第10話 灰蒼の殺戮者

10話


早朝──森の中にひっそりと建つ小さな家の前に俺とアリーシャ、アリアはいた。


「どうかお気をつけて」


短い言葉で、そう俺に告げたのはアリーシャの元専属メイドのアリア。

艶のある紺色の髪をツインテールにしてメイドのカチューシャをつけた美人さん。

歳はまだ若く十七歳で、今の俺からしたらお姉さんみたい感じである。

俺の事を物凄く慕っていて、分からない事があれば優しく教えてくれるいい人だ。


「ルゥ様、早く帰ってきてね」


歳は俺と同い歳で身長も大体一緒。

ただ目立つのは顔立ちと薄紫色の髪色だろうか。

十二歳にして顔に関してはもう将来性ある顔をしているというか、勝ち組確定だろうという顔をしている。成長すれば美人な事は間違いないだろう。

そんな彼女は元プラティオ王国の第八王女で、所謂お姫様。

しかし、暗殺されそうな場面でアリアと共に逃げてこの家までやって来た。


「二人とも・・・行ってきます。初めての王都で緊張するけど、私頑張る!」


そう言って二人に背を向けて、俺は歩き出した。なんか少しばかり寂しさを覚えるのはなんだろう。

少し歩いて後ろを振り返るとアリアとアリーシャ、二人ともまだ俺の歩いている所を見ていた。

勿論、声は届かない。俺は腕を上げてブンブンと手を振ると二人も手を振り返してくれた。

何故かそれが嬉しくて、テンションが上がり、早く帰ってこようと心思わせた。

片手にアリアに書いてもらった王都までの道のりの紙を持ち、片手は腰に携帯している太刀の柄部分に手を置いている。


紙通りに暫く歩いていると、ベチャッ、ベチャッと音が聞こえる。

なんかこう、粘着性がある音がするのだが・・・。

バッと後ろを振り返ると、そこには生きていた頃にゲームなどで見慣れたモンスターがそこにはいた。

全体が半透明の青色をした存在。


「・・・え。もしかしてスライム?」

『キュルルル!』


うお!なんか自分を大きく見せ始めだぞ、こいつ。粘着性のある身体を思いっきり広げて、大きく見せてくるスライム。

さながら俺の方が上だと言っているようだ。

暫く見つめていると自身の体を大きくして、人の形を取り始めた。

え、何それ擬態変化的な奴?しかし色は変わらぬままである。

というかよくよく見たらモデルが俺じゃないか?うわぁよく出来てんなぁ。

しかしモンスターはモンスター。仲良くする振りして倒されたら痛いのはこっちだ。

よし、殺るか・・・。

俺は太刀を手に、鞘からゆっくり刀身を抜くとスライムは慌てて擬態を解き、その場でじたばたしだした。

またも暫く様子を見ていると、スライムはこちらの様子を見ながらズンズン近づいてくる。


「まさか仲良くしたいとかじゃないよね?」

『キュイ!キュッキュッ!』


俺の足元まで来てぴょんぴょん跳ね出すスライム。うん、可愛ええのぉ・・・。

成程な、友好的なモンスターもいるという事か。それともこのスライムが特殊なのか。

俺はしゃがんでスライムに顔を近づける。

すると粘着性のある身体で俺の顔を恐る恐る触ってきた。

おっ、冷たくて気持ちいい。やはり仲良くしたいだけなのか。

よしっ、この子を仲間にしよう。めっちゃ気に入ったし、強くなったらアリア達の護衛にでもさせよう。


「ねぇ、私と一緒に来る?これから色んな場所に行くし、楽しいと思うの」

『キュイ?・・・キュー!』


何を言ってるのかさっぱりだが、納得してくれた様子。


「それじゃあ、こっちにおいで。一緒に王都に行こ」

『キュ、キュ・・・』

「ん?あれ・・・さっきは冷たくて濡れたのに、なんで今濡れないんだろう?」


スライムを胸の前で抱きしめ、ふと思った。

先程顔に触れた時はぴちゃんとして気持ち良かったけど、今はちょっと硬い?

スライムを見て、触ってみると少し硬い。

うん、この子って硬化したり出来るのか?凄いなこの個体。

それともこれが常識なのか?スライムと言ったら魔法ですぐタヒぬ存在だし、固くなるなんてゲームじゃなかったぞ。

でも気を使ってくれたのだろう。服が濡れぬ様にと。

少なくとも気遣いが出来て、仲良くなろうと近づいてくる可愛い存在である。

よし・・・王都に向けて再度、足を進めよう。

アリアとアリーシャには早く帰ってくると約束しているし、このスライムを見たら驚きそうだけど、二人なら仲良くしてくれそうだ。


───────────────


凡そ五時間程掛けて歩いた。

すると遠くの方に城壁のような、壁のようなものが見えてきた。

あれが・・・王都か。やっぱり城壁だけでも凄く大きな物だと、遠くから見ても分かる。

今自分がいる場所からなら一時間もあれば着くだろう。


『キュイ?』

「今から人がいっぱいいる場所に行くけど、安心して。誰がなんと言おうと、君は私の仲間だから。モンスターなんかじゃないよ」

『キュ、キュー!!』

「ちょ、ちょっと・・・・・・もぉう、そんなに嬉しかったの?」

『キュイ!』


暫く一緒に歩きながら俺とスライムは仲良くなっていた。

歩いている途中ら暇だから歌を奏でていると、スライムも一緒に『キュー』と鳴きながら合わせていた。

その姿がまるで子供のようで可愛く見えた。

スライムとお話しながら歩いていると、綺麗に舗装された道に出た。

綺麗にレンガが敷き詰められた道はなんか新鮮だ。それに道のサイドにはちゃんと夜には照らしてくれる灯りがある。

今は昼だから光は灯していないが、夜だとちゃんと照らしてくれるのだろう。

舗装された道を見ていると、ガタガタと音を立てながら何かがこちらへ迫って来る。

そしてそれは俺の前で止まった。

見た感じ高級な馬車だろうか?装飾とか凄いし、馬の毛並みが白馬だ。


「こんにちは、お嬢さん」

「えっと、こんにちは?」


馬の手綱を持ちながら、ニコニコと挨拶してくれたのは執事服を来た初老の方だ。

渋い声でこちらへと挨拶をしてきた。

というかいきなり馬車を止めて挨拶とか、なんかのほほんとしてるな。

挨拶を返した後、黙って見ていると馬車の側面についている窓が音を立て開けられる。


「・・・・・・何で、止まったの?・・・・・・何か、あったの?」


消えそうで儚い声だったが、それでも芯のある美しい声が耳に入ってきた。

声色からして少女だろう。可愛らしくも何処かへと消えてしまいそうな声である。


「申し訳ございません。ですが、まるで女神の寵愛を受けたかの様な・・・美しく、可愛らしいお嬢様が歩いておられましたので。もしかしては貴族の方ではないかと思い・・・」


申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、少女に届く様な声で初老の執事はそう言った。

すると静かに扉が開き、ひょこっと顔を出してこちらを見つめる存在が現れる。

あーなるほど・・・この子がさっき声出した子か。なんというか・・・・・・物凄く綺麗だな。

少女は何度か瞬きをした後、こちらへと歩み寄り汚れのない手を自らの胸へと持っていった。


「はじめまして・・・・・・ナユタ・ガル・バハムート・・・です。本当に、その・・・・・・綺麗ですね」

「あ、ありがとう・・・ございます。貴女もとても可愛らしくて綺麗ですよ。ルゥ・ガ・エンドロールと言います」


俺が挨拶すると、ナユタと名乗った少女はモジモジとし始めた。

しかしレベルが凄いというか・・・本当に綺麗だなこの子。

髪色は灰色だが、所々に水色の髪が混じっている。所謂メッシュカラーというやつか?

顔立ちも均等でバランスよく、パッチリとした紺色の瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。

肌なんて汚れなんて一切知らないような、白雪の如く色である。

そんなナユタの服装はオシャレであった。


「え、えっと・・・・・・ルゥ、さん・・・」


黒のカッターシャツに青色のネクタイ。

その上から白色の革ジャンコートを着ている。

スカートも白色だが丈から少し上に黒いラインが入っていた。

そして一番注目したのは黒のニーハイソックスに片側ガーターベルトである。

・・・・・・こだわり凄いな。ブーツは脛の中間辺りまである黒色のブーツであった。

なんかこう・・・色合いが俺の服装に似てるな。

俺も白黒だし。


「ルゥさん、大丈夫・・・・・・?」

「はっ!ご、ごめんなさい・・・・・・つい見蕩れちゃって。あははは・・・」

「見蕩れ・・・・・!そ、そんなに・・・・・・私は可愛く、ないです・・・」


いや自信持っても良いけどなぁ。

なんというかこういう所も可愛げある。

さて、ナユタに関しては別にいいとして、もしかしてこの人達は王都に行くのかな?


「ルゥお嬢さんは王都に行かれるのですかな?」

「えっ、はい。ちょっと用事がありまして」


いきなり声をかけられてびっくりした。


「私達も王都に用がございまして。もし良かったら一緒に乗られますか?歩いて行くよりかは良いかと思いますが」

「ご一緒しても良いのですか?」

「うん、良いよ・・・・・・ルゥさんは可愛いし、良い人・・・そう、だから」


そんなにすぐに信用するのか。

案外危ない目に会いそうだなこの子。

そういえばこのスライムは乗せてもいいのか?聞いてみるか。


「あの・・・この子も一緒に良いですか?スライムなんですけど・・・」

『キュイー』

「先程から見ていましたが・・・こんなにもアグニが人に懐くとは・・・凄いですのぉ」


アグニ?何だそれ。スライムって名前じゃないのか。


「可愛らしいです・・・触っても、良い?」

『キュイ!』

「良いって言ってるよ。はい・・・どうぞ」


俺はナユタの方へとスライムを向けて、触りやすいようにしてあげた。

ナユタは恐る恐る指一本だけをスライムへと向けている。

そしてゆっくりとむにゅうっと指を入れていく。


「わぁ・・・冷たい。冷たくて、気持ちいい・・・」

「しかし、世間一般ではアグニは人に害をなす存在。知らない人が見れば何かと問題が起きそうですな」

「うん・・・・・・でも、大丈夫。冒険者ギルド協会に行けば、契約する事だって、出来る・・・」

「その手がありましたな。数は少ないとはいえ、人に懐くアグニも存在すると聞き望んでおります」


二人はスライムを見ながら、淡々と喋っている。

この二人なら信用しても大丈夫だろう。

そういえば、ナユタはこの国の貴族なのだろうか?

結構に豪華な馬車に乗っていたし、執事がいるとなると貴族で間違いなしだろう。


「おっと、話しすぎましたね。それではお嬢様、ルゥお嬢さん。馬車にお乗り下さい。王都まで走りますので」

「ルゥさん。・・・こっちだよ」

「あっ、うん。ありがとう」


ナユタに手を取られながらゆっくりと馬車に乗った。

馬車の中は豪華で、色々と装飾が施されている。

対面式の長椅子に座り、反対側にナユタが座った。

スライムは俺の膝の上でのんびりしている。


「それでは王都まで走ります。何かあればその都度、教えてください」


執事の声が聞こえたと同時に馬車が動き出す。

おぉ・・・・・・結構乗り心地いい。音も煩くないし、中々良いかも。


「ルゥさんは──」

「ルゥでいいよ。さん付けってなんか気を張っちゃうし」

「・・・ありがとう。・・・ルゥは、王都にどんな用で行くの?」


なるほど、気になるわけか。

でも冒険者カードの偽造品を作りに行くなんて言えるわけない。

さて、どう言い訳するか・・・・・・。


「えっと──」

「言わなくてもいいよ・・・・・・。なんか顔を見たら言いづらそうだし、顔・・・怖い」

「えっ、顔に出てた?ごめん・・・」


ダメだな、こりゃ。

ポーカーフェイスを貫かないと。

少し気まづい空間になっている所、ナユタが口を開いた。


「王都、ううん・・・プラティオ王国は、すごく嫌な国なの。王位継承権争いで、民が・・・苦しい思いをしてる」

「国民が?でも国民には関係ないんじゃないの?」

「国の金は国民の、懐から・・・搾取され続けてるの。だから・・・・・・」


少しの間があり、ナユタはこちらを見つめ覚悟を決めた表情をした。

何を言うのか、少し怖くてムズムズする。


「壊すの・・・・・・。何もかも、王もその関係者も全部、民は巻き込まずに・・・」

「ナユタって、何者なの?プラティオ王国の貴族とかじゃないの?」

「・・・・・・殺戮者。私は、そう呼ばれてるの。国に着いたら、すぐに離れた方がいいよ・・・・・・。私に関わる人は、みんな死んじゃうの」


殺戮者。

そう名乗るナユタは座っている場所から立ち上がり、後ろにある荷物を取り出した。

縦長のバッグのような物で、ギターとか入ってそうな入れ物である。

ナユタがバッグから取り出したのは・・・・・・灰色と黒色が混じった色合い。

その形からハッキリと何かと分かる程に、見た事がある形。


「そ、それって──」

「STELLA─242G・・・・・・。対物スナイパーライフルだよ。あとこれは・・・・・・」

「──っ!!」


ナユタは腕を前に出す。

すると手の中にパリパリと音をあげて、何かが現れる。

それは片手長剣のような物。色は全て白色だった。

これって魔法なのか・・・?


「私は、魔塩魔法っていう・・・・・・生まれつき持ってる。塩を作るだけの、つまらない魔法だけど、私は・・・・・・これで強くなった」

「ナユタは人を殺すの?その手で・・・」

「数え切れない程、殺した・・・。もう手遅れだよ。でもルゥも、殺してる・・・でしょ?そういう目をしてる」


待て待て待てっ。状況が分からない。

少し、少し冷静になれ。

そうだ、何でナユタは対物ライフルなんか持っている?

しかも形的に俺が生きていた世界である物だ。

ナユタは・・・もしかして・・・・・・。

考えているとガタンっと音を上げて馬車が止まる。


「着いたみたい。さぁ、もうお別れ・・・・・・。会えてよかった。また、どこかで会おうね」

「待ってよ!まだ聞きたい事が──」


ガチャ──。


「お嬢様、お嬢さん。着きましたので、お降り下さい」

「こっちだよ・・・ルゥ」

「わぁ!?」


勢いよく手を引かれ、外に出される。

そこには待っていたのは・・・・・・人々ががポツポツと歩く光景が見える場所であった。

しかも皆、顔色が悪い。

目が死んでいると表現すればいいのか。それ程に活気が・・・死んでいた。


「これが現状だよ・・・・・・もう、この国は終わったの」

「お嬢様、すぐに行かねば・・・」

「・・・・・・ちょっと待って。ルゥ、これを受け取って・・・」

「これは・・・紙?」


ナユタから受け取ったのは小さな紙であった。

しかし折りたたんであるから小さいだけで、広げるとそこには文字が書いてある。


『ドラゴベール竜王国は一番過ごしやすい国。だからそこに行くことをオススメするよ。

あとこの仕事が終われば、私はもう自由になれるの。

だから、その時は一緒に過ごしましょう。

私は、ナユタは貴方が気に入ったから。

またね会おうね。その紙を持っていれば場所は分かるから、会いに行くよ』


「ナユタ、これって・・・っ!?あれ?ナユタは・・・・・・」


紙に目を通し読み終わった所で顔を上げると、既にそこにはナユタと執事はいなくなっていた。

きっと、ナユタは強い。

俺と同じような体で何人も殺してる。

とりあえず俺達の行き先であるドラゴベール竜王国に来るらしいが、どんな対応をしたらいいか分からない。

でも今は俺も構ってられない状況である。

早く偽造カードを作る人を探さないと。







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