、お嬢。俺達には暴れている殺戮者を止めなきゃならねぇ」

「そうだね。ごめん・・・気を取り直して、行こう」


再度、扉に向かい足を進めた。

これ以上の犠牲を出してはならない。

俺は扉の前に来て、両手で扉を開ける。

すると視界に入り込んできたのは、俺自身に向かって飛んでくる兵士の体であった。


「わお!びっくりしたぁ」


ギリギリの所で回避し、なんとか直撃を避けた。

兵士が飛んできた方を見ると、そこには初老の執事服を着た男。

この王国まで馬車を操っていた男で、ナユタの事をお嬢様と呼んでいた。

執事は拳で兵士を吹き飛ばしたのか、腰を低くして左腕を引き、右腕を前に出している。

正拳突きで兵士は吹き飛ばされたのだろう。

後ろを見ると飛んできた兵士を抱え、アッシュは会話をしていた。


「おい、あんた大丈夫か?すげー飛んできたけどよ」

「へ、平気と、言いたいが、かなり痛い。しかし副団長である俺が、倒れる訳には・・・・・・」

「倒されると困るのは私達も一緒。アリーシャの為に、貴方は必要だし」

「き、君は、いったい・・・・・・いや、アリーシャ殿下の知り合いなのか?」


副団長を名乗る男は俺を見て、不思議そうな顔を浮かべる。

それもそうだう。いきなり現れた少女がアリーシャの名前を口にするんだし、気になるよな。

でも話はあとからにしようか。

太刀を鞘ごとベルトから抜き、アッシュに渡した。


「アッシュ、太刀をお願い」

「お、おう。・・・・・・いや素手でやり合う気か!?」


俺はアッシュの顔を見て、ニヤリと笑う。


「勿論、相手の執事も何も持ってないからね。久々に運動したいし。・・・・・・副団長さん、ちょっとそこで休憩しててね」

「ま、待ってくれ!そいつは只者じゃな──」


副団長とやらが最後まで言おうとしていたが、それよりも先に執事の方へと、常人なら見えない速度で移動した。

しかし、執事には見えているのであろう。

移動した速度を上乗せした拳を顔面へと持っていったが、ギリギリで躱された。

そしてお互い距離を取る。


「お久しぶりですな、お嬢さん。何故、ここに来られたのです?」

「止める為だよ。もう十分楽しんだでしょ?」

「ふっ、まだまだですよ。我々の仕事はまだ終わってませんので」

「仕事?誰から頼まれたのか気になるなぁ〜」

「秘密ですよ、お嬢さん。素直に倒されて下され」


そう言い残し、瞬時に俺の前に移動してきた執事は腹を目掛けて拳を振るう。

俺は軽くステップで避けるが、追撃の拳が飛んでくる。

その拳を俺は右手で掴み、反対側の左手で拳を作って肘を狙う。

しかし執事が腕を勢い良く振り、下がった。

少しだけだが、執事はそこまで強くはない。

スピードはそこそこだが、拳の一発の威力が弱い。

まぁ初老の執事にしては強過ぎるけど、俺からしたら弱い部類になる。


「これはこれは・・・・・・少々誤算でしたな」

「うん、私もそれは一緒だよ。逃げた方がいいんじゃない?執事のおじさん」

「ふっ、舐められたものですなぁ!!」


重い拳が顔面の横を横切る。さっきと違い本気の拳だろうな。

空を切る音が全く別に聞こえる。

続いて脇腹を目掛けて足が飛んでくるが、その足を掴み、空いた方の手で膝の皿に一発拳を入れた。


「ぐっ・・・・・・!」

「察しがいいね。まーたそうやって距離開けて逃げるの?」


膝の皿に攻撃した後、体勢を崩して膝十字固めで完全に膝を折るつもりだったが、それが分かったのかすぐに逃げた。

しかし先程の一発の拳が効いているのか、膝をカクカクとさせながら立っている。


「もう終わらせようかな〜。ナユタに用があるしさ」

「ナユタお嬢様の所には、行かせませぬ」


執事はゆっくりと歩きながら正面の大きな扉の前で守るようにして立った。

なるほど、その扉の向こうにいる訳か。

それに扉の向こうで誰かと戦闘しているのか剣戟の音が、微かだが聞こえてくる。


「その扉の向こうは謁見の間だぜ。今、副団長から聞いた」

「間違いない。謁見の間では、我らが騎士団長が今も戦闘中だ・・・・・・」


まだダメージが回復してないのか、弱々しく副団長は喋る。

そうか、騎士団長ね・・・・・・ちょっと顔見たいかも。


「なら、尚更終わらせないと。それじゃあ、行かせてもらうね♪」

「ぬおっ!・・・・・・がはっ」


瞬速で移動し、腰を低くして足に踏ん張りを効かせた上で腕を捻りながら執事の腹に掌底を叩き込む。

執事は一歩ずつ後退し、膝を着いて──


「・・・ごふっ、かはっ・・・・・・」


口から血を吐いた。

神から貰った『闘王』という特性は、拳による肉弾戦にはもってこいだ。

それに今の掌底は普通のとは違った感覚を感じた。

少し暖かいような流れを感じたが、もしかしてこれが魔力だろうか?

事の全てが終わったらアッシュとかアリアに聞いてみよう。


「血を吐いたって事は、内蔵やっちゃった感じ?どんまい、どんま〜い」


膝を着く執事の前に立ち止まり、目を見る。

その瞳に籠る感情は殺意だ。

今すぐにでも俺を殺したいと、そう思っているのだろうな。

でも若者に勝てる訳がない。

きっとアッシュが相手でも同じ結末だったと、俺は思う。


「私達、先に行かないとだからね。おやすみなさい。いい体の運動になったよ。・・・ありがとう」

「申し訳・・・ございません。ナユタ、お嬢・・・様・・・」


その言葉を最後に、俺は横顔に回し蹴りをして数メートル吹き飛ばした。

お陰で扉から離れてくれたし、万々歳である。


「ヒュー、さっすがー!いい蹴りだったぜ、お嬢」

「・・・・・・嘘みたいだ。こんな少女が、あの強者を倒す、なんて」


俺は離れてみていたアッシュと副団長の元へと戻り、太刀を返してもらう。

「にっ!」と声を出しながら笑い、親指を立てグッドサイン。

するとアッシュはゲラゲラと笑いだした。


「この国の騎士ってこんなものなの?あんなオジサンに負けるなんて」

「め、面目ない・・・。しかし、どうやってそんなに強くなったのだ?」

「お嬢は魔女だからなぁ。強い理由はそこにあるぜ」

「ま、魔女っ!?そういえば、髪がキラキラとしている・・・・・・それは魔力、なのか?」


俺の顔と髪を見ながら察したのか、ちゃんと魔女だと分かってくれたようだ。

意外と仲良くなれそうだな、この副団長とやら。

反応が面白いし、旅に連れていきたいけど今後のこの国の為には必要な人材だしな。

仕方ないな・・・まぁ友達とかにはなってくれそうだけど。


「ルゥ・ガ・エンドロールだよ。さぁ、謁見の間に行こう。騎士団長さんに加勢しないとね」

「あぁ、俺もさっきは見てただけだし、動きてぇ」

「ま、待ってくれ!エンドロールって・・・・・・世界を救ったあの──」

「れっつ、ごー!」

「おおー!」

「ちょっと、待ってくれ!お、おい、そんなに急いで歩くな!痛ててててっ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る